旅・観察

ベルベル語への旅(1)

私は、いつかチュニジアのベルベル語話者にベルベル語を教わりたいと思っていた。だが、それはなかなか難しかった。チュニジアのベルベル語話者は非常に少なく、チュニスのどこかで偶然出会えるとも思えなかったし、知り合いを辿ってもつながりはなかった。

もっとも、それはベルベル語話者がいなかったということであって、ベルベル人がいなかったということではない。一時期お世話になった人に、先祖がベルベル人だという人がいた。彼は自分の顔を指した。「アラブ人とは違うだろ」

私にはその違いはよくわからなかった。だが、チュニジアには、彼のようにベルベルのルーツを忘れずにいる家族がたくさんいることと思う。それは重要なことで、私にも非常に興味深かったが、ベルベル語を学ぶことにはつながらなかった。

その後、私はチュニスである女性と知り合い、アラビア語を教わる機会を得た。聞けば、彼女もベルベル系の家族の出で、今も南部に一族が暮らしているという。彼女自身はアラビア語しか話せないが、母はベルベル語も話せるとのことだった。

彼女はとても親切な人で、私がチュニジア南部に関心を持っていると知ると、ガベスにいる知人を紹介してくれた。その知人を頼って私がチュニスを出発したのは、2024 年 3 月 22 日のことだった。

(写真:ガベスにある魚のモニュメント)

苦い文学

たてつけ力

新社会人のみなさん!

社会人の先輩である私からみなさんにお伝えしたいのは、ぜひとも、「たてつけ力」を磨いて欲しいということです。

こう言いますと、新社会人の中には「たてつけ? 障子の開け閉め?」「ん? 改造車のこと?」などとお思いになる方もいるやもしれませんが、私がいう「たてつけ」は違います。これはビジネス用語なのです。

みなさんもそのうち、上司や先輩がこう話すのをきっと聞くことでしょう。

「この制度は、こういうたてつけになっている」「A の場合は、B として処理されるたてつけだ」

このとき「たてつけ? えっ、わからない!」などと、慌てる必要はありません。「たてつけ」という言葉は、意味がわからなくてもなんとなく使っていい、そういうたてつけになっているのです。

さらにみなさんは、この言葉の表記にも大いに迷うことでしょう。なぜならある文書には「立て付け」、また別の文書には「建て付け」と書かれているのですから。でも、心配は無用です。そういう勃て付けなだけなのです。

このように急なたてつけに出会っても動じないのが「たてつけ力」です。この能力こそが、ビジネスパーソンとしての成長に不可欠だ、ということを、最後にたてつけて、終わりたいと思います。

苦い文学

合体ポルノ

「かわいそうだから、助けてあげなくちゃ」という動機にもとづく支援活動は、いっけん正当なように思えるが、かならずしもそうとはいえない。

というのも、「かわいそうだから」というのはあくまでも支援者側の意見であり、そうした動機で行われる支援活動に、支援を受ける人の言い分や尊厳が介入する余地はないからだ。

ようするに自己満足の支援というわけで、相手をモノとして扱い、それで心理的な快楽を得るという点から「感動ポルノ」とも言われている。

ネットには、支援活動への参加を促す広告も数多く流れているが、その多くが見る人に「かわいそう」という感情を喚起することに注力している。たとえば、こんな広告がある。

・家庭が貧困であるために満足にご飯を食べられない子ども
・同じく家庭が貧困であるため1日1食しか食べられず、空腹のままの高校生
・過酷な環境で労働する異国の子どもたち
・人身売買の被害者たち

これらはいずれも「お涙頂戴」の感動ポルノだ。

もちろん支援が必要な子どもたちはたくさんいる。そして、適切な支援がただちになされるべきだ。だが、そのことと、広告主たちが、イメージを巧みに用いた感動ポルノを通じて、私たちの感情を操作しようとしていることとは別問題だ。

いや、それどころではないのだ。これらの広告にいかに多くの少女たちの画像が使われていることか。まるで貧困家庭には男の子などいないかのようだ。

まさか、感動ポルノと普通のポルノがついに合体してしまったのでは……

苦い文学

AI とインテリ

質問すればなんでも答えてくれる AI が誕生したとき、インテリたちは仰天した。

そしてすぐにこう心配した。「学生どもが AI に課題をやらせるのではないか」と。インテリたちが何が一番いやかといって、学生たちに騙されることほどいやなことはないのだ。

そこで、インテリたちはなんとかして学生たちに使わせないように働きかけた。ネットを遮断したり、持ち物検査したり、あの手この手で AI を取り上げようとした。

しかし、そのうち、インテリたちの関心は、学生が自分で書いたものと AI に書かせたものをどうやって見分けるか、という問題に移っていった。どうやら、学生たちから取り上げるのは諦めたようだ。

人が書いたものには心がこもっている、AI の書いたものは面白くない……さまざまな意見が出てきた。

しかし、そのうち、インテリたちはこう言い出した。AI を上手に使いこなすべきである、と。どうやら、インテリたちは見分けるのも諦めたようだ。

さらにこうも言った。「使いこなすのには知性が必要だ」と。要するに、AI を使っていいのはインテリだけだ、と言いたいのだ。

というのも、知性のない人たちが AI を使って、難しい文章をどんどん書きはじめたら、いちばん困るのはインテリたちだからだ。

けれど、AI もどんどん進化して、インテリでなくても使いこなせるようになってしまった。

今、インテリたちは、AI を使わないことがインテリの条件である、と主張している。

それで、いつもバカのふりをしている。

苦い文学

帝王のダイエット(賢者編)

全世界の支配者にして諸世紀の帝王イザーカーンに押し付けられた無理難題に、青い顔で帰宅した宰相トンマール、家のものを呼び寄せ「死装束の準備をせい、明日はわしの葬式じゃ」と告げたのであった。

それを聞いていた末娘が尋ねると宰相、かくかくしかじかと打ち明ける。

「なんだ、簡単じゃない。この国一番の賢者デリヘルスに相談すれば済むことよ」

そこで宰相、デリヘルスのもとに赴いて事情を説明すると、この類いなき賢人、莞爾(にっこ)として「任せなさい」と心強い返事、宰相、ようやく人心地ついたという次第であった。

さて翌朝イの一番に、宰相とともに宮廷に赴いたデリヘルス、帝王を前に次のように語り始めたのであった。

「帝王よ、はっきり申し上げますが、この世にはソクラテスの手になる『太った豚より痩せたソクラテス』などというダイエット本はございません」

「なんだと?」と帝王の顔がさっと曇り、その手が腰の剣に伸びる。デリヘルスの後の宰相はもう生きた心地もしない。

「いやはや、お待ちください」と賢者デリヘルス。「そもそもソクラテスは本など書かなかったのでございます。ですが、帝王よ! さいわいなことに、ソクラテスのダイエット法は今に伝わっております」

「おう、そうか! 早く申せ」

と急かす帝王を前にして、なお泰然自若たるデリヘルス、その返答やいかに?

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その4)

 1週間後の3月26日に仮放免の手続きを行うということが決まった時点で、私は自分が長崎に行くということで準備を始めた。長崎の支援者に頼むのが一番よかったが、急なことなので、うまく調整できるかどうかわからなかった。多分、お願いしたら、何としてでもやってくれただろう。だが、それでも私は自分でいこうと決めた。

 なぜなら、暇だったから。

 コロナが、不要不急の塊のような我が人生から、あらゆる予定を蹴散らしてしまっていたのだ! おお、私はいかに要にして急なる出来事の到来を待ち望んでいたことか。まるで最後の審判を待ち望む死人のようにだ。というのも、死者たちにとっては、最後の裁きこそが要にして急、それ以外のあれやこれやは不要不急、その日が来るまで墓で自粛、というわけなのだ。

 だが、もうひまに飽かして毎日つくる大根の煮物にはうんざりだ。ここで別種の栄養の補給があったっていいのでは? ちゃんぽんやカステーラ方面からの。

 さあ、長崎へ、俺は墓から飛び出すのだ。

 だが、問題は金だ。

 私は保証金を集めてくれている彼の知人に思い切って連絡する。

 「あの、旅費、半分ぐらい出してもらえますか」

 「全部出しますよ!」

 向こうの気が変わらないうちに、行きと帰りの飛行機をただちに予約だ。(つづく)

大村のバスターミナルで。