散文

普遍人間発生装置(7)

古くから物語というものが記録されてきたが、今それらを読むと、わかりにくいことが多い。それはひとつには、文字として記録することは簡単ではなかったから、余計な説明は削らざるをえなかったためだろう。またもうひとつには、その記録の読者にとっては説明など不要なことが、現代ではわかりにくくなっているからでもあろう。そのため、古代の物語を読む場合、いろいろな情報を補って読まねばならないし、それでもわからないこともある(もっとも、翻訳で読む場合は事情が違う。しばしば訳者の解釈によって読みやすくなっているから)。

説明文が物語に組み込まれるためには、まず書記技術が発展し、より多くの文字が手軽に書ける環境が整う必要があった。それと同時に、もうひとつ重要な契機が存在する。それは不特定の読者の存在だ。もしも、記録者にとって文字記録の読者が、決まった相手、生活や慣習を同じくする相手であるならば、文字記録に説明は必要ない。というのも、その記録がどのような背景で書かれたのかは自明だから。例えば、メソポタミアでごく初期の文字記録が、経済活動や行政の記録から始まったのも、そうした理由も関わっていよう。

しかし、さまざまな人の生活の場としての都市が成立し、一定の教養層が生まれ、さらに文字記録が、重たい石碑や石板だけではなく、より軽く、持ち運びが容易な媒体(パピルス、羊皮紙、紙など)へと広がっていくと、書き手の想定しない人々にも記録が届く可能性が出てくる。もちろんそうした不特定の読者は、初めは規模は小さく、基本的には同じ文化圏に属していたにしても、そのような読者を想定するということ自体が、書き方を変えることになる。

それは、自分の想定しない読者がテクストを理解できるようにするために、説明文を増やすことだ。だが、この増加は二つの点において制限がかかっていた。ひとつはすでに述べたように、どんなに書字が簡単になったとしても、際限なく説明文を増やせるわけではないということだ。そしてもうひとつの制限は、説明のレベルだ。ここで、どのような読者を想定するか、という問題が出てくることになる。

風刺・戯文

ホトトギス作戦

悪いこといわないから、日本人はアメリカ車を買ったほうがいい。それから、道もどんどん広くしたほうがいい。なぜなら「日本の道は狭いので、アメリカ車は適していない」というみえすいた言い訳ほど、アメリカ人をイラつかせるものはないからだ。

さもなければ、アメリカは、お得意の実力行使にうってでることだろう。日本の道を広くするために、日本の大都市を絨毯爆撃する作戦、コードネーム「ホトトギス」だ。「狭いなら広くしてやるホトトギス」というわけだ。アメリカ人は戦争の前にちゃんと相手の国を研究するといわれている。

攻撃などそんなバカな、と否定する人もいるかもしれない。だが、それは、ホワイトハウスが「皇居の地下に核爆弾製造施設がある証拠を掴んだ」と言い出さない場合だけだ。そして、そんなファクトは核爆弾よりも容易に製造できるのだ。

かくして我が国は破壊され、その焦土の上を、もう全部が道だとばかりにアメリカ車だけがゆうゆうと走ることになる。日本車は禁止だ。日本車愛好家は、みなテロ罪で逮捕され、グアンタナモに送られるだろう。

ときどき市民が日本車シンパの容疑で連行される。アメリカの手先になった日本人にいじめられながら、トヨタやホンダのエンブレムを踏まされるはずだ。

音楽

仲直り

1990 年代を代表するイギリスのロック・バンド、オアシスが再結成されるというニュースが昨日、世界中を駆け巡った。しかも、ワールドツアーも開催するのだという。

ながらく解散状態にあったオアシスだが、その最大の原因は、バンドの中核をなすノエル・ギャラガーとリアム・ギャラガーの兄弟げんかだ。解散以来、しばしば二人の不和と言い争いはニュースになり、再結成を望むファンたちをヤキモキさせてきたが、ついに和解のときが来たのだ。

このバンドは、ロック史を変えた数々の名作で知られる。1964 年から、1996 年までの間に 27 枚のアルバムを出し、どれもその時代の最高傑作といっていい。私の好みをいえば、名盤『The Village Green Preservation Society』(1968)と『Misfits』(1978)だ。ぜひ、聞いてほしい。

また、ロック音楽、特にハードロック、パンク、ブリットポップ、オルタナ系のミュージシャンに及ぼした影響も計り知れない。カバーされる楽曲も多く、とりわけ有名なのは The Jam の「David Watts」と Van Halen の「You Really Got Me」だろう。

それにしても、バンドの中心メンバーであるレイ・デイヴィスとデイヴ・デイヴィスの兄弟が仲直りしたのは、じつにうれしいことだ。

もっとも、兄弟が本当に仲直りしたのかどうかについては、せいぜい「Definitely Maybe」ではないか、と観測する向きもある。そうだとしても、ここは素直にキンクスの再結成を喜びたい。

苦い文学

誇りたい日本人

日本語教育の夢を持ち意気揚々と中国に行った吉田七郎を待ち受けていたのは、現地日本語学校の倒産であった。

金もなし、ビザも切れる……そんな吉田のもとに一本の電話が。これが吉田の人生を大きく変える転機となった。

(CM)

「300 人の中国人に簡単な日本語を教えて欲しい」

電話の主はなんと習近平国家主席。中国の最高権力者からの直々の要請を断る選択肢はなかった。さっそく吉田は、北京の大講堂内の教室に向かった。

そこで明かされた指導目標はただひとつ。「処理水やめろ」を2日間で教え込むこと。

吉田「はじめは、簡単だと思いましたよ。みな真面目そうでしたし」

吉田は自信を持って 300 人の中国人学習者の前に立ち、流暢な中国語で「みなさん、今からいう日本語を繰り返してください」と語り、はっきりと口を動かしながら大声で叫んだ。

「処理水やめろ!」

いかにも真面目そうな中国人は声を合わせて繰り返した。しかし、その発音は吉田を愕然とさせるものだった。

(CM)

【実際の映像】

吉田「処理水やめろ!」

中国人学習者「チョリソー食べろ!」

その後何度も練習を繰り返したが、いっこうに「チョリソー」が「処理水」に変わる気配はなかった。1日目が終わり、ついに2日目の午後。すでに残り時間は3時間……。

「いったい、どう指導したらいいんだ……」 ひとり悩む吉田。そのとき彼の目にあるものが飛び込んできた。「こ、これだ!」

アナウンサー「さて、ここで問題です。吉田さんの問題解決のきっかけとなった『あるもの』とはなんでしょうか? 以下の4つからお選びください」

(a) ミネラルウォーターのペットボトル
(b) 毛沢東語録
(c) 広東風の腸詰
(d) 「変面」コスチューム

正解は CM の後!

(CM)

【実際の映像】

マントをつけ仮面を被った吉田、中国人学習者の前に現れ、つたないながらも変面を披露する。拍手喝采する中国人。変面のコスチュームのまま吉田は呼びかける。

「では始めましょう、処理水やめろ!」

中国人学習者「処理水、やーめろ!」

吉田の苦労が実った瞬間だった。

アナウンサー「正解は (d) でした!」

吉田「あのとき、学習者の皆さんは、私を受け入れてくださらなかったんです。その距離感が処理水をチョリソーにしていたのです。私が中国文化に歩み寄ることで、みんなが私を受け入れてくださり、結果として処理水を受け入れてくださったのだと思います。いえ、実際には受け入れていませんけど、ハハハハ」

現在、日本各地で鳴り止まぬ中国からの迷惑電話、その陰にはひとりの日本人の苦労と努力があったことを忘れてはならない。

(CM)

次回の「誇りたい日本人」では「日本大使館に投石したい? 立ち上がった元侍ジャパンの奮闘」をお送りします。

苦い文学

佯死

佯死とは死を偽ることで、人を騙すために死んだふりをするときにも使われるが、自分の生前葬を行い、その後は隠れて暮らす、というようなときにも使われる。

私の年長の知人がこの佯死を計画した。不幸な生い立ちから刻苦勉励して人となり、気苦労の多い勤めを果たした彼は、余生を自分のためだけに過ごそうと決意したのだ。独り者で、子のない彼には、この奇矯な計画はまったく容易なものだった。

生前葬の日取りと会場が決まり、親しい友人たちに招待状が送付された。

そして、その日、私たちは「故人」の新たなる門出を祝うべく、喪服を着て、香典を片手に会場に集った。

私たちはこの企画に浮かれ、数珠を手繰る手も楽しげだった。故人が本当に故人となったことを知らされる時までは。

生来の生真面目であった彼は、佯死といえども、遊び半分でこれをすることを潔しとしなかった。そこで、できるだけ死人たろうと努力したあげく、不慮の事故に遭い、まさに生前葬の当日に息を引き取ったという。間違って死んでしまったのだ。

不幸中の幸いというべきか、葬儀はすでに準備万端だった。予定通りしめやかに営まれることを妨げるものは何もなかった。

彼の葬儀が済んでもう何年も経った。私たちは、彼は佯死に成功したと確信している。