古くから物語というものが記録されてきたが、今それらを読むと、わかりにくいことが多い。それはひとつには、文字として記録することは簡単ではなかったから、余計な説明は削らざるをえなかったためだろう。またもうひとつには、その記録の読者にとっては説明など不要なことが、現代ではわかりにくくなっているからでもあろう。そのため、古代の物語を読む場合、いろいろな情報を補って読まねばならないし、それでもわからないこともある(もっとも、翻訳で読む場合は事情が違う。しばしば訳者の解釈によって読みやすくなっているから)。
説明文が物語に組み込まれるためには、まず書記技術が発展し、より多くの文字が手軽に書ける環境が整う必要があった。それと同時に、もうひとつ重要な契機が存在する。それは不特定の読者の存在だ。もしも、記録者にとって文字記録の読者が、決まった相手、生活や慣習を同じくする相手であるならば、文字記録に説明は必要ない。というのも、その記録がどのような背景で書かれたのかは自明だから。例えば、メソポタミアでごく初期の文字記録が、経済活動や行政の記録から始まったのも、そうした理由も関わっていよう。
しかし、さまざまな人の生活の場としての都市が成立し、一定の教養層が生まれ、さらに文字記録が、重たい石碑や石板だけではなく、より軽く、持ち運びが容易な媒体(パピルス、羊皮紙、紙など)へと広がっていくと、書き手の想定しない人々にも記録が届く可能性が出てくる。もちろんそうした不特定の読者は、初めは規模は小さく、基本的には同じ文化圏に属していたにしても、そのような読者を想定するということ自体が、書き方を変えることになる。
それは、自分の想定しない読者がテクストを理解できるようにするために、説明文を増やすことだ。だが、この増加は二つの点において制限がかかっていた。ひとつはすでに述べたように、どんなに書字が簡単になったとしても、際限なく説明文を増やせるわけではないということだ。そしてもうひとつの制限は、説明のレベルだ。ここで、どのような読者を想定するか、という問題が出てくることになる。