旅・観察

ベルベル語の調査とその後(2)

つらいことの第一は、場所だ。言語調査は、音声を聞き取ったり、録音したりしなくてはならないから、静かで、落ち着いた場所でやるのがいちばんだ。会議室とか、研究室とか、贅沢を言わせてもらえば、海の見えるホテルの一室とか……。

私の場合は、初顔合わせをしたあのカフェが調査場所となった。これは決して悪くない。以前、外の石段に座って調査したのに比べれば、ずっとマシだ。カフェだから、コーヒーも水も飲める。それに、調査用紙が突風に吹き飛ばされないようにクリップでしっかり挟んでおく必要もない。

とはいえ、カフェはカフェだ。壁掛けのテレビはいつもつけっぱなしだ。私はカフェを隅から隅まで調べ、音が届かない死角の席を見つけ、そこを使うことにした。もっとも、先客がいて、テレビの真下の席にせざるをえない日もあった。カフェは午後になると、放課後の高校生がグループでやってきた。離れた席から楽しげな笑い声が聞こえてきて、録音レベルと私の心を乱した。

だが、これが別のカフェだったら、スピーカーから爆音が流れ、いかつい男たちが大声で話している。ジョークに笑いこけながら、互いに手をバチーンと打ち鳴らしている。それに比べれば、このカフェは調査向きだ。日を追うに連れ、S さんとのやりとりもしっくりしてきた。

だが、調査 4 日目、私たちはこのカフェから閉め出された。

(写真:カフェの中)

苦い文学

男の正座

毎日することがないので、義太夫一日体験教室に行ってみることにした。義太夫節は「語り」と「三味線」からなるが、それぞれ90分のコースがある。私はそのどちらにも申し込んだ。2月のことだ。

3月の終わりに、案内のメールが送られてきた。私はそのメールを見て驚き、己の迂闊さを嘆いた。

「正座をしていただきますので、脚に負担のかからない服装でお越し下さい」

正座のことをすっかり忘れていたのだ。そのような座り方は自分の人生から追放したはずだったのだが……と悔やんだがもう遅い。正座して1時間半×2受講しなければならない、そう思うだけで緊張してきた。

しかし、メールを読み進めると、こんな一言にでくわした。「正座器などをご使用いただいても結構です」

これだ。

さいわい、体験教室にまでまだ三週間あったので、私はさっそく Amazon で、正座器というものを探してみた。私と同じ恐怖を抱いている人はたくさんいるようで、いろいろな種類があった。なかでも、折りたたみ式で、お尻をしっかり持ち上げてくれるタイプのものがよさそうだった。私はすぐにそれを注文した。(つづく)

苦い文学

悲惨な道路の謎

それはなんの変哲もない直線道路なのだった。ずっとまっすぐで視界を妨げるようなものはなにひとつなく、ただ信号機のある横断歩道と、信号機のない横断歩道が3つずつあるだけだった。

飛ばすような道路ではないのだが、ときおり暴走車が出現して悲惨な事故を引き起こした。制限速度 40 キロを遥かに超えて、120、いやときには 180 ものスピードで暴走し、脇道から進入してきた罪のない自動車を破壊し、横断中の小学生の列を蹴散らすのだった。

どうしてこの道路で暴走車が発生するのか。警察は取り締まりを強化し、スピード違反がないか重点的に監視を行ったが、それでも車は暴走を始めた。道路や周囲の環境に問題があるのではないかと、専門家を連れてきて検証をさせたが、なにひとつはっきりしたことは分からなかった。

私は当時この道路のある市の隣の市に住んでいたこともあり、不思議に思っていた。そこで、このような不可解な事件となるとがぜん能力を発揮する友人に相談することにした。

友人がLINEで求めてきたのは、道路の写真をたくさん、そして写真の撮影時間や位置といった情報などを保持したまま送ることだった。私はその通りにした。すると1時間も経たないうちに、返信が来た。

「信号機の信号が変わるタイミングを変えること、信号機のない横断歩道を廃止すること」

その理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。

「写真の情報を総合して、3つの信号が変わるタイミングを計算すると、日に1回は全信号が黄色になる時間帯があることがわかった。原因はこれだ。赤はストップ、青はゴー、黄色はアクセルを踏め、だからね。また、信号機のない横断歩道でも、ドライバーは必ずアクセルを踏むことになっている。

「わかるだろうね。全信号が黄色となる時間帯にこの直線道路を走る車が、立て続けに6回アクセルを踏んだら、どんな速度になるか!」

苦い文学

イヌグラティチュード

最近、ようやく暖かくなってきたので、公園で日向ぼっこしていたら、散歩に連れられてきたイヌたちの会話が聞こえてきた(今年に入ってはじめてだ)。

毛並みのいいの「まったく、なんだってんだ、あのハチ公ってのは。どいつもこいつもチヤホヤしやがって」

背の低い茶色の「ああ、あの忠犬とやらな。聞いて呆れるよ、飼い主を待ち続けてただけでさ。あんなの、我々ならだれだってできるっての」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

毛並みのいいの「だいいち、駅で待ち続けようにも、昔と違って我々はリードがあるから、勝手に出歩くことが許されないのだ」

背の低い茶色の「そのとおり、まさにリードが忠犬を絶滅に追いやっているのだ。もし、リードなどなければ、我々がどれくらい忠犬か、そりゃみな仰天するはずさ」

毛並みのいいの「それに、あんな安っぽい銅像などこっちから願い下げさ、我々なら、奈良美智製作の高級オブジェでなきゃ」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

毛並みのいいの「しかも、たとえリードがなくても、こっちの駅ときたら、渋谷とは比べ物にならん。そんな寂れた駅でかりにハチ公が待ち続けてたとしても、誰も気がつかないし、追っ払われるのが関の山さ」

背の低い茶色の「そうそう、俺の飼い主など、自動車通勤だから。どこで待てばいいってのさ」

白くてフサフサしたの「俺の飼い主は無職だ」(とがっくり。)

毛並みのいいの「だが最大の問題は、飼い主が生きてるということだ。そのせいで、忠犬チャンスを奪われているかと思うと、もうイライラするね」

背の低い茶色の「いっそひと思いに殺してくれようか! そうすれば明日にでも忠犬ぶりを発揮できるというのに!」

イヌたちこの言葉に大いに賛意を示し、自分たちが忠誠心と殺意を同時に抱いている飼い主たちにリードで引っ張られて、町のどこかの暗がりに消えていった。

苦い文学

雉の合言葉

雉の鳴き声を守り、こどもたちに誇りを取り戻すため、対策委員会がさっそく組織された。

「我々の汚名をすすぐためには」とある雉の委員が口火を切った。「一声鳴いた後、撃たれずに飛び立つ俊敏さが必要だ」

すると別の委員が立ち上がった。そのかしこげな雉は、メガネの位置を直しながら次のように発言したのであった。

「われわれが一声鳴いてから逃げるまでの時間を R としよう。そして、猟師がわれわれの鳴き声に気がつき、銃を向け、狙いを定め、射撃し、その弾丸が目的地に至るまでの時間を θ としよう」

そして、メガネの雉は自信たっぷりに告げた。

「われわれはこれまでは R < θ であった! だが、新時代の雉は R > θ でなくてはならない!」

雉たちは感動に震えた。今ここに新時代の雉の合言葉が誕生したのだ。

「R > θ!」「R > θ!」「R > θ!」

雉たちは口々に叫んだ。まるで R > θ が雉界においてすでに達成されたかのように、雉たちの歓声は森に響き渡った。

旅・観察

大村入国管理センター待合室内掲示の記録(2)

No.3. プラスチックのプレート

         お知らせ
  面会の際,携帯品の持ち込み及び使用はできません。
  備付けのコインロッカーに保管の上入室して下さい。
  なお,コインは使用後返還されます。

         通知
  面会時,禁止携帯物品迸入会客室及使用所携帯的物品。
  请将所携帯的物品寄放在寄物柜后,再迸入会客室。
  另外,銅板将再使用后,自动退还。

No.4. A4の紙

     取材に関するお願い

    被収容者に対する「取材」
   を希望される場合は,事前に
   「総務課」において必要
   な手続を行って下さい。
    皆様の御理解と御協力を
   お願い致します。

       大村入国管理センター