散文

地獄の言語学入門(11)

音声学を学んだのちは音韻論の最小キットのご紹介だ。音声学では言語の音の仕組みが問題となっていたが、音韻論では音に代わって「音素」が登場する。

音素を理解するには、政治犯の悔しさを理解することから入るのがいちばんだ。

まず、それは本来違うものが一緒くたにされてしまう悔しさだ。

私たちの牢獄に放り込まれる人々の事情はいろいろだ。まず殺人犯がいる。それから強盗犯、窃盗犯なんてのもいる。詐欺犯もいるし、その他もっと酷い犯罪者たちがいる。これらの只中で、ひとり所在なさげにしている囚人がいる。これは政治犯だ。殺しも盗みもなにひとつしていないのに、口を滑らせてお上の悪口を言ったばかりに、うっかり国旗を踏んづけたばかりに(あるいは踏んだことにされて)、ここにぶち込まれたのだ。

それなのに、この牢獄では、そして世間でも、すべての囚人がひとしなみに「犯罪者」と呼ばれる。十把一絡げの扱いだ。政治犯はこれが悔しくてたまらない。だが、グッと堪える。なぜならそんな不満を口にしようものなら、懲罰房行き確定だから。

政治犯の悔しそうな様子を見て、元コソ泥がからかう。

「まあ、おんなじ罪人どうし仲良くしようや!」

毎度毎度のこのおふざけに、殺人犯も強盗犯も腹を抱えて大笑いだ。政治犯は無言でうつむいて、例の言語学研究に取りかかる……。

なんとも切ない情景だが、まさに同じことが、日本語のハ行に起きているのだ。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(5) 

 さて、私は正気を取り戻すと、じっくりとその紙を読み出したのだが、そこにはこう書かれていたのだった。

かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝

 いや、間違えた。こうだ(これはビルマ語版なので全てにビルマ語訳が付されている)。

           質問票

1 あなたは現に有する在留資格に該当する活動(以下「当該活動」といいます。)を行っていますか。

  □ はい → 質問は以上です。下部に署名してください。
  □ いいえ → 以下の質問にも答えてください。

2 あなたが当該活動を行わなくなったのはいつからですか。

    年  月  日 西暦で記載してください。

3 あなたが当該活動を行わなくなったのはなぜですか。具体的に記載してください。



   → 質問は以上です。下部にも署名してください。

以上の記載内容は、事実と相違ありません。

この質問票を私の在留審査の資料として使用しても構いません。

申請人(代理人)の署名          年 月 日

 すでにお気づきであろう。

「この質問票を私の在留審査の資料として使用しても構いません。」

 この一文が曲者なのだ。つまり、これは単なる「質問票」なんかじゃない。これは難民審査なのだ。もう、審査が始まっていたのだ。申請者自身がそれと気がつかぬうちに!

 まさにトラップだ。

 申請しに来たばかりで右も左も分からない申請者から、うかつな一言を引き出すために設けられた罠。我が国の難民審査の剣呑なタチに気づいて申請者が用心深くなる前に入管が掠め取ったその一言は、後から効いてきて、難民の命取りとなるだろう……。