旅・観察

チュニジアのベルベル語(4)

ベルベル語の本を手に入れた話のついでにいえば、チュニジアのベルベル語は (a) のガフサ東部では消滅したと考えられている。2 つのベルベル村があり、そのうちのひとつ、セネッドのベルベル語の文法書が 1911 年に出版されている(正式な書名は “Étude sur la Tamazir’t ou Zenatia de Qalât es-Sened”)。著者は Provotelle というフランス人だ。分厚い文法書ではないが、この地域のベルベル語の実態を伝える、ほとんど唯一の文献かもしれない。

私がこの本を手に入れたのも、チュニスの本屋だった。もう 20 年前のことだ。新刊と古書を売っている本屋で、チュニジアで刊行されたフランス語の本が並ぶコーナーで見つけたのだった。製本も緩くなっていて、すぐにもバラバラになりそうだった。もしかしたら 1911 年から買い手を待っていた可能性だってある。私はためらうことなく購入した。そして、その本は私の書架のどこかでさらに長く待たされることとなった。

だが、昨年のこと、その本が急に引っ張り出された。なぜなら、私は運よく、チュニジアのベルベル語を学ぶ機会を手に入れたからだ。この「運よく」を説明するには、まだ触れていなかった (b) のガベス西部マトマータのベルベル語の話に戻らねばならない。

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その2)

 その翌週、40万円の金策成れりとの報が入ったが、保証金とは別に、彼の仮放免手続きについても考えなくてはならなかった。誰かが、大村入管に行って手続きをしなくてはならない。大村入管では教会関係者などいろいろな人が支援活動を行っていて、頼めば代わりに手続きをしてくれるはずだ。

 連絡があった翌週、彼から早速封書が届いた。そりゃそうだ。一刻も早く釈放されたいのだ。封書には手紙と委任状が入っていた。この委任状に署名して、長崎の支援者に送れば、その人が代わりに仮放免手続きをしてくれるというわけだ。

 もちろん、私が行ったっていい。だが、問題は金だ。いろいろ調べたが、どんなに安くたって3万はかかる。福岡まで飛行機で行って、それからバスで長崎に行くのが安そうだ。前にも一度行ったことがあるので、長崎空港からは歩いて行けることがわかっている。だが、バスで行くとなると、一体どこで降りればいいのか。

 これはもう入管に電話して聞いてみるほかなかった。と、電話したのは3月19日の16時50分。問い合わせのできるギリギリの時間だったが、この電話が他の意味でもギリギリであったとは私は思いもしなかったのだ。(つづく)