散文

和をもって

このブログのどこかで書いたと思うが、ある人が論語の「四十にして迷わず」について、こう言った。

「こんなことをわざわざ言うからには、孔子は四十になっても迷ったのだ。だから、孔子に及びもつかない私たちが四十を過ぎて迷うのも無理もない。むしろ、大いに迷ったっていいのだ」

この解釈が正しいかどうかわからないが、実際のところ標語は、その逆の事態がはびこっているから意味を持つ。「闇バイトに注意」という警告も、闇バイトが蔓延していなければ意味がない。

聖徳太子は「十七条憲法」の第一条で「和を以て貴しとなす」と定めた。これを根拠に、日本人には和の精神があったと主張する人もいるが、事情はむしろ逆だ。当時の日本人に和の精神などなかったから、聖徳太子はこりゃ和がどうしても必要だ、と憲法のトップに据えたのだ。

その後、結果として、日本人の精神に和が根づいたということもあったかもしれないが、それはあくまでも後世の発展であって、オリジナルの日本精神はアンチ和寄りなのだ。

いや、そんなことあるわけない、当時から日本人が和に生きていたから、太子がそうまとめたのだ、と反論する人もいるかもしれない。

しかし、ほかならぬ聖徳太子の逸話が、これが間違いであることを示している。

もしも、人々が和合し、発言するのにも互いに譲り合うくらいだったなら、聖徳太子は十人の話を同時に聞き分ける特殊能力を鍛える必要などなかっただろう。

苦労してんだ、太子だって。

散文

ただいま禁酒中!(3)

 カレン人との飲み会について書いたが、「カレンといえば酒」とカレンの人が自分で言うくらい飲酒に寛容だ。だから、依存症の問題もよく見られるようだ。

 10年近く前になるが、若いカレン人の難民申請者がいて、静かにお酒を飲み続ける日々の果てに、ぶっ倒れた。

 私たちは新宿の病院に連れていったが、体の問題はさておき、酒をやめなければどうにもならないという。しかし、ビザのない人間が受けられる禁酒の治療もなく、どうにもならなかった。彼は結局、ビルマに帰って、シンガポールに逃げた。なんでも、そこで酒をやめて無事に暮らしているそうだ。

 20年近く前に、初めてタイの難民キャンプに行った時、教育関係の活動をしている同世代のカレン人の友人とキャンプ内を歩き回った。彼はあるキャンプのリーダーの小屋に連れて行ってくれた。竹でできたその小屋に入ると、薄暗がりの中から年配の男性が出てきたのだが、酒臭かった。ふらふらして、言っていることもはっきりしない。私たちは面会をすぐに切り上げて、外に出た。

 しばらく経って「あの人は飲んでいたようだね」と私がいったら、友人は「いや、そんなことはない。あの人は絶対にお酒は飲まない」と答えた。

 真相はどうあれ、難民キャンプ内では、前向きに生きることがなかなか難しいので、飲酒にすがる人も多いのではないかと思う。

(写真は2003年5月のメラ難民キャンプ。タイ・ビルマ国境にある)