風刺・戯文

ラブホ市長

……素晴らしい公約を掲げて市長に立候補したその人が、市長として初めて市役所に入ったとき、市民の誰が今の市役所を想像できただろうか。

「市にガラスばりの政治を!」と訴えた市長は、早速、市役所内をガラス張り、いや鏡張りにした。そして、「公平で透明な政治を!」という公約によって、トイレも浴槽もスケスケになった。さらに「市民の目の行き届く市政を!」が実現した結果、デスクも、椅子も、ベッドも回転しだした。こうすると、市民があらゆる方向から政治を見られるというのだ。しまいには「風通しのよい市役所を!」のために、大胆にも市役所に露天風呂が作られた。

今や、市役所は、妖しい赤い光とネオンライトに包まれている。このムード満点の市役所に用のある市民は、暗いとばりの下ろされたガレージか裏口からこっそり入らねばならない。入ると、壁にパネルがあるのに気づくだろう。市民は、それらのパネルの中から用のある部署を探し、ボタンを押し、受付の小さな穴から鍵をもらうのだ。このシステムは「わかりやすい市政」のために考案されたものだが、市民にとって困ったことに、いつだって満室なのだ……

風刺・戯文

解放の祝祭

街中で歓声が湧き上がり、喜びの足踏みと手拍子が鳴り響く。あちこちで祝砲が弾ける。

もう恐れるものはなにもない。恐怖は過ぎ去り、解放の瞬間が訪れたのだ。私たちは民族の服を着て外に飛び出す。誇らしげに舞い踊る。私たちの街が異民族の魔の手からついに逃れたこの日を喜ばずしてなんとしよう!

誰もが抱き合い、お祝いの言葉を投げかける。誰もが同胞愛に満ち溢れてる。民族の名のもとに互いに許しを乞い、新たな時代の到来の名のもとにすべてを水に流すことを誓い合う。

ついに私たちは民族の解放を勝ち取った! 街中が解放の祝祭の会場だ。音楽に歌、太鼓にかけ声、乾杯の音、笑い声、涙声、口づけの音。重苦しかったこの街が一瞬にして花開き、生の喜びに煌めく。恐ろしい異民族はもう絶対に来ないだろう!

ああ、この日のために私たちは、どれだけ戦ったことだろうか。どれだけ激しく抗議の声を上げたことだろうか。虚偽に満ちた市役所をどれだけ電話責めにしたことだろうか!

私たちはこの民族の勝利の日をとこしえに記憶し、言祝ぎ続けるだろう。「ホームタウン」事業がついに撤回されたこの日を。

風刺・戯文

外国人労働者

私たちの国には、外国人労働者はいません。昔はいました。ですが、私たちはこれがイヤでした。なぜなら、外国人は私たちの文化を尊重せず、好き勝手にふるまい、私たちの国を少しずつ破壊していったから。そこで、私たちはオレンジ党に投票して、外国人を追い出してもらいました。

でも、ひとつ大きな問題が残りました。私たちは外国人を働かせていましたが、その仕事をする人がもういなくなってしまったのです。私たちの国は深刻な労働力不足に陥りました。そこで、私たちが取り組んだのが、国産外国人の開発でした。

いくどかの失敗の末、私たちはついに純国産外国人労働者の生産に成功しました。今や、これらの国産外国人労働者は国内のあらゆるセクターで厳しく危険な労働に従事しています。私たちの生活は楽になりましたし、国産外国人労働者を海外にも輸出しているので経済的にも潤っています。

やがて私たちはこれらの外国人労働者にひとつの問題があるのに気がつきました。それは老化です。国産といえども、老人になります。そうなったら働けないので廃棄するしかないのですが、これにはかなりのコストがかかることが明らかになりました。私たちはさらなる開発を進め、ついにこの問題を克服しました。今では、国産外国人労働者はある時期が来ると脱皮してもとの若い労働者に生まれ変わります。

私たちが生み出しておいていうのもなんですが、国産外国人労働者は不思議な存在です。いつもは黙々と働いていますが、私たちが声をかけたりすると曖昧な笑みを浮かべます。いつも何を考えているかわからない顔つきですが、穏やかで礼儀正しいです。

ときどき、私たちは奇妙な想念にとらわれます。これらの国産外国人労働者にも大和魂があるのだろうか、などと考え込まずにはいられないのです。

風刺・戯文

ブラックホール人

私たちの市で博士と呼ばれている人が、ブラックホールを発見したと、市役所の前で発表した。藪から棒に星の世界へのロマンを掻き立てられた市民は博士を取り囲み、口々に質問した。どこに? どうやって?

「ご覧にいれましょう」

博士は市民を引き連れて、市役所の近くにある公園に向かった。そして、公園の入り口にあるポストの前に立つと、こう告げた。

「これがブラックホールなのです。何年にも渡り、このポストを観測してきた結果、その結論に達したのです」

市民はこう尋ねずにはいられなかった。「どうしてわかったのですか?」「エビデンスを示せ!」

「その証拠はこれです」と博士は手帳の1ページをを見せた。そこには日付が並べられていた。「ここに書かれている日付は、私がこのポストに手紙を投函した日です。そして、その手紙はどれも届かなかったのです! つまり、このポストの中に入ったら最後、どんなものすら外に出てくることは不可能なのです。そんなことを起こしうるのは、全宇宙でブラックホールだけです!」

だれもが博士の慧眼に感嘆し、興奮して叫んだ。「こんな田舎にそんな大したものがあるとは!」「市の誇りだ!」

ちょうどその様子を見ていた郵便配達員、大急ぎで郵便局に戻ると、郵便局長に公園の「ブラックホール」のことを話し、こんな告白をした。

「もうしわけありません、配達を終わらせることができず、何通もの手紙を勝手に捨てていました!」 

……結局、局長はいろいろな事情から、配達員の「犯罪」を隠蔽せざるをえなかった。それで、ブラックホールという嘘が1日でも長く続くように、今では局長は、誰かが来るたびに、ポストに仕掛けたマイクでこんなふうに話しかけている。

「聞こえますか……聞こえますか……私はブラックホール人……」

風刺・戯文

人類の繁栄

我々人類とネアンデルタール人が交雑していた、というのはもはや常識であるが、これはとりもなおさず、人類とネアンデルタール人が結婚していたということを意味する。いや、そればかりではない、離婚していたことも同様にはっきりしているのだ。

というのも、もしも両人類が末長くむつまじく添い遂げていたら、我々は今頃、ネアンデルタールとホモサピエンスの中間の人類となっていただろうからだ。

では、いったい、人類とネアンデルタール人はどのような理由で離婚したのだろうか? 性格の不一致、いや種の不一致だろうか? それとも、浮気だろうか? 相手が別の原人と手をつないでほら穴から出てきたところを写真に撮られて、それが動かぬ証拠となった、という可能性も否定はできない。

もちろん、離婚の理由は化石には残らないから、なんともいえない。だが、ひとつだけはっきりしていることがある。離婚後の子どもたちの親権は、必ず人類のほうが獲得したということだ。これが、その後の人類の繁栄につながったのだし、逆を言えば、これこそがネアンデルタール人絶滅の真因となったのだ。

現代も古代も、いい弁護士が大事だということだろう。

風刺・戯文

痩せすぎ問題

現代の日本人女性は「貧困国レベル」に痩せすぎているとの報道にショックを受けた日本社会で、新たな動きが生まれているようです。特派員のリック・オルターゴットが報じます。

「私たち日本人男性はこの現状に危機感を抱いています」と結成されたばかりの女性支援団体の代表は語ります。

若い女性の低体重の問題は日本社会で取り組まねばならないことだと、この代表は強調しています。

「なぜなら、若い女性の健康問題は、日本人の少子化の問題に直結しているからです。私たち国を愛する日本人男性は、少子化の解決のために若い女性の参画が不可欠だと確信しているのです」

代表はそのための解決策を提案しています。

「これをみてください」

(代表が丸い物体を差し出す)どうやらの石の人形のようですね。これはなんでしょうか。

「縄文時代から出てきた、ふくよかな女性の土偶です。私たちはこれを日本中の若い女性にプレゼントすることで、女性の意識を変えようと考えています。より効果を高めるために、日本各地のパワースポットにも埋める予定です」

この代表の脳も痩せすぎているのではないか、との印象を受けました。以上、リック・オルターゴットでした。

風刺・戯文

ニャンコの目

ヨーロッパの人類学研究所の論文が、日本人を含むアジア人の目にある変化が起きているという興味深い事実を報告した。

どのような変化かというと、目頭より目尻が高い人より、目頭より目尻が低い人のほうが増えているのだという。つまり、アジア人の目が上がり目から下がり目へと変わりつつあるのだ。その原因についてははっきりとしたことはわからないようだが、おそらく気候の変化、より具体的には地球温暖化が関係していると考えられるという。アジア人の顔貌が寒冷地に適応したものであるとすれば、これはもっともなことだ。

また、もうひとつの原因についても述べている。それは非アジア人、特に欧米の人々が、アジア人を長らく「ツリ目」と揶揄してきたことが、アジア人の「脱ツリ目」の後押しをしているのではないか、というのだ。これまで私たちアジア人が感じてきた苦々しい思いや悔しさを考えると、あながち間違いとはいえまい。

さらに、この論文はもうひとつ面白い報告を行なっている。アジア人がタレ目化しているのに対し、欧米人は逆にツリ目化しているのだという。欧米人がアジア人を「ツリ目」と揶揄する楽しみが、最近では禁じられがちなので、そのストレスのせいで引き起こされた可能性がある、とのことだ。

風刺・戯文

中流の旅

しばらく前のことですが、私は、ニュースを見てとても驚きました。日本で貧富の格差が広がり、このままだと富裕層と貧困層だけになってしまう、というのです。

昔、日本は一億総中流と言われていました。なのに、その中流がごっそりいなくなってしまったのです。私は自問自答しました。自分は中流だろうかと。というのも、もし中流ならば、私は絶滅寸前の種ということになるからです。「ここにいるぞー!」とニュースに反論したかったのです。ですが、答えはノーでした。私は貧困層だったのです。

この日から、私の中流探しの旅が始まりました。知り合いを訪ね、知り合いの知り合いをさらに訪ね、中流かどうか聞いて回りました。ほとんどが悲しげに首を振って、貧困層だと答えました。ごくまれに「富裕層だ」とベンツの窓を開けて答える人もいました。ですが、中流と自認する人はひとりもいなかったのです。

いったい、中流はどこに行ってしまったのでしょうか? どこか遠い国を流れる川の中流のジャングルに潜んでいるのでしょうか。あるいはもう手遅れで、ニホンオオカミのようにとうに絶滅してしまったのでしょうか。せめて剥製でもみつかりはしないかと、今は各地の中学校を回っているところです。

風刺・戯文

郷に入っては

私は、郷に入ってはいつだって郷に従ってきた。今日も郷に入る。郷に従うために。そして郷に入った。もう従いたくてたまらない。我慢できない。従った! すると誰かが声をかけてきた。

「ここの郷はその郷じゃない」 その人は郷をやってみせた。「こうだ」

「なるほど」と私は言うとおりにする。すると、別の人がやってきて横槍を入れた。

「その郷はここの郷じゃない」

「えっ、じゃあ、これはどうです」 自分なりの郷を披露する「郷ですか?」

「いや、それもここの郷じゃない。こうだ」

「ほほう、なるほど」 私は郷に従う。すると、さっきの人がやってきて怒り出すではないか。

「その人にデタラメを教えてはいけない。ここで従うべき郷はこう」

「いや、この郷だ」

「違うこの郷」「いやこうだ」

ケンカが始まる。すると別の人が駆けつけてきた。

「おい、ケンカはやめなさい。この郷ではいろいろな人の郷を認めあうのが郷じゃ」

これを聞くや、ケンカをしていた二人、一緒になって突っかかる。「嘘をつけ! どの郷であろうと郷はひとつだ!」

そのとき奇声が聞こえた。声の主が、私たちの中に飛び込んできて、甲高い声で怒鳴る。

「キエーッ! この郷では郷のやり方に従わないのが郷なのじゃ!」 そいつ、他の人を突き飛ばしたり、唾を吐いたり、いきなり全裸になって汚い体を見せつけたり、もうめちゃくちゃだ。

私はほうほうのていで逃げ出した。混乱してる。教えてください。郷ってなんですか。

風刺・戯文

鴎外の害

森鴎外という作家はご存知だろうか。昔の文豪だ。

少し本でも読んで勉強しようと、たまたま手に取った本の作者が森鴎外だった。それは短編集で、最初の何編かは面白く読めたのだが、ある作品で私はもう先に進めなくなってしまった。怒りに身が震えて、思わずその本を壁に投げつけてしまった。

それは「普請中」という作品だ。この小説は、作中のこんな台詞で有名なのだ。

「日本はまだ普請中だ」

なんということを言うのだろうか。文豪ともあろう人が。日本人ほど文豪に弱い人々はいないのだ。文豪のいうことを信じすぎる。おかげで、日本人は日本は普請中だとすっかり信じ込んでしまった。いや、それどころか、普請中こそ日本だと思い込んでしまったのだ。

その結果、何が起きただろうか。いつまで経っても終わらない駅の工事だ。昨日あっちにあったと思ったら今日は行手を塞ぐ神出鬼没の白の仮囲いだ。目まぐるしいルートの変更で、わたしたちを迂回させ、迷わせ、その挙句、新しくできた角で出会い頭に衝突させ、頭を砕く、恐るべき普請中だ。

本当に迷惑な話だ。文豪が普請中にお墨付きを与えたせいで、わたしたち日本人は、永遠に完成することのない駅構内をさ迷い続ける羽目になったのだ。