風刺・戯文

AIは惜しみなく奪う

私は今、無職だ。ついにAIに仕事を奪われたのだ。

私の心の中にはやるせない怒りと、思考マシンの横暴を許す世界への憎しみがある。それは私を蝕み、苦しませる。私にはもはや愛することすらできなくなったのだろうか?

だが、私は踏みとどまる。いつか見返してやる。私は負けない。

街を歩けば、人々は私を嘲笑う。

「ハハ! やっこさん、AIに仕事を奪われたんだって!」

「奥様ちょっと、お聞きになって? あの人ったら、AIに……!」「あら、まあ!」

人々の愛のない言葉が私にはつらい。苦しい。だが、いつか見ていろ!

それに、わずかだけど、私に優しい言葉をかけてくれる人もいる。助けの手を差し伸べてくれる人も。それどころか義憤に駆られて「これは本当に放っておけない大問題だ」と言い出す人も……。

「え、そうなのですか。私はただのAIに仕事を奪われた男に過ぎないのです」

「いいえ、あなたはAIに仕事を奪われた人間のひとりです。あなたの問題はあなただけの問題ではないのです。人類すべてがいずれ直面する問題なのです。今こそともに立ち上がりましょう!」

その人は私のために動き出してくれた。裁判で訴えれば勝ち目があるのではないかと考え、まずAIに質問した。

AIは答えた。「この人が仕事を失ったのは、能力不足だからです」

ああ! 私は、私は……AIに仕事を奪われたもAIに奪われた。

タグ:
旅・観察

大先生のお言葉

ドイツのポツダムで言語学関係の学会が開催されている。

昨日が初日で、オープニングでポツダム大学の学長が最初に挨拶した。理系の研究者ということで、昨日の深夜、アメリカ出張から帰ってきたそうだ。そこで、挨拶の冒頭でこんなことを言った。

「アメリカでは研究者たちと会って話しました。そこで言っていたのですが、今のアメリカの雰囲気は」と学長は言いかけて「ここにアメリカからいらっしゃった方はいますか?」

私は前のほうに座っていたのでわからなかったが、誰も手を挙げなかったようだった。学長は続けた。

「今のアメリカは、とても暗い雰囲気だということでした」

もちろんトランプ政権以来、ということだが、研究費もいろいろ削られているという。そんな状況だからこそ、今、ここポツダムに世界中の言語を研究する人が集まるこうした機会は重要だというような話だった。

ところで、学長が「今のアメリカの雰囲気は」と言ったとき、私のすぐ後ろで、女性が小さく「terrible」というのが聞こえた。

そのときは振り返らなかったが、あとで後ろを見てみると、アメリカの有名な言語学者だった。

大先生がいうのだからこりゃ間違いない。今のアメリカは「ひどい」のだ。

苦い文学

タトゥーの理由

「私は不思議に思っていることがあるのです」といつもの人。

「なんでしょうか?」と私。

「いや、タトゥー、つまり刺青についてなんですが、どうしてあんなものを皮膚に刻み込もうなどと思うのでしょうか。その動機がわからないのです。あんな消せもできないし、消せたとしても大金がかかるものに。まったくバカげているではありませんか」

「私も動機は分かりませんが、人はそれぞれに考えがあるものです」

「いや、そんなものありませんよ。思うに、あのタトゥーというのは、自分になんに誇るべきもののない人間がコケオドシに入れるものですよ。きっとそうに決まってます」

「では、お聞きしますが、あなたはご自分にどんな誇るべきものがあるとお考えで?」

「それはもちろん学歴ですよ。早稲田大学という世界一の大学を卒業していますから」

「それは存じ上げませんでした。ご風体からは、そんな立派な大学を出てらっしゃるようには見えませんから」

「ええ、よくそう言われるのです。学歴とは目に見えないものですから」

「ならば、いっそのこと、誰もがわかるように『早稲田大学卒』とタトゥーを入れたらいかがでしょうか?」

「えっ、龍やチョウチョではなく学歴を? そんなことが可能で? ……ぜ、ぜひそのお店を教えてください……『早稲田大学卒』と、いやいっそのこと卒業証書まるごと……」

苦い文学

汚染人

私たちは長い間、汚染水とともに生きてきました。

汚染水の産湯をつかい、汚染水で割った粉ミルクを飲み、汚染水で煮炊きしたものを食べ、汚染水の海で泳ぎ、汚染水で排泄物を流し、汚染水のスーパー温泉に通い、末期の水まで汚染水、といった具合で、汚染水にどっぷり浸かった暮らしを営んできたのです。

人々は私たちを蔑み、恐れました。憎しみのあまり、いっさい店に入れぬと張り紙した料理屋もございました。迷惑電話もじゃんじゃん鳴り響きました。いつしか人々は私たちを汚染人と呼ぶようになりました。

汚染人!

今までこのような不名誉な呼ばれ方をした人間たちがあるものでしょうか。私たちはがっくりと肩を落とし、この世界のもっとも暗い地点でひっそりと生きていこうと決心したのでございます。

そんなときです。あの方が現れたのは。そのお方は神々しい光をまとい、私たちにこう告げたのです。

「聞きなさい。そして、こうべをあげ、胸を張り、涙を拭いなさい。私はあなたたちが二度と汚染人と呼ばれぬために来たのである。なぜなら、私が来たことにより、この瞬間から先、世界が滅びるまで、汚染水は処理水となったのだから。さあ、行くがよい、処理人よ」

私たちは快哉の叫びを上げました。もはや私たちは汚染人ではない。処理人だ! なんとうれしい知らせでしょうか。

そして、この記念すべき時以来、処理人は世界中に広まり、富み栄えております。

苦い文学

入管収容記念館

色紙やチラシなどを細長く折ったものを編むように組み合わせて、籠などを作る手工芸がある。

細長い紙を互い違いに編み込んでいくので、できあがると、小さな正方形が並んだ模様になる。色が異なる紙で編めば、正方形どうしで色が違ってカラフルだ。

私は今、家を整理していて、余計なものを処分している。昨日、書類を選り分けていたら、紙で編んだ長財布や紙入れが出てきた。見た目はきれいだが、あまり使い道はない。捨てようかと迷ったが、結局、取っておくことにした。

これらは、ビルマ人難民のある女性が、入管に収容されている間に作ったものだ。3年ものあいだ収容されていた彼女が、2年前にようやく仮放免されたときに、私にくれたのだ。

どうしてくれたのかは分からない。もしかしたら、彼女はどこかで私の夢を耳にしたのかもしれない。私の夢は、入管収容記念館の館長になることだから。

この紙細工は、きっと当館の目玉のひとつとなるであろう。入管収容に関する貴重な史料だから、ちゃんとガラスケースに入れて展示するのだ。音声解説もつけて……。

と、そんなことを考えていたら、彼女から電話がかかってきた。ビザをもらったとのことだ。