旅・観察

ベルベル語への旅(4)

翌 3 月 23 日の昼、私は N さんの運転する車に乗ってガベスからマトマータに向かった。

マトマータ(マトマタ)は、スターウォーズの撮影地としても有名だ。映画には穴居住宅が出てくるが、これもこの地のベルベル人の伝統的な住居だ。

もっとも、現代のベルベル人は普通の住宅に住んでいる。マトマータのベルベル人でも、昔ながらの家に住んでいるのは、タマズラットの一部の人だけだ、と N さんは言っていた。

マトマータには新と旧の町がある。新マトマータはガベスから車で 30 分のところにあり、その名の通り、新しい町だ。ここには病院や学校、商店があり、もっと不便な村に住むベルベル人たちが移り住んでいる。タマズラットとズラーワの人が多いそうだ。

私たちは、新マトマータを通過し、さらに、穴居住宅風のホテルが点在する旧マトマータを超えて、タマズラットに向かった。

その途中で、N さんが道ばたのコンクリート防壁に腰掛けている老人を見つけた。車を降りて、丁寧に挨拶し、話しかける。

「この日本人がベルベル語を知りたいと言っているんです」

こういうと私を促した。「知りたいことを言って」

私が「『頭』は?」とか「『彼』は?」とか「『ありがとう』は?」とか英語でいくつか尋ねると、N さんがアラビア語で老人に質問する。老人はベルベル語で答えてくれるのだが、私のほうをまったく見ない。まるで私などいないかのようだ。だが、これはこれで我が最初の調査というべきであろう。

(写真:マトマータの風景)

苦い文学

The pre-fucking-sident

“fucking” を辞書で調べると、「ひどい、いやな」などを意味する「無意味な強意語」だということだ。以前、何かで読んだのだが、この “fucking” の特徴は、どこにでも現れるということなのだそうだ。

「Where’s my fucking phone?!」「Are you fucking serious?」のように名詞や形容詞の前に現れるし、「She fucking ignored me.」のように動詞の前にも現れる。また副詞の前だっていい(「He came fucking out of nowhere!」)し、「No, we fucking won’t.」のように助動詞の前だって平気だ。

しかも、単語の中にだって入り込んでしまうというのだ(例:abso-fucking-lutly、un-fucking-believable、fan-fucking-tastic)。

これほど自由に動くことのできる神出鬼没の fucking なのだから、ついに文から飛び出して、大統領になっちゃったとしても、とくに驚きはない。

苦い文学

Stay Hungry, Stay Foolish

やがて Apple の製品も時代遅れとなり、いつか忘れ去れられるときが来るかもしれない。だが、そうなったとしても、Apple の創業者のひとりであるスティーブ・ジョブズの名言「Stay Hungry, Stay Foolish」は、いつまでも人類の記憶にとどまっているにちがいない。

もともとは誰か別の人の言葉だというが、それでもジョブズに強く結びついているのは、彼がこの言葉を体現するかのような人生を歩んだからだろう。

簡単に訳せば「ハングリーでいろ、バカでいろ」となるが、それだけではなんのことかわからない。それで、いろいろな人がこの言葉の意味について見解を述べている。私にはなんともいえないが、一般的には「いつまでも貪欲でいろ、(こざかしい)常識にとらわれるな」などと解釈されているようだ。

含蓄に富んでいるばかりか、とてもカッコいいフレーズだ。多くの経営者や著名人もこれをお気に入りの言葉だと公言している。

もっとも、あなたや私がこの言葉を使うときは、よくよく注意しなくてはならない。なぜなら、この言葉は、食うに困らない富裕層が得意げに言うときと、そうでない人が使うときとでは、ひどく意味が変わってくるからだ。

とくに、食べるに困るような貧困状態だったら、即刻、使用を停止すべきだ。

というのも「Stay Hungry, Stay Foolish」はその場合、「貧すりゃ鈍す」と同義となるのだから。

貧しく、地位のない人に対して、人々が無情に態度を変えるように、言葉もまた違う顔を見せるのだ。

苦い文学

チャンドス卿の毛蟹

敬愛する友よ、私が次のような経験について話すのをご容赦ください。

北の地を旅する私はとある朝市でふたつの毛蟹を食べ比べしたのです。

ひとつ目の毛蟹は確とした秩序ある姿でいかにも美味しそうでしたが、その身を食べるとすぐに、口の中で崩れてしまいました。口のなかで、さまざまの概念がとつぜん曖昧な色合いになり、輪郭をなくして入り混じってしまったのでした。

私は眩暈を起こし食べるのをやめました。

もうひとつの毛蟹は、初めのものとはまったく違いました。とるにたらぬ被造物のようであり、地面に転がる石のようでもありました。ですが、ひとたび口にするやいなや、その味の流れが言葉にならない無限の恍惚感を引き起こしたのでした。

私はただちにこちらの方の毛蟹を買い求めました。

敬愛する友よ、この毛蟹を、おまけにベーコンをつけて、送料無料の大特価でお届けすることをお許しください。お支払いは着払いにてお願いいたします。

*上記のような文面の手紙とともに、一方的に毛蟹などの食品を送りつけて代金を要求する詐欺が増えています。身に覚えのない商品は絶対に受け取らないでください。

苦い文学

帝王のダイエット(王道編)

「ショウヨウとは?」と怪訝な顔つきの帝王に向かって賢者デリヘルスは次のように語ったのであった。

「平たくいえば散歩でございます。アリステレスが言うには、一番のダイエット法は散歩にほかならないということで、それゆえ、アリストテレスのダイエット法にしたがうものは逍遥学派と呼ばれております」

「散歩か……それもちと大変ではないかの。もっと余にふさわしいダイエット法はないものか」

と帝王が不満げにいうやいなや、「ダイエットに王道なし!」と厳しく一喝したのがデリヘルス。そして再び穏やかな口調に戻るとこう続けたのであった。

「こうアリストテレスはかのアレクサンドロス大王に言ってのけたということでございます」

「なに、アレクサンドロス大王に!」

「じつにアレクサンドロス大王は、ギリシアからインドまで散歩したとの記録が残されております」

「むむ、アレクサンドロス大王よりも広大な領土の支配者たる余にとっては、その程度の散歩は屁でもないわ!」と宮廷の外を見る帝王。「いつの間にか吹雪も嵐も止んでおるわ! おい宰相トンマールよ! 支度をせい! ただちに逍遥とやらに出かけるぞ!」

とこうして、賢者デリヘルスのおかげで苦境を切り抜けた宰相トンマールであったが、帝王の散歩に朝から晩まで毎日振り回されて、身体中に膏薬を貼らぬ日はないという話だ。

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その7)

 長崎についた日の午後は、軍艦島クルーズに参加した。

 赤瀬川原平の『二笑亭綺譚』のような奇怪な廃虚が立ち並ぶ孤島という勝手なイメージを持っていたのだが、実際は、普通の人々がごくごく当たり前の生活を送っていた島であった。

 軍艦島は、日本最古の鉄筋コンクリートのアパートを含む高層建築で覆われていて、それが海上から見ると、軍艦に見えることから、その名がついた。

 海底炭鉱で働く人々とその家族が島の住人で、一時は、5000人以上の人々が暮らし、当時の東京よりも人口密度が高かったという。

 炭鉱の仕事はつらくもあり、危険でもある。また、たびたび台風や高波による災害に見舞われた。島に上陸した時、ガイドの人が「最近、波に破壊されたのです」と巨大なコンクリートの塊を指した。防波堤の残骸だった。そうした厳しい環境でも、これだけ人が集まったのは、当時としては島での暮らしが良かったからなのかもしれない。こぎれいな室内でテレビを囲む住人の白黒写真も展示されていた。

 しかし、今の目から見るととうていそうは思えない。

 クルーズ船で、島を一周回った時、ガイドの人が、ある6階建ての集合住宅を示した。

 「2階のところに大きな穴があるでしょう。あそこにはベルトコンベアーがあって、島の反対側からボタを運んでこっち側の海に捨てていたのです。24時間動き続けていて、止まるのも年に1回、4月のお祭りの1日だけだったそうです。そういう中で、島の人々は暮らしていたということです」

 小さい島にぎゅうぎゅうに押し込まれ、職場ときたら地下何百メートルの海の底だ。しかも、よっぴいて騒音が鳴り続けているときた。

 こんなことができるのはよっぽどのサディストだけだ。炭鉱の所有は三菱財閥で、ここから掘り出された石炭が日本の近代化、戦争、そして高度成長期という日本でもっともサディスティックな時代を裏から支えた。そんなこともあり、近年、世界サディスティック遺産に認定されたという。

 長崎にはもうひとつサディスティックな施設がある。それが明日私が行く予定の大村入国管理センターだ。国家というもののサディスト精神を知るにはもってこいの施設だが、残念ながら、遺産としての認定はまだのもようだ。

ベルトコンベアーのあった穴
軍艦島には中国人と朝鮮人の強制労働もあったという。
いっそのこと、入管の収容施設もここに移したらどうだろうか……