散文

ワイルドの『獄中記』を駁す(3)

『獄中記』のもうひとつの中心は sorrow の哲学だ。これは獄中生活で、自分の「悲しみ」を意味づける過程で生まれたものだが、ワイルドはこれを「behind Sorrow there is always Sorrow」と生の根源的な意味とまでみなすに至った。

さらに、「Where there is Sorrow there is holy ground」と宗教的な意味づけを行い、ついには悲しみを「the whole life of Christ – so entirely may Sorrow and Beauty be made one in their meaning and manifestation」とまで高め、独自のキリスト論を展開している。

キリスト論としては、ちょっと自分に都合よく解釈しすぎのような気もしないではないが、私はキリスト教はよくわからないので、判断はできない。いっぽう、悲しみという観点からはとても魅力的なのはわかる。なぜなら、私を含め多くの人は悲しみを味わっているので、その経験が実は神聖であったと聞かされて悪い気のしない人はいないからだ。

だから、私がここで反論したいというのはこの「悲しみ論」そのものではない。私が反論したいのは、ワイルドの不公平さについてだ。『獄中記』には、この Sorrow に負けないほど執拗に繰り返されるにもかかわらず、Sorrow のように思想の高みに据えられていない言葉がある。私はワイルドに代わってこの言葉を擁護し、そうしなかったワイルドに反論したい。

その言葉は、bitter / bitterness だ。

旅・観察

外貨の禍い(終)

2 つあるセキュリティチェックのゲートのうち、私は外貨没収係の職員のいるところから遠い方を選んだ。だが、まずそこにどんな人が並んでいるかを見るべきだったのだ。

そこには3人の子どものいる大家族が並んでいたのだ!

もうひとつのゲートはといえば、スマートな若者や大人ばかりですいすい進んでいくが、こっちのほうは、お父さんお母さんが、列から飛び出そうとする子どもたちを引き止めるのにてんてこ舞いだ。しかも荷物がいくつもある。金属探知機に通すために荷物をトレーに乗せなくてはならないのだが、そのトレーが足りないくらい。で新たにトレーが来るまで列はストップだ。

私は例の職員をこっそり見て、動向を探る。もう高齢女性は済んだと見えて、再び旅人たちに目を光らせている。私は背を向けて気づかれないようにする。列に並んだとて安心はできない。なぜなら、以前、私はこの列にいるときに彼にとっ捕まったこともあったから。

にしてもトレーが来ない。夫婦は、ボディチェック対策に子どもたちの靴を脱がせている。私はジリジリして待っている。今にもあの塞の神が私に気がついてやってくるかもしれない。なんとかしてこの場を切り抜けたい! 

ついにトレーが来た! 大家族が次々と荷物を乗せる。荷物を乗せたトレーが金属探知機の中へと運ばれていく。私も目の前に来たトレーに自分の荷物を乗せて、家族の後を追う。ゲートを無事通過! 足早に免税店の中に駆け込んで、旅人たちの中に紛れ込んだ。

もちろん、私には外貨申告書があった。大使館の助言通りに取った一枚だ。これがあるなら、そんなにハラハラする必要もなかったのかもしれない。

だが、その申告書は、退魔のお札かなんかのように、あの職員を退散させる機能を本当に発揮してくれるだろうか? かえって「なんでそんなものを持っているのだ、アヤシイぞ」という藪蛇機能を備えている恐れだってあった。なんにせよ、使う状況に陥らなかったことを喜びたい。

私の旅は終わった。私は外貨の禍いを生き延びたのだ。

……そして、今、私はまたチュニジアにいる。外貨申告書も新たに取得した。今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない。

苦い文学

おぼこい

私が「未通女(おぼこ)」という言葉を知ったのは中学生ごろなにかの小説で読んでだと思う。そのとき私が理解したのは「処女の、性体験のない娘」という意味だった。

それから後、大学に入り、先輩が後輩の女の子に真面目な問題について助言しているときに「あなたみたいなおぼこい人」とか言っているのを聞いて、私は衝撃を受けた。若い女の子に性経験の有無についてこんなあけすけに言うとは!? しかし、先輩の態度はいたって普通なのだった。

その後、私はさまざまな経験を積み、「おぼこい」というのはどうやら西の言葉で、性的な含みなしに「子どもっぽい、世慣れていない」という意味で使われているということがわかってきた。思えば、あのとき会話していた学生は2人とも西の人だった。

しかし、関東では「おぼこい」はあまり聞かない。同じことを言うなら「すれてない」が普通だと思う(「うぶな」もあるが、古臭い印象だ)。さらに、そのもととなった「おぼこ」も日常的な語彙ではない。だから、関東には、私がそうだったように、もっぱら性的な言葉と捉えている人も多いかもしれない。少なくとも「おぼこい」は、私は今も人前では使えないし、使わない。私はどうやら「おぼこい」の「おぼこ」なのだ。

近年は、セクハラの被害をできるだけなくそうという意識が広まっている。なので、西の人がなにげなく発した「おぼこい」が、不愉快なセクハラだと東の人に受け取られる可能性もないわけではない。もはや、私のような「おぼこい」若者を当惑させる程度で済んだ時代ではないということだろう。

苦い文学

底辺への旅

著名なセレブたちが底辺への旅を企画したとき、賞賛の嵐が巻き起こった。

「立派だ」「憧れます」「気取らないとこが好き」

そして、セレブたちは大金を払って特別な乗り物を借り、底辺へと旅立った。

乗り物はゆっくりと下降していった。自撮り写真や動画が SNS に続々と投稿され、その度に何百万という「いいね」が集まった。

深度を増すにつれて、そこに暮らす人々の姿が少しずつ変容し始めた。セレブたちは報告した。

「底辺に行けば行くほど人間らしく見えなくなっていきます」

そして、ついに最底辺に辿り着いた。セレブたちは乗り物に開いた丸い窓を覗き込んだ。そして、非常に平たくなった人間たちを発見して驚嘆の声をあげた。

底辺では人間は、「くせに」「の分際で」などの心ない言葉や、たえず降り注ぐ暴力にさらされているため、そんなふうに変形せずには生きていけないのだった。

セレブたちはわれさきに報告した。

「虫のように泥の中を這い回っていますが、彼らは私たちと同じ人間なのです」

セレブたちが夢中になったのは、そんな人間たちの姿をなんとか背景に入れて自撮りすることだった。その結果、笑顔のセレブたちの後ろで、目を大きく見開いた底辺の人々が写った写真が、次々と拡散された。

やがて底辺の旅も終わりに近づいた。乗り物が浮上しようとしたそのときだ、船体のどこかで亀裂が生じ、乗り物は一瞬のうちに潰れてしまった。

美しいセレブたちも、立派なスマートフォンも、底辺の過酷な圧力を生き延びることはできなかった。

苦い文学

カレン殉死者の日

8 月 12 日というのは、今から 72 年前、ビルマのカレン人の指導者、ソウ・バウジーが、ビルマ軍によって殺された日だ。そのとき以来、カレン殉死者の日(Karen Martyr’s Day)として、カレン民族の記念日のひとつに加えられた。

この日は、カレン人の住むところではなんらかの式典が開催されるが、ビルマ国内では長らく禁止されていた。NLD 政権になって、一時期は国内でも式典が行われたが、2021 年のクーデター以降は、禁止されているという。

日本でも、在日カレン人が中心となって 8 月 12 日の前後の日曜日に都内の会場で式典を開催してきた(海外カレン機構(日本)という団体が主催している)。

コロナ時代となってからは、開催できなくなったが、今年は再び会場でできそうだというので、みな張り切っていた。大塚で開催することになったが、再び感染者が増加したため、それもキャンセルとなった。

そのようなわけで、今年は 8 月 11 日午後に渋谷の国連大学前広場に集まって、簡単な式典を行うということだ。