旅・観察

断食の違い

私は今、チュニジアでベルベル語について教えてもらっている。まだ初心者なので、名詞や動詞の活用についてひとつひとつ記録している段階だ。

教えてくれるのはSさんという男性だ。人生経験の豊富な人で、ベルベル語のことばかりでなく、チュニジアの文化や外国での体験などについても話してくれる。ただしこれは、チュニジアのアラビア語方言でだ。しかし、私は方言についても勉強しているので、これも貴重な資料になる。マグロと一緒で捨てるところがない。

ベルベル語で「なにも〜しない」をどう言うのか尋ねていて「断食中はなにも食べない」という例文をSさんが出してくれた。断食というのは、ラマダーンのことで、この期間は、人々は日中は食事をしない。そこからSさんが、断食に関する思い出を話してくれた。

昔、Sさんがあるレバノン人と食事をしたときのことだ。レバノンはアラビア語圏だが、ムスリムだけでなく、キリスト教徒も多く、その人もそのひとりだった。Sさんがその人に肉を渡そうとすると彼は言った。

「私は断食中だから食べません」

これにSさんは「食べてるのに?」と思ったそうだ。だが、そのわけを聞いて彼は「我々は断食というとなにも食べないことだが、レバノンのキリスト教徒にとっては断食とは肉を食べないことで、それ以外は食べてもいいのだ」とびっくりしたということだ。

これがレバノンのキリスト教徒すべてに当てはまるかどうかはさておき、この話のミソは、Sさんも、このレバノン人も、断食に同じアラビア語の単語を使っていたことだ。同じ単語でも、宗教の違いによって意味が変わってくるということが、当時のSさんにとって新鮮な発見だったのだ。

断食というとダイエットしか思い浮かばない私にとっても、Sさんの驚き込みで新鮮な発見となった。

苦い文学

鳥居のド真ん中

歩いていたらたまたま神社を見つけた。赤い大鳥居が立ち、参道の石段が木々の奥へと続いていた。私は神も仏も信じていないので、神社などよっぽどの必要がないかぎり行かないが、古びた感じが気に入ったので立ち寄ることにした。

鳥居をくぐって参道を歩こうとしたときだ、後ろから不意に怒鳴りつけられた。びっくりして振り返ると、中年男が立っていて「無礼者!」と怒っているのだった。

「鳥居をくぐるときは一礼するのが礼儀だろうが!」

私は不愉快だったが、土地の人を尊重したい気持ちもあった。「すいません」と言って、頭を下げた。そのまま歩いていこうとすると男はさらに大声でどやしつけた。

「お前はそれでも日本人か! 鳥居を通るときは真ん中を通るな! 神様の通り道だぞ! 人間は端を歩くのだ。こうだ!」と男は鳥居の右端を通った。「参道だって同じ! 真ん中は神様!」

私はもう我慢ならなくて逆戻りして外に出た。よっぽど鳥居を蹴りつけていってやろうかと思ったが、こらえて真ん中を通るだけにした。

家に帰って、鳥居のくぐり方について、インターネットで調べた。神様の通り道などというバカげた説をいうのもあれば、そんなことを一言もいわないのもあった。どちらともつかないのだ。

いずれにせよ、ああいう手合いは、自分こそが正しいと思いこみ、そうでないものを外道と蔑むのだ。自分だけが鳥居のド真ん中を通っていると思っているのだ。

小説

道を渡りし者(10)

目を覚ましたころには、吉田も少年もいなかった。身支度をし、吉田の妻が用意してくれたパンとコーヒーの朝食をとっていると、吉田が戻ってきた。彼は頭を掻きむしりながら、困惑をあらわにした。

「じつに不可解なのです。昨晩から私は町中の友人たちから情報を集め、今も町を偵察に行ってきたのです。ですが、私にはまったく理解できないことが起きているようなのです」

「どういうことですか。さらに状況が悪化したということでしょうか」 

「いや、それすらわからないのです。まず、野上章雄の動向についてお話ししましょう。彼は本気であなたとの勝負を行うようです。私の友人たちによれば、朝早く、王檀寺で合掌しているのが目撃されています。また別の情報によれば、横木神社でも、手水で全身を清め、賽銭箱に札を放り投げ、二拝二拍手一拝をいくども繰り返していたとのことです。彼は神仏の加護を得て赤信号を渡ろうとしているのです! 今、もう9時になりますが、彼はすでに薬屋の信号におり、信号の下で座禅をして精神を統一しているようです」

「絶対に渡りそうではないですか」と私は昨晩の「先に彼を渡らせる作戦」を思い出しながら尋ねた。

「ええ、ですが、いいですか、驚いたのは章雄はたった一人だというのです。おかしくはありませんか? もしこれが市長の威信をかけた勝負であるならば、市長の取り巻きたちも一緒にいるはずです。ですが、いないのです。この奇怪な事態について考えを巡らせていると、携帯にメッセージが来ました。市長に極めて近い人物からです。それに私は仰天しました。なんと市長は今日の朝までこの勝負についてまったく知らなかったというのです。つまり、あなたへの挑戦は章雄が勝手にしたことだったのです!」

「市長の差し金でないとなると、また事情が変わってきますね」と言いながら、そこに希望を見出した私は叫んだ。「勝負が中止になるということですね?」

苦い文学

「早く元気になって」

元気な人が「早く元気になって」という声を毎日聞くようになった。

元気な人は元気であるのに、そう言われ続けたら、どうなるだろうか。もしかしたら自分が元気ではないのだろうか、という気がしてくるにちがいない。

さらにそれでも「早く元気になって」という声はやまない。

その人はついに自分が元気ではないのだと思い込む。なんだか暗い気分になる。あれほど元気だったのに、と昔のことばかり考え出す。すっかり意気消沈して、だんだんと病気になってしまう。

病名もわからない。だから、どんな治療も効き目がない。ただ苦しいだけだ。なんとかして回復しようと必死になるが、その度にあの声がどこからともなく聞こえてくる。

「早く元気になって」

この声を聞くと、回復への気力がたちまち打ち砕かれる。そして、元気でいることが途方もない不可能事のように思えてくる。自分には元気など無理なのだ。いや、もう元気でいるべきではないのだ。それが自分の運命なのだ。

こうなるとさらに病が悪化する。もう寝たきりで、1日のほとんどをうつらうつらと過ごすようになる。

そんなある日、枕元に誰かが立つ。病人の手を握り、慈しみのこもった声で告げる。

「早く元気になって」

病人は夢見心地で答える。「ありがとう。でも、ごめんなさい、もう無理そう……」

病人はそのまま白目を剥き、息絶える。

苦い文学

寮の儀式のおわり

「新入生よ!」 誰かが呼びかけると、その黒い物体がむくむくと起き上がり、人間の形となった。寮生たちはその人間を一斉に掴んだ。

誰かの手から火が放たれ、オレンジ色の輝きが見る間にその「新入生」を包んだ。燃え上がる人間を囲む寮生たちの口から、奇怪なチャントが吐き出され、その歌声が夜の闇に響き渡った……。

私にはそれからの記憶はない。気がつくと、どこをどう逃げ出したのか、近くの公園で倒れていたのだった。寮生たちは私を見つけると、寮に運び込み手当てをしてくれた。

私が正気づくと、寮長が笑いながら教えてくれた。この寮では毎年必ず退寮者が出るため、寮の存続が危うくなっていた。そこで、毎年、人形を象徴的に退寮させる儀式を行い、実際の退寮を防ごうとしているというのだ。ちなみに儀式で彼らが歌っていたのは寮歌であった。

寮長は私の肩に手を置いた。「驚かせてすまなかったが、来年度は驚かす側に回ってもらうよ」

「いやです」と私は震えながら答えた。「今すぐ寮を出ます」

寮長は困惑した顔で言った。「いや、これはぜんぶただの儀式なんだよ」

「皆さんには単なる儀式かもしれませんが、《彼ら》はそう受け取らなかったようです。あの儀式によって皆さんは図らずも呼び寄せていたのです」

「いったい、何を」

「ほら! ほら! あそこにも!」 私は興奮して指差した。「この寮には人のような黒い存在があちこちにいるんですよ! 見えないのですか? 寮長の真横にもいますよ!」 

その絶叫を最後に、私はわずかな所持物を持って寮を飛び出した。

1週間後、幸いにも新たな寮を見つけた私は、あの寮を再び訪れてみた。だが、静まり返って、もはや人のいる気配はなかった。

タチの悪い嘘に嘘で返しただけにすぎなかったが、結局、全員が退寮してしまったようだ。