旅・観察

チュニジアのベルベル語(3)

(d) のジェルバ島は、古代から名の知られた場所で、現在も夏になると観光客でいっぱいだ。私は昔、バスツアーで数時間立ち寄ったことがあるだけだ。また、2023 年の夏に、急にジェルバ行きを思い立って、チュニスの旅行代理店に駆け込んだら、ハイシーズンで航空券はなかった。どうせ、ホテルもレストランもお高いんでしょ、と諦めた。

そんなわけで、私にジェルバでの見聞はないに等しいが、一般には、チュニジアの中でも独自の文化をもつ土地として知られている。ベルベル人がいて、ベルベル語がまだ使われているということだけでなく、ユダヤ人のコミュニティも古くからある。また、あるチュニジア人作家は、ジェルバ人は見栄っ張りなので客間だけを豪華にする、などという話を愉快そうに語っている。

ヨーロッパでもよく知られた観光地なので、ジェルバのベルベル語はチュニジアの他の地域よりも関心を集めてきた。本格的な文法書はないが、論文はそれなりにある。最近でも、ジェルバのガッラーラのベルベル語で物語を記録した本が出版されている(しかも YouTube で音声も聞ける)。

私がこの本を手に入れたのは、チュニスのバルシャローナ広場前の本屋だ。チュニジアのアラビア語方言の本を探していると言ったら、「面白い本があるぞ」と、店主が勧めてくれたのだ。ベルベル語を調べ始める前のことだったが、こういうものは、その時に買わなければ、次に手に入るかどうかわからない。

(写真:ジェルバのベルベル語の物語集の表紙から。上から順にアラビア文字表記ベルベル語、アラビア語、ティフィナグ文字表記ベルベル語)

苦い文学

真実のエイプリルフール

どうかみなさん、私の友人を助けてください。彼は今、この山のどこかでひとり怯えながら命を繋いでいるのです。これを一刻を争う状況と言わずしてなんと言いましょうか。

彼はこの 3 月 31 日深夜、ひとりでこの山に向かい、そのまま消息を絶ちました。どうしてそんな無謀なことをしたのかと、不審に思われるかもしれません。それはやむを得ぬことであったのです。純真で真面目な彼は、エイプリルフールに騙されるのはもう絶対にイヤだと、4 月 1 日だけ、人間たちから絶縁しようとしたのです。携帯電話も持たず、一日分だけの装備でこの山に篭ったのでした。

ですが、一日経ち、二日経ち、そして一週間が過ぎ去りました。彼の友人である私たちはいてもたってもいられず、この山を訪れ、捜索を始めました。

はじめはいかなる手がかりもありませんでした。もしや彼は亡くなったのでは、と落胆した私たちでしたが、そのとき、この山の麓の住人の方から思わぬ目撃情報が舞い込んできました。

「最近痩せこけた見知らぬ男が山道を歩いているのを見かけた。近づいて声をかけると逃げてしまった」

彼は生きていたのです! そして、議論の末、私たちはこう結論を出しました。

「彼はエイプリルフールが終わったことをまだ知らないのだ」

その日から私たちは山の中を「エイプリルフールは終了しました。なんの心配も要らぬから、一緒に帰ろう!」と拡声器で呼びかけながら歩き回りました。また「エイプリルフール終了セリ。直チニ下山セヨ」と書いたビラを空から山に撒きました。ああ、ですが、なんということでしょうか。こうした懸命の捜索の結果、昨日、私たちは山奥から「嘘つきー!」と叫ぶ声を耳にしたのでした。

もうこうなったら、私たちの手には負えません。みなさんの力をお借りし、多人数で捜索すれば、きっと彼を救助できるはずです。嘘に満ちた世界とたった一人で戦っている彼をどうか助けてください!

苦い文学

ゲーマー人生(1st stage)

ハチオがひとりで公園でゲームをやっていると、変な男がやってきて隣でじっと見ている。「なんで見てるのさ」ってハチオが聞くと「ゲームなんかやっちゃだめだよ」と言ってきた。

「うるさい。おじさんには関係ないだろ」とハチオ。

「おおありさ。おじさんも昔はゲーム好き、いやもうゲーム中毒だったんだ。だからいうのさ。おじさんみたいになっちゃだめだよ」

「おじさんみたいにって?」

「こんなさ」と、男は汚れた服をみせた。「こんなさ」と、男は財布を取り出し中を見せた。500円玉ひとつあるだけだった。「こんなさ」と、男は口を開いた。少ししか歯がなかった。「こんなさ」と男が帽子をとったとき、ハチオはゲームを中断した。

「そうだ。それでいい。おじさんはね、君と同じくらいのころからゲームばかりしてたんだ。10代、20代、30代とゲームに費やして、それでもう満足だった。『これこそゲーマー人生だ』ってね。だけど、40歳を過ぎたとき、ゲームができなくなっちゃったんだ」

「どうして?」

「指が動かなくなっちゃったのさ。それで、ゲーマー人生も終わり。で、普通に生きなくちゃならなくなったんだ。そのとき気がついたんだ。おじさんにはまったくなにもないってことにね。おじさんはゲームの中でアイテムをたくさんとったけど、それは現実のアイテムじゃなかったんだ。それでね、わかったんだ、人生はゲームみたいだ、って」

苦い文学

電車の脆い席

優先席には対象外の人も座ることはできるが、この席を必要としている人が来たら譲らねばならない。

だが、だからといって、優先席以外の席では譲らなくていい、というわけではない。原則的にはどこの席であろうと譲るべきだとされている。

いっぽう、「どこの席でも譲るべき」という原則が通じない席もある。それは特急や新幹線の席だ。グリーン車や指定席はもちろんのこと、自由席でも誰も「困っている人に席を譲りましょう」などとアナウンスされることはない。

これはおそらく特急券の料金に「座れた場合はその席を占有できる」という権利が含まれているからだろう。それゆえ、どんなに席を必要とする人が来ても堂々と譲らずにいられる。

ここで、普通の電車に戻ると、通常の運賃には「座れた場合はその席を占有できる」という権利は含まれていないということになる。

人々はあたかも自分の席であるかのように座っているが、実際にはその席を自分の席だと主張する権利はないのだ。

だから、車掌がやってきて、乗客全員に「立て!」と命じたら、乗客たちはそれを拒否できない。優先席を除けば、電車の席ほど脆い基盤の上に設置されている座席はないのだ。

もちろん、乗客たちはそんなこと百も承知だ。しかし、たとえそうだとしても、混んでいる電車で座れずにいる乗客たちは、いつか車掌が現れて、自分のためだけに席を用意してくれるのではないかと、期待せずにはいられない。

苦い文学

すべては難民のために

我が国では難民条約を批准したその時から、難民といえばこれを認めないし、できる限りすみやかに、かつ巧妙に国外に追放するということに決まっていたのだ。

だが、最近はなにやら雲行きが怪しい事態となっている。

ウクライナの難民の受け入れに我が国が率先して手を上げているというではないか。

いや、その手で、難民をぶん殴っていたというのに?

それどころか、大臣が隣国ポーランドに行って、難民の受け入れの調整をしているというではないか。

ついこないだまでは、難民が呼んだって来るのは入管の収容所の監視係だけだったのに?

なのに大臣が行っちゃうのだ。

いや、行っちゃうどころではない。果ては政府が飛行機を飛ばして難民を連れて来るというではないか。

ちょっと前までは、成田に上陸したばかりの難民を追い返してたというのに? さもなきゃ、有無をいわせず収容してたというのに?

そんなことはあるはずがないのだ。これは絶対に間違いだ。フェイクニュースだ。

さもなきゃきっと……




オリンピックの招致だと勘違いしてるんだ。

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その1)

 2018年4月に品川に収容されて、2019年6月に長崎の大村入国管理センターに移されたビルマ難民に仮放免の許可が出た。保証人である私のところに彼が電話してきたのが3月12日のことだった。

 大村からの電話はいつも聞き取りにくい。まるで他の星からかかってきてるみたいだ。それでいつもイライラするのだが、それでも「奇跡だ、奇跡だ」と世界の果てで彼が叫んでいるのだけはわかった。

 一度入ったら、2年、3年が当たり前の大村入管だ。それが、1年にもならないうちに仮放免許可が出た。私は品川で4回彼のために仮放免申請をしていた。大村なら、最低6回、と覚悟していた。それが、2019年12月の2回目の申請で出たのだ。まさに奇跡、というわけだ。だが、奇跡など信じられるだろうか? 忖度ばかりのこのご時世に。たぶん、誰かがどこかで忖度し間違えたにちがいない。

 そうであっても、許可は許可だ。自由は自由だ!

 もっとも、その自由を手に入れるためには金が要った。40万円の保証金だ。彼の知人が金策に走り回っていると言うので、私はその連絡を待った。(つづく)