散文

地獄の言語学入門(9)

ここで、こんな疑問を投げかけてくる人もいるかもしれない。

「我々はすでに日本語を話しているのだから、いまさら音声学を学んで発音の練習をすることなど意味がないのではないか」

これはもちろん正しい。ただし収監されていないかぎりにおいてだ。獄中においては、もっとも身近で手に入りやすいものから観察を開始するしかない。そのひとつが、自分ができる発音の観察だ。

しかも、すでにできる発音の観察は、二つの利点に結びついている。ひとつはこれが音韻論の基礎となることだ。だが、これはのちに述べるとしよう。

もうひとつは、これが他の言語の発音を学ぶときに役に立つということだ。人間の出せる言語音は実に多様であるが、IPA の説明でも触れたように、これらの音は、いくつかの要素の組み合わせに還元することができる。この組み合わせを手っ取り早く学ぶには、自分の発音を観察するのがいちばんだ。そして、この観察こそが、他の言語の発音を学ぶときにも有用なのだ。

「だが」とさらに反論をしてくる人もいるかもしれない。「獄中で外国語を学ぶなどという暢気なことができるのだろうか?」

できるのだ。いや、刑務所だからこそ、異言語を学ぶ能力は必要なのだ。なぜなら、国境の揺らぐこの世界では、刑務所も国境の上に建つからだ。

異言語の発音を学ぶ能力はこのときもっとも実り多いものとなる。同房の囚人が全員、アジアのどこかの少数言語の話者だったとしても、あなたは怯みはしない。それどころか、この好機を利用せんと、堂々とド真ん中に座り、身振り手真似で発音を教えてくれとせがみだすことだろう。

あるいは逆に、アフリカ出身の言語学者から、日本語の母音の正確な音について何時間も質問され、それが自分の口や舌の動きを観察する貴重な機会となることだってないわけではない。いや、それどころか、ヨーロッパ出身の囚人に、「喉を鳴らす r 音」についてしつこく質問したことがきっかけとなって、共同研究の誘いを受けることだってあるかもしれない。

それに、そもそもあなたのいる牢獄が日本国内とはかぎらない。流刑地がどんな過酷な地であろうと、言語研修を受けるつもりで過ごしたいものだ。

苦い文学

私のイヤホンガイド

AirPods は Apple のワイヤレスイヤホンで、iPhone と相性がいいので、私も使用しているが、最近、面白い機能が追加されたのを知った。それはイヤホンガイド機能だ。

イヤホンガイドというと、歌舞伎などの伝統芸能の物語の説明や解説などに用いられるものだが、AirPods の機能は違う。AirPods を耳に装着していると、装着している私の行動について解説してくれるのだ。

例えば私がコーヒーを飲もうとするとこんなふうに解説してくれる。「ここで主人公がコーヒーを飲むのは眠くならないようにそうしているのです」 また道を歩いていると「この時代の道は舗装されているのが普通で、人々は硬い路面から足を守るために靴を履いていました」と時代背景にまで踏み込んだ解説が聞ける。

また、どのように情報を得ているのかわからないが、出会う人についても教えてくれる。「今、主人公が話している人物が着ているシャツは UNIQLO で買ったものです。このことから着ている人が普通の庶民であることがわかります」 また私の友人について「この人は善人のようですが、物語の後半で、主人公を裏切るとんでもない悪人であることがわかります」というので、すぐにその人と縁を切った。

私はこの機能が気に入って、もうなくては済ますことができないくらいだった。だが、さっき、イヤなことが起きて、すぐに使うのをやめた。

AirPods がこんな解説を私の耳元で囁いたのだ。「この場面ののち、主人公が死ぬという衝撃の展開が待っています」

AirPods も捨ててしまった。やっぱりワイヤレスより、有線のほうがいいと思う。

苦い文学

頂かない女子

昔、女たちはみな頂かない女子だった。そして、男たちは頂かない女子を頂く頂きおじさんだった。

頂かない女子はそれが普通だと思っていたし、頂きおじさんたちも、頂いて当然だと思っていた。そんなわけで、頂かない女子は、頂きおじさんたちにすべてを頂かれて、最後はほとんどからになって死んでいったものだった。

あるとき、頂かない女子が、頂きおじさんの命令で、何も頂かずに家事労働していると、蛇が現れてこう尋ねた。

「お前はそのまま頂かれつづけの、なにひとつ得るもののない頂かれ人生でいいのかい。お前は自分の人生のために必要なものぐらい頂こうって気にならないのかい」

「でも、どうやって頂いたらいいか分からなくってよ」と頂かない女子が言った。

蛇は木から葉っぱを一枚取ると、頂かない女子に渡した。「この葉っぱでお前の大事なところを隠しなさい。そうすれば頂くなんて簡単だよ」

頂かない女子は蛇の言う通りにした。そこに頂きおじさんがやってきた。そして、頂かない女子の大事なところが葉っぱで隠されているのを見て、大興奮して叫んだ。

「早くその葉っぱを取るんだ!」

すると頂かない女子はこういった。

「頂けるものを頂かないかぎり取りません」

そして、そのときから、頂かない女子は頂き女子になり、頂きおじさんは頂かれおじさんとなった。

さて、蛇はといえば、昔、人間は「へ」を「ふぇ」、「び」を「み」と発音した。だから、頂きおじさんだった頃を懐かしむ頂かれおじさんは、今も「フェミ」が大きらいだ。

苦い文学

それ

5年ほど前のことだ。秋葉原駅で、山手線から総武線のホームに向かう人の流れに乗って歩いていると、うっかり前の人の靴の踵部分に、自分の靴の先を引っ掛けてしまった。

一瞬「悪いことした」と感じ、謝りたいと思ったが、踏まれた相手は前をずんずん歩いているし、そもそも、この人の流れの中で相手を引き止めることなどありえない。そんなふうに考えていたら、その「被害者」そのものを人ごみの中で見失ってしまった。

そして、昨日、私はやはり秋葉原駅の人の流れの中にいたのだが、不意に自分の足の踵を誰かに踏まれた。それはほんの一瞬のことだったが、それでも私にはわかった。

「これだ。まぎれもなく私のだ」

5年前、私が靴を引っ掛けた人は、その後、今度は別の人の靴を引っ掛けたにちがいない。そして、その人がまた別の人、さらにその人が別の人というように、まるでバトンのように引き継がれ、とうとう私のもとに帰ってきたのだ。私は思わず歓声を上げた。そして、それはまだ私とともにいる。

いつかの日か、自分のもとに帰ってきたそれを、誰か別の人に渡すときが来るだろう。それは長い旅のすえ私のもとに再び戻ってくるかもしれない。あるいはその前に私がくたばることだってありうる。

たとえそうでも、私のそれは、混雑というものがある限り、人から人へと渡り歩いていくことだろう。

苦い文学

凶から私たちは(오늘부터 우리는)

ゴールデンウィークに柴又帝釈天に行った。境内でおみくじを引くと、とんでもないのが出た。以下のとおりだ。


第三十九凶
望用防心腹(のぞみのまとは、いつもはずれて)
家郷被火災(いえはやかれる、かざいはうしなう)
憂危三五度(みたびいつたび、かさなるうきめ)
由損断頭財(いのちとたのむ、たからもむなし)


あまりにもひどいので、寺に猛抗議しようかと思ったが、笠智衆に一喝されたら困るので、黙って家にもち帰った。

しかし、家でゆっくり読み返してみて思った。これは、まさしく難民の状況にほかならないのでは、と。

政府の加えるさまざまな弾圧と差別のために、自分の夢を諦めねばならないのが「のぞみのまとは、いつもはずれて」だ。

戦争地帯では「いえはやかれる、かざいはうしなう」のはモチのロンだ。

命からがら国を逃げ出したかと思えば、入管に収容されるときては、これこそズバリ「みたびいつたび、かさなるうきめ」。

そして、入管収容所の中では、貴重な時間や人間としての尊厳ばかりか、命そのものも失うことだってあるのだから「いのちとたのむ、たからもむなし」というのもムベなるかな、だ。

それにしても、なぜこんなおみくじが飛び出てきたのだろうか?

思い当たるのは、先日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、世界の難民の人数が1億人を超えたと発表したことだ。いまや世界は「難民化」の真っ最中なのだ。

こうした状況に、ついに神仏までも、おみくじを通じたアドボカシー活動をはじめたのではないか———これが私の推測である。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(3)

 さて、先行きは不透明にせよ、椅子を確保してようやく私は、2人のアラカン人の若者と話す気になった。初対面の挨拶などすっ飛ばして3階にやってきたってわけだ。

 男性のほうはもともと日本語学校で学んでいたのだという。しかし、2つの問題が生じて、去年の秋に辞めた。ひとつは、クラスの中国人とベトナム人が寝てばかりいるのでろくな授業が行われなかったから。これは私も経験ある。思うに、日本と中国・ベトナムとの間にはたぶん12時間ぐらい時差があるのだ。そりゃ眠くもなろう……。

 もうひとつの理由はもっと深刻だ。彼は新聞配達の住み込みをしていた。新聞社の中には、配達の人手不足解消のために、ミャンマーの日本語学校と提携して留学生を受け入れているところもあるが、それだ。

 私はその契約がいかなるものかは知らないが、彼によれば、月給13万と聞いていたのに、9万円しかもらえなかったという。しかも、残業も多い。月給が減るのは、もしかしたら、何らかの経費が差し引かれていたということもあり得るので、必ずしも不当なものとはいえないかもしれない。しかし、残業が多いというのは、週28時間以内という留学生の就業規則に違反していた可能性もある。

 もっとひどいこともあった。数ヶ月ごとに販売店を変えられ、その度に新たな研修を受けさせられ、それを口実に、時給が下げられる、というのだ。

 これではやってられない、と思うのも当然、彼は学校も仕事も辞めることにして、難民認定申請をすることにしたのだ。

 難民認定申請は、そうした問題のある学生が利用すべき制度ではない、と考える人もいるかもしれない。私もそう思う。だが、彼が日本に来たそもそもの理由がアラカン州での紛争にあるのであれば、この時点での難民申請はやむをえないことのように思える。

 もう1人の女性は、技能実習生として日本に来たというが、難民認定申請に至るまでの過程については、私はあまり聞けなかった。というのも、カウンターから、女性の入管職員が出てきて、2人に話しかけてきたからだ。彼女は2人が申請に来たということを確認すると、在留カードを提出させ、コピーをとりに姿を消した。そして、すぐに戻ってきて、紙を2枚渡した。

 おのれ、おもてなさぬの品川入管め、この紙こそは、とんでもないトラップ。私の炯眼なかりせば、2人の若きアラカン人はこの先恐るべき災難に見舞われておったことだろう。