旅・観察

ベルベル語の調査とその後(7)

S さんにとって、ベルベル語は母語だ。しかし、今の S さんがベルベル語を使うのは、同居する親と話すときだけで、それ以外はアラビア語だ。3 人のお子さんもいるが、ベルベル語は話せない。彼曰く、「自分はベルベル語を話す最後の世代だろう」と。

もちろん、これは正確ではない。彼の出身地であるターウジュート村には、今も若い話者がいるはずだ。だが、村を出た移住者の実感としては正しいと思う。

日常的にベルベル語を使用していないため、母語とはいえ、言葉を思い出せなかったり、動詞の活用が不確かな場合もあった。そんなとき、S さんは必ず親に電話をして確認してくれた。こうした姿勢のおかげで、私の資料はより正確になったが、それでも他のベルベル語話者によるクロスチェックも必要だと思うようになった。

また、言語調査では、単語や例文だけでなく、実際の会話や生活の中でデータを集めることも重要だ。そのためには、ベルベル語が日常的に使用されている現場に行かなくてはならない。そんなわけで、私はターウジュート村への訪問を計画した。S さんも同行を申し出てくれて、そのための準備をしてくれていたが、結局、2025 年夏の調査では実現しなかった。

次回の調査は、現地開催が目標だ。

(写真:カフェの飾り)

苦い文学

義太夫一日体験教室(語りコース)

午後の語りコースは、竹本越孝先生で、題材は『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』の「木遣音頭の段」。「命の恩人平太郎と夫婦になった柳の精お柳の子別れを描く」というもので、私は知らなかったが、有名な場面らしい。

はじめに先生が、鶴澤駒治先生の三味線をつけて、語ってくださったが、さすがに迫力のある声だ。この段を、参加者全員で先生の真似をしながら少しずつ実際に語っていく。正座してお腹に力を入れ、声を正面に「ぶつける」要領ということで、みんな大きな声を出したが、お腹で出すというのが難しく、私は咳き込んでしまった。

語りは、詞(人物のセリフ)、地合(メロディ)、イロ(詞と地合の中間)からなり、その区別が重要だ。さらに、詞なら人物に合わせた口調もじっくり考えなくてはならない。また、地合の調子というか、伝統的なリズムも、今の音楽の感覚でやると、すぐに先生のお手本とずれてしまうので難しい。この義太夫のリズム感覚を身につけるのはそうとう大変そうだ。

私は浄瑠璃というとほとんど読むばかりだが、こうやって自分でやってみると、読むだけではわからないことがたくさんあることに気づかされ、面白いと思った。

あと、楽しかったのは、ときおり先生が、芸についての話をされたことで、鶴澤駒治先生が血を流しながら練習していたとか、八十を超えて体力的に衰えた師匠でも義太夫を語ると元気になって食欲が出てくるとか、義太夫でもなんでも日本の伝統音楽は正座でないと力が入らないとか、同じ正座でも語る方は姿勢を変えたりすることもあるが、三味線の方はずっと同じ姿勢なので大変だとか、こういう話は実際聞いていて飽きないが、これもよかった。

さて、体験コースの後は、5月から全8回の入門コースもあるということで、私もいちおう申し込んである。

苦い文学

天の階層

仏教の説くところによれば、私たちの世界は大きく三つの層に分けることができるそうだ。

いちばん下は欲界と呼ばれる層だ。欲にとらわれているからこの名がついた。私たちが暮らす地上階はこの欲界に含まれている。

欲界の上には、色界と呼ばれる層がある。「色(ルーパ)」というのは、物質のことであり、色界とは、欲界のように欲にまみれてはいないものの、物質性をいまだ脱却してはいないレベルのことをいう。とはいえ、それでも、私たちのいる地上階よりもはるかはるか上の階にある。

そして、物質に対する欲望も、関係もいっさい失った最上層が無色界だ。無色界はすべてを超越した階層であり、ありとあらゆる最新設備がそなえつけられている。

欲界・色界・無色界はそれぞれ、さらにいくつもの階層に分けられる。どれくらいかあるかは、はっきりとはわからないが、少なくともあわせて二十八階はあるだろうという説が有力だ。

階数は諸説あるにせよ、重要なのは、上の階に行けば行くだけ、純粋になっていく、ということだ。

もっとも、これはあくまでも昔の話。現在では、上のほうの階はみな、投機目的の裕福な中国人に買い占められてしまっている。

苦い文学

正しい歴史を取り戻す会

昨日、国民運動「正しい歴史を取り戻す会」が発足し、設立集会が開催された。

「この会の目的は自虐史観、GHQに押し付けられた間違った歴史を打倒し、日本人が真の誇りとする正しい歴史を取り戻すことにあります」と会長の横須賀和也氏は参加者を前に語り、会のスローガンとして「歴史は1つ、真実は1つ、日本は1つ」という「3つの1つ」を公表した。

「この理念は私が長年あたためてきたものです」

次に演説を始めたのは、理事長の河原はじめ氏だ。「中韓との歴史戦に勝利して、真実の歴史を打ち立てなくてはならない!」と堂々たる弁を振るったのち、こう語った。

「ちょっと横須賀先生に申し上げたいのですが、当会のスローガンである『3つの1つ』を提案したのは私であったかと思いますが……」

集会は盛況のうちに終わったが、「『3つの1つ』を考えたのは俺だ」「いや俺だ」の歴史戦が始まって、その晩、会は解散のやむなきにいたった。

苦い文学

シムローとアライース

オスティア・アンティカ(Ostia Antica)で出土した五神像(「イカリイェヌス」「カトゥッルス」「ブー」「ナクヮモードゥス」「シムロー」)について、興味深い伝説を伝えてくれるのが、ペトロニウスの『サテュリコン』8巻の断片である。

この古代の小説に残された断片からは、五神像は「シムロー」の代わりにもともとは「アライース」という神であったことが知れる。というのもこんな伝説が記録されているからだ。

……あるとき、主神イカリイェヌスは神々の序列を決めるために、全員集合を呼びかけた。そこで、シムローが使いに出された。なぜなら(その頃は)使い走りをしていたからである。(シムローは)行って、カトゥッルス、ブー、ナクヮモードゥスに告げた。「彼(イカリイェヌス)が呼んでいる。神々の序列を決めるために」 (シムローは)最後の神(アライース)のもとにやってくると、巨大な(原文欠)をその家の前に置いた。「彼(イカリイェヌス)からの贈り物です」 アライースは(それを)持ち上げて家に入れようとしたが、巨大さゆえに入らなかった。(アライースが)家に入れようと手間取っている間に彼(シムロー)はイカリイェヌスのもとに駆け戻った……

「シムロー」が計略によって「アライース」の地位を奪ったというこの伝承からは、この神のトリックスター的な一面をうかがうことができよう。

さて、この「アライース」は怒りの神とされ、しばしば stylus を掲げた男性としても描かれる。stylus とは古代世界のペンのことである。

旅・観察

現代のフダーウィー:チュニジアの語り部(1)

 フダーウィー(Fdaoui)というのは、チュニジアの語り部のことで、私がこのフダーウィーにどんなふうにして出会ったかについて書こうと思う。

 だが、その前に、チュニジアの言語と文化について簡単に述べておこう。

 アラビア語には大きく分けて2種類のものがある。1つは、コーランの言語の特徴を受け継ぐ文語アラビア語だ。この言語はイスラームの宗教・政治などの公的な場面で用いられる言語であり、多くのイスラーム諸国で公用語とされている。

 もう1つは、口語アラビア語、すなわち、日常生活で用いられるアラビア語だ。現代アラビア語方言ともいわれるこの言語は、文語アラビア語とは異なり、公的な場面で用いるものではないとされる。そのため、文語アラビア語に比べて価値の低いものと考える人もいる。しかし、文語アラビア語が学校で学ぶ言語であるのに対し、この口語アラビア語は自然と身につける「母語」だ。だから、その方言が話される地域の言語生活や文化を知る上では重要な価値を持つ。

 現代アラビア語方言は、中央アジアからアフリカまで広い地域で話されており、遠く離れた地域では互いに理解することができないほど異なっている。チュニジアの方言は、リビア、アルジェリア、モロッコなどの北アフリカ諸地域の方言とともにマグレブ方言に分類される。チュニジア内部にも様々な方言があるが、チュニス方言は首都チュニスの名がついていることからも分かるように、この国を代表する方言で、チュニジア方言といえばふつう、チュニス方言を指す。

(つづく)

モナスティールの墓地(2019/08)