ライブ

宇宙ネコ子×幽体コミュニケーションズ@O-nest

一二時開演のライブ。日曜午前中の渋谷は少し不穏で、裏通りは臭った。昨晩のはしゃぎを持ち越す集団や、歩道の真ん中に倒れ伏している若い男を避けながら、会場に向かう。

幽体コミュニケーションズは、自然音とバックトラックを使う複雑な演奏だが、骨格は日本のポップで、それが楽しい。ヴォーカルの人が「朝に起きると朝の体になる」と言っていて、まさに日曜のお昼の音楽になっていた。

宇宙ネコ子は日曜の午後の台風のようだ。新曲を四曲演奏した。そのうち最初の二曲は十月のアルバムに入る予定だが、後の二曲は入らないのだそうだ。入るとすれば、次の次のアルバムかも、とのこと。実際に聞いてみると、雰囲気が確かに違うのだった。

ボーカル+ギターの人(kano)が、飲み物としてペットボトルを二本持ってきていた。一本はコーン茶で、もう一本はココアだった。ステージでジャック・ダニエルを飲む人はいるが、ココアを飲む人ははじめて見た。

メインギターの人(ねむ子)は、フレーズも的確で、ノイズも分厚い。私の好きなギタリストだ。いつもステージ右側の床に白い布を敷いて、その上に座って弾く。なので、少し後ろからだと、演奏しているようすはよく見えない。もっと後ろからだと、いるかどうかもわからない。今回は私は右側の二列目だったので、その演奏をたっぷりと見ることができた。

もっとも、演奏中はほとんどステージの奥のほうに顔を向けていた。だが、まれに客席を見るときがある。いつもマスクをしている人なので、表情はわからないが、とても楽しそうな目をしていた。

一二時からのライブハウスもいいものだと思った。歩道で寝ていた男も今ごろは歩き出していることだろう。

風刺・戯文

七面倒くさい日本語

石破首相が「七面倒くさい日本語、習慣」などと言ったそうだ。なんという反日、なんという極左だろうか。

本当に日本語と日本の習慣は「七面倒くさい」のだろうか? いつもはしゃしゃり出てくるファクトチェックの連中も、こういうときにかぎってダンマリを決めこんでいる。

私たちは、日本を侮辱する極左政権を打ち倒すべく、敢然と反論に立ち上がった。論理的に考えれば反論などいたって簡単だ。

面倒くささが6以下であり、7でないときかつそのときにかぎり、「七面倒くさい」は偽である。これを論理式で表せば、6ノットイコール7。イコール石破は嘘つきだ!

そのためには、日本語および日本の習慣の面倒くささが実際にはいくつあるのかを数えねばならない。私たちがこの企てにまさに取りかかろうとしたとき、ある者がこう言い出すではないか!

「『しち面倒くさい』の『しち』は数字の『7』ではなく、形容詞などに付いて、わずらわしくていやだという気持ちを加える『しち』という接頭辞だそうです!」

私たちは驚いた。「せっ接頭辞? いったいだれがそんなことを言ったのだ!」

「いえ、辞書をひいたらそう書いてありました。『しち面倒くさい』のほかに『しち難しい』『しちくどい』がありました!」

「ええい、辞書なんて左翼の見るものだ!」

私たちはこう怒鳴りつけて片付けようとしたが、ことは容易におさまらない。「『色の白いは七難隠す』の『七難』と同じで数字だ!」「いや、『あた面倒』の『あた』と同じ接頭辞だ!」と揉めに揉めて、結局「こんなしち面倒くさいことやってられるか!」と私たちは解散した。

苦い文学

いのち尊重宣言

私たちの県には誇れるものはなにない、とがっかりしていたときに、そのすばらしい知事が現れたのだった。私たちは、知事が居眠りをする県議たちをとことん糾弾する映像に感激し、この知事こそが我が県の誇りだったのだと、欣喜雀躍したのだった。

やがて知事は、他のどの知事もしたことのない新たな試みを始めた。日本で初めて県として「いのち尊重宣言」を行ったのだ。

きっかけは我が県で行われた自殺についての調査であった。調査によれば、なんと自殺したいと強く思ったことのある人が30%にも上ったのである。これを読んだ知事は、県として命を守る行動を起こそう、とみずからプロジェクトチームを立ち上げたのだった。

「命の尊重のためには、希死念慮のある人々の数の減少がなによりも重要です」と知事は私たち県民に語りかけた。「みなさん! 県をあげて命を大切にしようじゃありませんか!」

そして、数年後、私たちがこの宣言すら忘れかけていたころ、知事はいきなり自殺に関する調査を公表した。前回とまったく同じ県民を対象に希死念慮の有無を尋ねたのである。

すると、驚くべき結果が明らかになった。希死念慮のある人が、ゼロになっていたのだった! 命の尊重が実現したのだ!

私たちは大いに感激し「なんという偉人だろう!」と知事に喝采を送った。

そして、私たちの盛大な拍手のせいで「そりゃ減るさ」といった声はすっかりかき消されてしまった。

苦い文学

最初の男

ビルマの北部にカチン州というカチン民族が多く住む州がある。カチン州では昔からビルマ国軍とカチン人との間に戦争があって、停戦期間を挟みながら現在まで続いている。そのため、カチン州の農村はいま非常に悲惨な状況なのだという。

先月、私の友人の在日カチン人の男性がカチン州を訪問した。私は彼と会う用があり、喫茶店でその時の話を聞く機会を得た。彼は私より10以上年上で、健康状態も良くはないが、自分の民族のためにできることをしているのだった。

カチン州の州都はミッチーナーといい、ビルマの最大都市、ヤンゴンとは 1000 キロほど離れている。

私の友人によれば、ヤンゴンからこのミッチーナーに行くには3つの方法があるそうだ。鉄路、道路、空路だ。鉄路が一番安いが、2021 年 2 月の軍のクーデター以来封鎖されている。

次は道路、つまりバスだ。朝ヤンゴンを出て、翌日の朝に着くのだという。料金も安いが、いまバスで行くのは危険だという。ミッチーナーへの長い道のりでは、いくつもジャングルを通らなければならない。するとそこにはビルマ国軍の兵士たちがいる。兵士たちはバスを止め、金品を要求するのだそうだ。拒否なんかできない。銃を持っているからだ。

ビルマ軍をやり過ごしたとしてもまだ安心はできない。別のジャングルに入ると、今度はビルマ軍と敵対している武装組織が潜んでいる。もちろん銃をもっているから、ここでも金品を奪われる。

そして別のジャングルには、また別の武装組織が潜伏している。金品を差し出すのはもちろんだ。ヘマをして機嫌を損ねでもしたら大変だ。食べ物も飲み物もないジャングルの中で、丸一日、足止めを喰らう可能性だってある。

結局いちばん安全なのは飛行機ということになる。料金が今や何倍にもなっているが、これしかないし、私の友人もそうせざるをえなかったという。

ところで、タイトルの「最初の男」というのは、彼がハンディファンを持っていたからだ。

かねてから、おじさんは絶対にハンディファンを使わない、と主張してきた私であるが、例外との最初の出会いにもう笑いが止まらない。

苦い文学

独学

安田が東南アジアの山岳地帯に取材に行ったときのことだ。同行者たちと、ある小さな村に立ち寄り、そこでお昼を食べることになった。

日本人がいると知った村人たちは安田に話しかけてきた。なんでも村に日本語を話せる人がいるという。「会わないか」と人々は安田に言った。

安田も興味を持った。もしかしたら面白い話が聞けるかもしれないと思ったのだ。

しかも村人がいうには、まったく独学で日本語を習得したというではないか。こんな山奥でどうやって、と安田は思ったが、インターネットでなら可能かもしれなかった。

村人たちは安田を村のはずれの粗末な家に連れて行った。ひとりの村人が声をかけると、痩せた男が顔を出した。安田は日本語で挨拶をした。

「こんにちは!」

男は何やらぶつぶつつぶやいた。

「日本語がおできになると聞いてやってきました」

彼は険しい顔で何か言った。だが安田には聞き取れなかった。もしかしたら、それほどできないのかも、と思い、彼は言い直した。

「日本語、話す、大丈夫?」

すると男は村人と話し始めた。村の言葉なので安田にはわからなかったが、やりとりが終わると、男は家の中に入ってしまった。

不思議に思った安田は村人に尋ねた。男は自分ひとりだけで日本語を身につけたいので、日本人と話したくはない、とのことだった。