旅・観察

犬の友だち(2)

私はこの通りを毎日歩いていたから、酔っ払いや犬ばかりでなく、いろいろなものに気がついた。

ホテルの前には別の大きなホテルがあった。それは古いホテルで、正面は大通りのほうに面し、寂れた側面をこちらに向けていた。その側面の一部に、カフェの跡地があった。看板が掲げられ、シャッターが下ろされている。閉店してずいぶん経つようだった。

看板の下は、入り口で、少し空間がひらけていた。そこに、マットが敷かれ、ブランケットが丸められ、プラスチックのカップが置かれていた。誰かがここを寝場所としているのだった。

また、夜になるとホテルの脇の歩道に、ひとりの男が出現するのにも気がついた。短い髭を生やした細身の男で、いつも緑色のポロシャツを着ていた。私より年上に見えた。

男はビールケースを椅子にして座って、タバコを吸ったり、道行く人に声をかけたりしていた。観察しているうちにわかってきたのだが、駐車係をしているのだった。

例のレストランの客などがこの道に駐車しようとするときに、うまい具合に誘導し、さらには車を見張って、それで小銭を稼いでいるようだった。レストランの人や客たちと男がやりとりしているようすからは、彼が厚い信頼を勝ちえているのがうかがえた。あるとき、警察の車が彼のいるところに止まったので、私は「もしや?」と心配になった。警察車両から人が出てくる。男に声をかける。すると、駐車してあった車に乗って行ってしまった。「客」だったのだ。

ある日の昼間、ホテルに戻ろうとこの道に入ると、私はカフェの下のマットに、緑のポロシャツの男が寝ているのに気がついた。ブランケットにくるまって背を向けている。そして、彼の足元からちょっと離れたところに、あの犬がまるまって寝ていた。

散文

古本とおしゃれ

かつて、私の楽しみといえば、古本屋巡りだった。昔は、どんな街にも小規模な古本屋があちこちにあって、そのひとつひとつを訪ねるだけで、楽しい時間が過ごせたものだった。しかし、時代は変わった。街の古本屋は次々と姿を消し、古本屋巡りなど一部の地域のみでしか成立しなくなってしまった。

古本屋の中を歩き回り、古本に触れると、遠い過去や異なる世界が間近になったような感じがしたものだ。古本なら希望のものはネットでいくらでも買える。だが、この感覚は古本屋の中でしか味わえない。思えば、古本屋巡りとは、高雅で、そして安価な娯楽だったのだ。

だが、その古本屋巡りができなくなって何年経つだろうか。私にはもはやこのような高尚な楽しみの機会はない、と諦めていた。だが、そんなとき、私はおしゃれに出会った。

今では、休みのたびに、私はおしゃれな街を歩き回っている。下北沢、吉祥寺、自由が丘……これらのおしゃれな街に散らばる古着屋をひとつひとつ訪ね歩くと、昔、古本屋巡りをしていたときと同じ感覚、同じ喜びが湧き上がる。

ああ、棚に置かれたあのディスプレイ用の洋古書のタイトルはなんだろうか……おや、開きっぱなしの古い洋書の上に、ネックレスや指輪が並べられているぞ。これはなんの本だろうか……

こんな調子では、当分のあいだ古着屋巡りをやめられそうにない。