日本語話者にとっては、ハ行はハ行だ。「ハ」も「ヒ」も「フ」も「ヘ」も「ホ」も皆、ハ行の一味だ。つまり、ローマ字で書けば、ha, hi, hu, he, ho だ。だが、本当のところは別物だ。ここで音声学がものをいう。
まず「ハ」「ヘ」「ホ」だが、これらは音声記号で書くと [h](無声声門摩擦音)だ。発音(調音)してみればわかるが、喉の奥で鳴っている。これに対して「ヒ」を調音してみてほしい。これは喉の奥ではなく、口の中の真ん中あたりの音、正確にいえば無声硬口蓋摩擦音 [ç] だ。そして、「フ」、こいつときたら、もっと前にまでしゃしゃり出てきて、唇でフーフー鳴ってやがる。無声両唇摩擦音 [ɸ]、つまり上下の唇で作る音というわけ。
要するに、ハ行のハヒフヘホが h でできていると思っているのは、日本語話者の頭の中だけで、実際には異なる音の寄せ集めだったわけだ。ある言語の話者の頭の中にあるこうした「音」を、実際の音と区別するために「音素」と呼ぶ。
この事情をまとめると以下のようになる。なお、音素は // で囲み、実際の音を表す IPA は [ ]で囲むのが決まりだ。
【日本語のハ行音の音素と実際の音】
音素 /h/ 実際の音 [h], [ç], [ɸ](ただし、ほかにももっと種類がある)
牢獄でも同じように表すことができる。
犯素 /犯罪者/ 実際の犯 [殺人犯], [強盗犯], [窃盗犯], [政治犯](ただし、ほかにも無数の犯罪がある)
なお、日本語のハ行音の [h], [ç], [ɸ] のうち、どれが政治犯なのか、「ホ」なのか「ヒ」なのか「ヘ」なのか、という問題は、獄中でゆっくり取り組むべき課題だ。外にいられるあいだは、ほかの問題に集中することをおすすめする。