旅・観察

ベルベル語への旅(5)

わずか 10 分ほどの「調査」を終えた私たちは、老人に感謝し、別れを告げると車に乗って、タマズラットに向かった。

タマズラットは山の上に煉瓦の家が立ち並ぶ小さな村で、電柱と電線だけが異物のように見えた。小さな広場に岩でできたラクダの像があって、その向こうでは電線がまるで飾りのようにぶら下がっていた。私たちは、車で村を一周して、もと来た道を戻った。

すると、N さんが車を止めた。先ほどの老人がやってきて、後部座席に座った。

「さっきタマズラットに一緒に行こうと誘ったんだけど」と N さんは私に説明した。「家畜に餌をやるから行けないって言うので、用が済んだら、新マトマータまで送ってあげると約束したんだ」

車の中で、私は N さんを介して、いくつかの名詞や動詞を尋ねた。「『パンを食べる』はベルベル語でこういう」と老人は教えてくれた。「『パン』は私たちはこう言うけど、ズラーワではこう言う」 老人はまた、こうも言った。「ベルベル語はズラーワとターウジュートの人のほうが使っているよ」 口ぶりからすると、老人はタマズラットの人のようだった。

話しているうちに、老人は昔を思い出したようだった。「ずいぶん前のことだけど、スイス人がやってきてね。ベルベル語の本を持ってきて、それを見せながら、この語は使うか、使わないか、村人に聞いて回ってたよ」 いったいそのスイス人とは誰だろうか? そして、その本とは?

車が新マトマータに入った。最初、老人は私などいないかのように接していた。だが、それは違うとわかった。なぜなら、車が彼の家に近づいたとき、こう言ってくれたから。

「今度、この人を私の家につれてくればいい。私の家族がベルベル語を教えてくれるよ」

私たちは再び礼を言って、老人に別れを告げた。

(写真:タマズラットの風景)

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その8)

 軍艦島クルーズのガイドの人がこんな話をしてくれた。

 「クルーズには、元島民の方もいらっしゃることもあります。そういう方は、自分からそうおっしゃらないのですが、なんとなくわかるのです。どうしてわかるのかというと、ここまで来ると(と、ガイドは私たちの目の前に広がる廃墟を示した。軍艦島に上陸した私たちはかつての居住区が見渡せる場所に来ていたのだ)、皆さん、写真をお撮りになるのですが、元島民の方は写真を撮らずに見ているだけなんですね。どうしてかというと、ここから見る風景は、元島民の方々には馴染みのないものなのです。それは思い出にはないものなのです。島民の方々は、今、私たちが行けないところで生活されていました。元島民の方々にとって、ふるさととは、そうした今行けないところである、ということも皆さんにぜひ理解していただきたいことです。この島は軍艦島と呼ばれていますが、元島民の方々にとっては、この島は軍艦島でも廃墟でもなく、端島というふるさとなのです」

 これは、こういうことであろう。あなたの友人が宇宙で遭難し、過酷な環境により変貌して帰ってくる。体は白く、皮膚はひび割れだらけ、何よりも奇怪なのは肩が盛り上がって、そこに頭がめり込んだようなその姿だ。人々は恐れ、怪獣だ、怪獣だと言って、水を浴びせかけて倒そうとする(水に弱いのだ)。だが、あなたは複雑な気持ちだ。なぜなら、これは「怪獣」などではないのだから。誰が何と言おうと、あなたのかけがえのない友人なのだから。軍艦島は元島民の方々にとってはちょうどそんな存在ということだろう。

 いや、この最後のたとえは、ちょっといらないかな……。