風刺・戯文

日本人ファースト党宣言

(以下は『日本人ファースト党宣言』からの抜粋)

……日本はどうしてかくも無惨に壊されてしまったのか。それには2つの理由があります。

ひとつは日本を壊したい勢力が存在し、この日本で活動しているからです。いやそう言うだけでは十分ではありません、この日本の政治とメディアを支配しているのです。これらの反日本勢力は、日本人のふりをして日本のために働いていると見せかけ、日本を破壊してきたのです。日本人ファーストの国を作るためには、私たちは、これらの敵対勢力を日本から一掃してしまわねばなりません。

では、そのためにはなにが必要でしょうか。私たち日本人が力を合わせること以外にありません。ですが、これこそが、日本が破壊されたもうひとつの理由なのです。日本の教育と伝統が破壊されたため、私たちは醜い個人主義者となり、国のために命を捧げる犠牲心を失ってしまったのです。

戦後、日本が高度成長を遂げたのはどうしてでしょうか? どうして、私たちは、戦後に勝利したのでしょうか? それはかつての日本人が自分を犠牲にして国のために働いたからです。考えてみてください、高度成長期の日本がどれだけ素晴らしかったか。外国人犯罪もなく、また闇バイト事件やネット詐欺もなかったのです。セクハラもパワハラもありませんでした! もし、私たちが自分を犠牲にして国のために尽くすならば、今にも日本は高度成長期に突入するでしょう。そのためには、日本人ファーストになって、国のために命を捧げなければなりません。

今の日本人に必要なのは、この自己犠牲の日本人ファースト精神です。全国民が一丸となって戦い抜く覚悟です。全員野球といいますが、全員が力と心を合わせれば、アメリカだろうが中国だろうが負けっこありません。なにしろ日本人ファーストの野球チームは、全員が1番ファーストなのですから……(以下略)

風刺・戯文

日本人ファースト

日本人ファーストの党が政権を勝ち取ったとき、誰もが「本当の日本を取り戻すことができる」と欣喜雀躍した。

そして日本人ファーストの党は、私たちが期待した通りの政党だった。することなすこと日本人ファーストだったのだ。外国人は追放か処刑だし、なりすまし政治家も追放か処刑だ。日本人を貶してきたメディアと学術会議は A4 用紙で簀巻きにして日本海溝にボチャンだ。例の GHQ 謹製の憲法だって改憲どころの騒ぎじゃない。廃憲だ。これからは日本人ファーストが法律だ。日本人の日本人による日本人のための日本がここに実現したのだ。

そんなある日、政府から私たちのところに一通の通知が届けられた。

「日本人ファーストではないとの嫌疑につき直ちに出頭するように」

「これはなにかの間違いだよ」 私たちが我こそファーストとばかりに当局に駆け込むと、取り調べもなにもなく逮捕。由緒正しい日本人だといくら主張しても、日本人ファーストではない疑いの一点張りだ。裁判もなく有罪の判決が出た。

今、私たちはど田舎の収容所に入れられている。どんなに日本人だと言っても出してくれない。それどころか殴られる始末。

「日本人ファーストの国が日本人を殴るのか!」と怒鳴ると、看守たちは「よく聞け! ここは日本人の国じゃない! 日本人ファースト人の国だ!」と笑いながら死ぬまで殴る。日本人ファースト人ファーストだったのだ。

収容所では、朝の4時から夜の11時まで強制的に働かされる。私たちが作るのは米と野菜だ。純国産の食材を日本人ファースト人の食卓にお届けしています。

風刺・戯文

シェルター建設のはこび

ドイツ人たちが、ユダヤ人への恐怖と憎しみに駆り立てられて迫害と虐殺を始めたとき、少数の人々はユダヤ人を匿って命を救った。だが、そのせいで逆に、匿われたユダヤ人のみならず、その匿った人の家族全員が殺されることもあった。

今の世界は当時と同じような憎しみにゆっくりと炙られつつある。我が国でも「日本人ファースト」などといって日本人と日本人でない人をはっきりと区別するヘイト表現が大手を振って歩き出した。日本の国だから日本人が大事なのは当たり前だという人もいるかもしれないが、政治家がそんなことを言い出すのは、日本という国に住むすべての人々に対する責任放棄にほかならない。

政治家が責任を持つことを放棄した人々に何が起こるだろうか。外国人ならば強制送還だ、と簡単にいう人がいるが、これは実際には大変だ。おそらく、強制送還ならばまだ良心的だったと思われるようなことが起こるはずだ。殺してしまうほうがなんといってもいちばん楽なのだ。いずれにしても人狩りは避けられまい。

こうした暗い時代の到来に備えて、ひとりでも多くの人を匿えるようなシェルターの建設が必要ではないだろうか。そのシェルターでは、「日本人でない」とされた人々が、日本人ファーストの魔の手から守られ、いつか明るい時代が来るまでひっそりと生き延びるのだ。

私は自分自身が迫害される危険を省みず、シェルターの建設を決意した。持てる財のすべてを注ぎ込み、この度、ついにシェルターの完成にこぎつけたのだ。じつにすばらしく、美しいシェルターだ。一見の価値ありと自負している。ついては、シェルターの完成披露会を開催したい。ぜひたくさんの人においでいただき、実際にご覧いただきたい。日時と詳しい場所(地図つき)は追ってこのサイトで告知するつもりだ。

風刺・戯文

不正行為

日本語能力試験(JLPT)は、日本語の能力を測定するテストで、高いレベルに合格すると、進学や就職に有利なため、しばしば替え玉受験やカンニングなどの不正行為が発生する。

受験の注意を見ると、イエローカード2枚もしくはレッドカード1枚で失格となるそうだ。どのような行為が対象となるかだが、これは普通のテストと変わらない。問題用紙を勝手に見たり、カンニングしたり、迷惑をかけたり、などだ。ただ、面白いのが「服や体に数字や文字などが書いてあったとき」だ。

うっかり日本語の書かれたシャツを着ていったら、失格になりかねないのだから、注意が必要だ。ただ、シャツなら脱げばなんとかなるかもしれないが、刺青の場合はどうなるのだろうか。国によっては刺青がそれほど特別なことではなく、誰もが目立つところに入れている文化もある。花や模様ならいいが、しっかり漢字で入っている人もいるかもしれない。そういう人がもし、JLPT に挑戦することになったらどうなるだろうか。試験監督に見咎められて、退場させられるのではないか。私はとても心配だ。

また、刺青ではないが、日本語学習者の中には、全身にお経が書いてある人もいるかもしれない。そういう人もどうなるのだろうか。試験監督に両耳だけもぎ取られて退場を命じられるのではないか。私はとても心配だ。

風刺・戯文

第三次世界大戦

アメリカがイランを攻撃したとき、人々は「第三次世界大戦が始まった」と言い出した。

これに対して、別の人々は「第三次世界大戦はまだ始まっていない」と反論した。これは局地的な紛争に過ぎないというのだ。

また別の人々は別の角度から反論した。

「第三次世界大戦は始まっていないし、決して始まらない。なぜなら、第二次世界大戦の頃とは、世界のあり方も人の考え方も異なるのだから、第二次世界大戦と同じような意味で世界大戦はもう起こりようがないのだ」 そして、こう付け加えた。「次に起こるのは、シン世界大戦だ」

こうした動きに対して「もうとっくの昔に第三次世界大戦は始まっているのに、いまごろそんなことを言っているとは!」と憤慨する人が現れた。この一派の一部が過激化し「今は第五十三次世界大戦だ」と主張するに至った。

第三次世界大戦についてどのような立場を取るかは、いつのまにか、大きな政治問題となっていった。というのも、どんな形にせよ「起こった」状態のほうが都合のいい政治家と、「起こっていない」ほうが都合のいい政治家がいたからだ。

そんなわけで「起こった」派と「起こっていない」派との論争は激化し、いつしか第三次世界大戦に発展していった。

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激白記事

《記事タイトル》
【激白研究者が激白激減の原因を激白!】

《記事の内容》
・本記事は「激白」を研究する研究者が発表した「激白が激減した原因を明らかにした論文」について報じたものである。
・「激白」とは、辞書によれば「ニュースなどで取材された人が衝撃的な内容を隠さずにうち明けること」とされる。
・「激白」を報じた記事を「激白記事」と呼ぶ。
・論文では、この「激白記事」の出現回数を過去 30 年に遡って調査。
・その結果、2010年代初めから「激白記事」が激減していることが明らかになった。
・論文によれば、激白が激減した理由について4つの仮説があるという。

(1) 記者のレベルが低くなったため、激白を引き出せなくなったという説。
(2) 激白はどこかダサい人がしている印象があるため「激白ダサい」とする風潮が広がったためという説。
(3) SNS や 動画配信の普及により、過激な発言が一般的になったため、ちょっとやそっとの発言では激白にならなくなった、という説。
(4) 激白の減少には炎上の増加が関係している、という説。

・「いずれにしても、現代ほど激白の困難な時代はないと言えそうである。」と記者はまとめる。

《関連記事》
【激白研究者があの激白研究の捏造を激白!】

風刺・戯文

きっと

10代の人と話していて、ある約束について確認を求められた。私が「もちろん行く、きっとだよ」と答えると、その人は不審げな顔つきでこう返事をした。「え、絶対じゃないの?」

私は「絶対」のつもりで言ったのだが、ここで「きっと」の意味が違うのだということに気がついた。辞書で「きっと」を見るとこう書いてある。

・確実にそうなるだろうと予測しているさま。
・あることが確実に行われるさま。必ず。

漢字で書くと「屹度」「急度」だ。当て字ということだが、厳しそうな漢字からして「絶対だぞ」という感じがする。

だが、若い人はそうは受けとらなかったのだ。なぜなら、「きっと」はこんなふうに使われることも多いから。

「きっと彼は来るだろう」
「いつかきっと……」

「だろう」とか「いつか」と一緒に使われると、「絶対」よりも確実性が下がり「たぶん」に近くなる。この問題についてはネットでもいくつか意見があり、「たぶん」と感じる人のほうが多いようでもある。

もっとも、キットカットの「きっと勝つ」が「たぶん」では応援にならないから、「絶対」の感覚もまったくなくなってしまったわけではない。

それはさておき、私はこの「きっと」が、どちらともつかない場合があることにも気がついた。まずこれを見てほしい。

きっと君は来ない
ひときりのクリスマス・イブ

山下達郎はどちらの「きっと」で歌ったのだろうか。まず「来ない」と言い切っているからには「絶対」だろう。また山下達郎の世代からいっても「たぶん」ではなさそうだ。つまり、「絶対に来ない」と言っているのだ。

しかし、疑問がないわけではない。絶対に来ないとわかっている人がいったい、「ひとりきり」だの「まだ消え残る」だの未練がましく歌うものだろうか?

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時間旅行

今回の旅は、カタール航空でドーハ経由でベルリンに行った。成田からドーハに向かう飛行機で私は携帯を充電しておきたくなった。

iPhone 15 なので、USB Type-C のケーブルで充電する。だが、座席のモニター周辺には昔の USB の差し込み口があるだけで、Type-C 用のはなかった。そんなわけで結局、充電することはできなかった。

だが、ドーハの空港に着いてみると、あちこちに充電する場所があった。Type-C 用のポートもあった。そして、ドーハからベルリンに向かう飛行機にも、モニターの下に Type-C 用接続口があった。

ベルリンでの滞在が終わり、私は再びドーハに向かった。飛行機の中で iPhone を充電しながら、ドーハの空港に着き、空港でも充電した。だが、日本行の飛行機の中では充電はできなかった。なぜなら、Type-C 用ポートがなかったからだ。

これはつまり、と、飛行機の中の私は考えた。時間を旅しているということではないだろうか。 Type-C が当たり前の世界と、昔の USB の長方形の差し込み口しかない過去の世界をドーハ経由で行き来しているのだから。

私はそれに気がつくと、スチュワーデスを呼んでコーヒーを持ってこさせ、タバコに火をつけた。

風刺・戯文

読書灯の悲しみ

飛行機に乗るたびに、私は暗い気分にならずにはいられない。機内の読書灯たちの悲しみを思うと、どうしてもそうなってしまうのだ。

昔は、人々は飛行機の中で本や雑誌を読んだものだった。そして、そのために設置された電灯、つまり読書灯を遠慮なく活用したものだった。

だが、時代は変わった。今や、人々は本など読みはしない。機内では映画を楽しむこともできるし、スマートフォンがあれば、動画や読み物にはこと欠かない。そして、これらのデバイスに読書灯は不要なのだ。読書灯たちは、携帯の動画や機内エンターテインメントに夢中になっている乗客たちを見て、どんな思いでいるだろうか。

「いや、私は読書家だ」という人もいるかもしれない。だが、はたしてこの読書家たちに、機内で読書灯をつける勇気がおありだろうか? それぞれの画面を見つめる人や、眠っている人、眠ろうとしている人のただなかで、自分だけ読書灯をつけ、無作法なまでに眩しい光で周囲の人々の安寧を妨げる胆力がおありだろうか? もちろんないに決まっている。悲しいことに、本の虫は弱虫でもあるのだ。

白状してしまえば、この私だって、そんな勇気はないのだ。ただ、暗闇の中ひとり座り、持ってきたが決して取り出すことのない本のことを思いながら、いつしか眠りが訪れるのを待つしかない。せめて、夢の中で本を開くことができると期待しながら……。

そして、今、酷寒の空で、悲しみを抱きながら沈黙している読書灯たちもまた、生まれたての太陽のように輝いてくれることだろう。

風刺・戯文

トワイライトゾーン

飛行機には、必ず魔の存在がいて、人間に悪をなすので、用心したほうがいい。私は子どものころ、トワイライトゾーンというドキュメンタリー映画でこの事実を知った。その映画では、機内の窓から外を見た男が、魔物が翼を破壊しようとしているのを目撃してパニックになった、という実話が報告されていた。

この映画のせいもあり、私は飛行機に乗るときは、魔に魅入られないようにおさおさ用心おこたりなく過ごしている。しかし、気の緩みでもあったのだろうか、ベルリンに向かう飛行機で私はついに恐ろしいものを見てしまったのだった。

機内で私は通路側に座っていたのだが、通路を挟んで数列前にひとりのおじさんが座っていた。私の席は、そのおじさんの背中と後頭部がよく見える場所にあった。

それは真夜中、つまり機内の電気はすべて消され、誰もが眠っている時間に起きた。私も寝ていたのだが、どうしたわけか目が覚め、ただぼんやりと前を眺めていた。そのとき、私は前のおじさんが奇妙な動きをしているのに気がついた。

おじさんは備え付けのブランケットを相手に格闘しているのだった。初めは体に巻き付けようとモゾモゾしていたが、それはすぐにだらりと床に垂れ下がってしまうのだ。おじさんはそれを引き上げて、マフラーみたいに首に巻こうとした。そこで固定して下に垂らせば全身を覆えるという計画だった。それはうまくいったかに思えたが、それも束の間ブランケットはハラリとほどけて、すべて下に落ちてしまった。

それからもおじさんはあれこれ試すがどれもうまくいかない。それほどまでにブランケットで体をすっぽりくるんで安眠したかったのだ。私は半ば眠りながらその様子を見ていたのだが、もしかしたら、そのせいでかもしれない。おじさんの隣に異様な存在が立っているのが見えたのだった。その魔物は、おじさんがブランケットを体に巻き付けるたびに、いやらしい笑みを浮かべながら、爪の尖った指で引っ張るのだった。おじさんの安眠を妨げていたのはこの魔物だったのだ。

魔物のイタズラはそればかりではなかった。魔物はおじさんが体を動かした瞬間にシートに敷かれていた白い枕をつかむと足元に放り投げる。おじさんが枕を拾おうと身をかがめた瞬間、魔物は今度はブランケットを床に落とすのだ。

おじさんの苦闘と魔物のイタズラはそんなふうにずっと続いていた。だが、私のほうでは別の悪魔、つまり睡魔が再び訪れ、そのままぐっすりと眠ってしまった。

私は、客室乗務員につつかれた。目を覚まして、周りを見ると朝食を運ぶワゴンがあった。朝がやってきたのだ。私は伸びをし、その拍子におじさんの姿が目に入った。

おじさんの頭の上には、丸めたブランケットが載っかっていた。

飛行機には魔の存在がいるので、絶対に用心したほうがいい。