散文

詐欺の本

Amazon で本を買うと、残念な思いをすることがある。古書を買ったら、表紙がなかったり、箱がなかったりする。それで返品手続きをすると「返金します。本は返送しないで処分してください」という返事が来た。

また、洋書を買うときも注意しなくてはいけない。ずいぶん以前の話だが、私の好きなアメリカ人作家の評論集のようなものが出ていたので、珍しいと思って購入した。届いたものを見たら、Wikipedia の関連記事のいくつかをプリントしてペーパーバックにしたものだった。

また、著作権の切れたような書籍をコピーして製本して販売しているケースもある。私は古い本を探すことがあるので、注意しないとそういうのに引っかかる。出版社のところに Independent publisher と書いてある場合は、たいていその手のものだ。

かねてから 5 万円する本に目をつけていたのだが、もちろん買えない。すると、Amazon で外国の書店が新品を 17000 円で売っているのを見つけた。すぐに注文したが、届いたのを見て、私は騙されたことに気がついた。

電子書籍(か pdf ファイル)をカラーで印刷して製本したものだった。だから、リンクの青い部分もそのまま印字されている。ハードカバーだが、5 万円する本には思えないほどデコボコしていて、私は昔インドで買った本を思い出した。

それで私は、このニセモノが作られた場所や、関わった人々の情景を想像したが、すぐに、機械で印刷から製本まで簡単にできるはずだということに気がついた。

返品手続きはこれからだが、どうなるかはわからない。

散文

ビルマの不運な学生

ビルマ国内では長いあいだ戦争が続いていて、兵力を補充するためにビルマ国軍は、若いビルマ人を捕まえて軍に入れているという。紛争地帯である非ビルマ人地域では、カチン人やシャン人などの市民が、国軍に捕まって、ポーターとして酷使されるというのはずいぶん昔からあったが、最近では都市部でビルマ人を対象にこうしたことが行われているようだ。

そんなわけで、ビルマの若い男性は兵役から逃れるために国外に出ようとする。だが、出国すらできない場合もあると聞く。また、国外に行くチャンスをなんとか掴んだとしても、うまくいかない場合もある。

都内のある日本語学校に進学が決まったビルマ人の話だということだが、日本へのビザも出て、日本語学校が入管に書類を送って手続きを行っている最中に、ビルマ国内で捕まってしまった。

その罪状は、反政府組織に寄付をしたというものだ。反政府組織にも、民主化団体から反政府軍までいろいろあり、どれに寄付をしたのかわからないが、そのどれであれ、ビルマ国内ではときとして大きな危険を招く。

結局この学生は裁判で有罪となり、日本に来ることはできなくなってしまった。別の日本語学校で同じようなケースがあってもおかしくないと思う。

話によると、この不運な学生の「刑期」は 10 年だそうだ。1 週間早く日本に来ていれば、もしかしたら 10 年を無駄にせずに済んだかもしれない。とはいえ、現在の軍事政権が崩壊すれば、その「刑期」はもっともっともっと短くなろう。

散文

天使のメール

知り合いの日本語教師に、天使のメールが届いたというのでご報告したい。

その人は、ある朝、日本語学校で授業の準備をしていたそうだ。1コマ目から授業があるので、教材を持って、少し早めに教室に行ったのだった。

すでに何人かの学生が来ていて、互いに挨拶をする。彼が今日担当するのは初級クラスで、ネパールやらミャンマー・ベトナムの学生ばかりだ。これらの学生は「非漢字圏」の学生と呼ばれる。中国・台湾といった漢字圏ではないということだが、ひとことでいえば、日本語の習得にさいし、漢字で苦労し、漢字でつまづくことの多い学生たちだ。

授業開始まであと 10 分ばかりとなったとき、彼の携帯にメールの通知が来た。メールアプリを開いて、送信者を見ると、クラスのある学生からだ。そして、そのメールの件名にはこう書かれていた。

「天使ややがおくれた」

「天使やや」とはなんだろうか。そして、その天使の到来が遅れた、とは。ある種の終末論を想起させるこのメールの本文には、なにも書かれておらず、ただ写真が添付されているだけだ。

彼はその写真を開くのに躊躇した。神々しいエンジェル・アートかもしれない。人前で開くのにはばかられるような画像かもしれない。あるいは、学生の携帯がウイルスに感染した恐れだってある。

だが、彼は開けた。

写真には、電車の遅延を知らせる電光掲示板が写っていた。

メッセージは「電車が遅れた」だった。

散文

進化への促し

9 月の半ばに、iPhone の新しい OS、iOS 26 がリリースされた。私はさっそくアップデートしたが、それ以来奇妙な問題に悩まされている。

私は尻のポケットによく iPhone を突っ込んだままにしている。どういう具合かわからないのだが、いつの間にか音量が上げられ、聴いている途中の音楽やラジオが再生されてしまうのだ。周りにその音が聞こえて恥ずかしい思いをする。

また、私はシャツの胸のポケットに iPhone を入れておくこともある。すると、やはり勝手に音楽を流したり、止めたり、別の曲の演奏を始めたりするのだ。

私は iPhone をケースなしの裸で使っている。そして、尻のポケットにせよ、胸のポケットににせよ、内側に向けて入れている。とすると、私の iPhone を勝手に操作している犯人は、私の尻と乳首しか考えられない。

思えば、男性の尻と乳首は不思議な存在だ。まず尻だが、女性の尻に比べて男性の尻は小さい。これは不必要だから進化の過程で縮小してきたものと考えられる。そして、乳首は言わずものがなだ。男性の乳首は進化に取り残された不要物だ。

男の尻と乳首、進化の過程で見捨てられた存在が、なぜ今になって急に iPhone を操作しはじめたのだろうか。新しい OS に仕組まれた AI が、これらの不要物に進化を促している、そんな気がしてならない。

散文

阿弥陀胸割異聞

「阿弥陀胸割」とは、昔の語り物のひとつで、落ちぶれた姉と弟の物語だ。

ある金持ちがいて、その息子が病気でもう死にそうときた。医者がいうには、病気を治すには、同い年の娘の生肝が必要なのだという。そこに現れたのが、姉と弟。姉は条件にぴったりだ。金持ちが事情を話すと、姉は、弟の面倒を見てくれるならばと、引き受ける。

息子の病が重くなると、金持ちは姉と弟のいる阿弥陀堂に人をやり、姉を殺し、生肝を取らせる。その生肝を食べた息子はたちまち回復だ。後になって、阿弥陀堂に行ってみると、姉と弟が無傷で寝ている。その傍らには、胸が割れて血に染まった阿弥陀仏が。なんと身代わりになってくれたのだ……。

私はこの物語を読んで、ひらめいた。

実は私の友人で焼肉屋で働く男が、禁制のレバ刺しを内緒で食べさせてやると誘ってくれたのだ。私としては行きたいのはやまやまだったが、運悪く当局に踏み込まれたりしたら、厄介なことになるのではと二の足を踏んでいた。

だが、万が一そんな事態になっても、もう大丈夫。持参の胸の割れた阿弥陀像を当局に見せて「生肝はこっちの」と主張すれば、なんとか切り抜けられそうではないか……。

散文

最後の外貨の禍い(1)

7 月 30 日から 8 月 7 日の 9 日間に渡り、私は「外貨の禍い」という文をここに書いた。その末尾に「今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない」と私は書いたが、わかったのでここに報告をしたい。

「外貨の禍い」の内容は、チュニジアから出国するときに、ユーロやドルを持っていると出国審査を終えたポイントで尋問に遭い、没収されそうになるというものだった。国の定めた持出制限額は約 100 万円だが、尋問にさいしてこんなことはいわれない。ひたすら、外貨は持ち出しできない、あったら出せ、と攻められる。私としても、数万円の所持金を失うのはイヤなので、ドルやユーロを持っていても、「ありません」とだけ答える。すると、手荷物をすべて見せろ、とくるが、いくつか中身を取り出すとやがて追求は終わって「もういい行け」と追い払われる。

この全体のやり取りが不愉快であるし、この追求に遭う人と遭わない人がいるのも不公平だ。また、いずれ全額没収される目にあいかねないのではないか、との懸念もある。そこで、私は在日チュニジア大使館に問い合わせ、その結果、「出国時に没収される事例があるということ」およびそうならないために「入国時に外貨申請カウンターで外貨申告書をもらい、滞在中の両替証明書も保管しておくこと」という 2 点の情報を得たのだった。

「外貨の禍い」では、今年の 2 月にその外貨申告書を握りしめて出国に臨んだときの顛末を記したが、ここに「最後の外貨の禍い」として書くのは、冒頭の「今回の帰国時」、つまり 2 週間の滞在を終え、8 月 13 日に出国したときの体験談だ。

散文

灼熱の地

7 月末から 2 週間、チュニジアに行って、いつものように調査を行う予定だ。今回、私が期待しているのは、チュニジア南部で話されているマイノリティ言語の調査だ。「期待している」というのは、必ずしも思ったとおりにいかないこともあるからだ。

調査そのものをどこで行うかもまだ流動的だ。チュニスで腰を据えてするのもいいが、南部に行って実際の生活を学びながらというのもいい。

ただ、問題は暑さだ。「夏に南部に行く」と私がチュニスの人に言うと誰もが口を揃えて「やめろ」と止めるぐらいの暑さだ。私が行こうと思っている村では、45 度を超えるそうだ。

だからその村の人は昼は外に出ない。朝早く起きて朝の 9 時までに放牧を終わらせてしまう。それから家に帰って、夕方の 5 時まで寝るそうだ。村に 3 つしかない食料品店も朝 9 時に閉まってしまう。だから買い物もそれまでに済ましてしまうのだそうだ。

そんなところに行って、人々に迷惑をかけずに調査ができるものなのか、私はわからない。そもそも私の体力が持つだろうか。そう思って、今のチュニジア南部の最高気温を調べてみた。

東京のが高かった。

もちろんチュニジアのほうはこれから上がるのだろうが、にしても大丈夫な気がしてきた。

散文

カレンのバーベキュー

日本に暮らすビルマのカレン人が、今日7月20日、葛西臨海公園でバーベキューの集いを開催した。私も誘われたので、行くことにした。100人ぐらい来るとのことだが、本当にそんなにくるのかわからない。チケットを見ると11時から開始というので、20分ぐらい前に行ってみたら、カレンの服を着た数名の人がたむろしているだけだった。これから準備を始めるらしい。

炎天下のなか、近くの木陰で待っているとだんだん人がやってきた。知り合いのカレン人も次々とやってきて、テーブルを広げたり、グリルに炭を投入して火をおこしたりしている。私はそのそばでぼんやりみていた。

するとカレンの若い人が私にウチワを渡してくれた。とても暑かったので私が思わず「ありがとう」というと、「なにを言ってるのかな」という顔つきで私をみて、それからグリルに目をやった。火をおこすためのウチワだったのだ。それから私はしばらくのあいだ、ウチワでグリルを扇ぎ続けた。ぼーっとつっ立っているよりはるかにマシだった。

そのうち、人々は肉やソーセージを焼き出した。この頃には私は自分のテーブルに移っていた。テーブルは15〜6ぐらい用意されていて、それぞれのテーブルに最低でも6人ぐらい座っていたから、100人というのは本当のようだ(子どももたくさんいた)。私はテーブルに座ると、あとはもうなにもせずひたすら肉やエビやソーセージを食べ続けた。ときどき、古い友人を見つけると会いに行って挨拶をした。

ある時から、私の席の向かいに、若いカレンの男が座っていた。背が高くていかにも健康そうだ。大きな声で話し、シャツのはだけた胸元からタトゥーが見えた(これはカレン人だけでなく、若いビルマ人がよくいれている)。

私は最初、彼のことを知らない人だと思っていたが、だんだん彼のことを思い出した。だが、確証がなかった。彼の手をこっそり見た。というのも、彼は手に特徴があるということを聞いていたから。だが、その手は焼かれたエビを掴んだり、お皿を他の人に渡したり、忙しく働いていて、よくわからなかった。

そこで思い切って私は名前を聞いてみた。彼は教えてくれたが、覚えのない名前だった。私はさらに尋ねた。

「前に会ったことありましたか?」

「私は会ったことがあると思います」 そこで私はもう間違いないと思って「M さんの息子さんでは?」と確認すると、若者はそうだと答えた。M さんはずいぶん前に亡くなったカレン人難民だ。入管に 3 年も収容されていて、私は何回か面会に行ったこともあった。

「そうですか!」と私はうれしくなった。M さんの葬儀のとき、当時未成年だった彼はビルマから日本にやってきて、そのまま難民として日本にいることになったのだった。思えばそのときから彼にほとんど会ったことがなかった。

「M さんとは友達でしたよ」と私がいうと彼は「お父さんに顔が似ているとみんなよく言います」と笑った。

この時になってはじめて、私が彼の手の特徴に気がついたのは、思えば不思議なことだ。彼は曲がった親指の持ち主だ。

散文

ブディジョー

タイのメーソートで、子どもの施設をやっている牧師が日本にやってきた。彼はビルマ出身のカレン人で、ビルマの少数民族の子どもたちのために働いているのだった。昨年の2月、タイからビルマの戦争地帯に行ったとき、私はその人にお世話になったので、食事に招待した。

お店は巣鴨にある焼き鳥屋で、これもカレンの人がやっているお店だ。このお店については別に書くが、とにかく繁盛している。私が待ち合わせの時間より早く行くと、店の主人が大きなウリをくれた。

ビルマ語でブディというのだが、日本語でなんというかわからない。見た目はくびれのない青いひょうたんのようでもある。その実は冬瓜に似ているが、もっと硬い。

主な食べ方は2つある。ひとつは鶏肉と炒めるというものだ。もうひとつは、スティック状に切って、天ぷらのような衣をつけて揚げる食べ方だ。こっちはビルマ語でブディジョーという。

天ぷらにする前に、水分を飛ばすために天日干しにするといいとのこと。私はブディジョーがおいしいのは知っていたが、とても食べ切れる大きさではない。もらったはいいがどうしようと考えているうちに、知っているビルマ人の学生にあげようと思いついた。

重いブディを持っていったら、喜んでくれた。その上、次の日にはブディジョーをお裾分けしてくれた。しかも、自家製の辛いツケダレまでついている。とてもおいしいので、私は調子に乗って食べすぎて、お腹が痛くなってしまった。

散文

心臓の火と舌

人間の体の中には、塔が立っている。それは五重塔で、下から、地・水・火・風・空の順だ。地は下半身、水は腹、火は心臓、風は肺、空は頭に対応している。

人間が話す仕組みはこの塔に関連している。塔が垂直で、心臓が肺にくっついていると、心臓で燃えている火によって左右の肺に二種の風が生まれる。これが舌に伝達されると、舌が動き出し、話せるようになるのである。

動物が話せない理由も、この仕組みによって説明される。動物は横になっている(つまり立てない)ため、心臓と肺のつながりが切れており、心臓の火が舌に伝わらない。それゆえ、犬や猫は人間のように舌を動かすことができない。

ただし、犬が前足をあげ、後ろ足だけで立つ、いわゆる「ちんちん」の格好をする場合は別だ。心臓の火が舌に伝わるため、犬は賢い芸などをするようになる。

また、人間の赤ん坊が、ハイハイをしている間は話すことができないのも、同じ理屈からである。

そして、狸・狐・猫が人に化けて話し出すのも、これらの動物が立って歩く場合に限られるのである。

上記は、最近読んだもの(『近世色道論』の「ぬれほとけ」)に書いてあった理論だ(本当は陰陽が絡むが、私にはわからないので簡略化してある)。

思えば、ガンダムもトレーラーの上で横たわっている時は、ザクにやられそうになっていたが、アムロが乗り込んで起き上がらせたとたん、強くなったのだ。

いよいよもって真実といえよう。