散文

押しボタン式(#2)

「押しボタン式」と標識のある横断歩道を渡ろうとして、信号機の下部の装置を見ると、すでに「お待ちください」と表示されている場合がある。赤信号を待っている人は誰もいないから、先にボタンが押されていたわけではないのだ。

私は事情はよくわからないが、押しボタン式には、押さねばならないものと押さなくてよいものがあるようだ。

だが、外国観光客が、このタイプの信号に遭遇したらどう思うだろうか。誰もいない横断歩道で「お待ちください」と表示されているのを見て、「ああ、日本人はなんと親切なのだろうか。道を渡る人のために、誰かがボタンを押しておいてくれるのだ」と感心するかもしれない。さらにはこんなふうに決意するかもしれない。「よし、いったいどんな日本人がこんなことをするのか、絶対に突き止めてやるぞ」

その観光客に時間の余裕と探究心とがある場合、物陰に身を潜めて信号機周辺を見張りだしかねない。親切な日本人が出現する決定的瞬間を撮影すれば、TikTok でバズるかも、という欲まで出てくるおそれもある。もちろん、いつまで待ってもそんな日本人は現れない。しかし、それがかえって日本という国の神秘性を深め、この暇な外国人は畏敬の念に打たれることだろう。

もっとも、私は日本社会の一員だから、そんな荒唐無稽な想像はしない。ただこんなふうに思うだけだ。ボタンを押そうとする人を戸惑わせるために、誰かがイタズラをしたのだ、と。

旅・観察

外貨の禍い(6)

要するに、「外貨持込、外貨持出について」に書かれていることは、私には関係のないことだ。だが、こんな文書が出るということは、そこになにか意味があるはずだ。

「チュニジア入国時に、手持ちの現金等の申告をしていなかったために、出国時にそれらを当局に没収される事案が発生しております。」 

その後に書かれているルール云々よりも、大事なのはこの最初の一文だ。大使館の助言も考慮に入れると、「額に関わらず手持ちの現金等の申告をせよ」ということなのだ。

さて、私がチュニジアに着いたのは 2 月 22 日のことだ。飛行機を降りて、入国審査の列に並ぶ。周りを見回しても、外貨申請カウンターはない。ただ、長い列に並んでいるうちに私は、柱に貼られたポスターに気がついた。小さな文字で書かれているのでよくわからないが、新しい法律が施行されて、外貨の持ち込みがどうのこうのと読める。例の「外貨持込、外貨持出について」と同じ内容のようだ。この法律のせいで、以前にはなかったことが起こるようになったのだ。

やがて私の番が来て、カウンターの向こうの審査官にパスポートを差し出す。ホテルの予約確認書の提示も求められるので、携帯の中のファイルを見せる。審査が無事に終わり、パスポートが返される。私はこの機会を利用して、外貨申請カウンターについて審査官に尋ねた。すると、この先にあると教えてくれた。

入国審査の次は保安検査だ。これが終わると、手荷物受取場の広い空間に進む。そして、私はついに見つけた。それは、手荷物受取場から空港制限エリア外に出る出口の脇にあった。カウンターの上部にフランス語で Déclaration de Devises、英語で Currency Declaration と書かれている。その前に人々が並んでいた。

私はまず手荷物ターンテーブルで待つ乗客たちの群れに加わり、自分の荷物を受け取ると、そこに向かった。

苦い文学

ブーン

夏だから幽霊話というわけでもないが、私の友人に起きたほんとうの話だ。彼には年老いた父がいて、もともと厳格な人柄だったせいか、急に老害になってしまった。すぐに頭に血が上るようになってしまったのだ。

彼は実家から離れて暮らしていたため気がつかなかったが、同居する兄の家族も、また近所の妹夫婦もほとほと手を焼いていた。行く店行く店で怒鳴り散らすので、もう誰も相手にしてくれない状態だった。厳しすぎる父に嫌気がさして家を飛び出しただけに、負い目を感じていた友人は、いろいろ考えたあげく、父のために特別な帽子を作ることにした。

この猛暑ではもう当たり前のことになったが、外で働く人々は身を守るために冷却ファンのついた上着を着ている。友人はその冷却ファンを帽子に組み込んだのだった。

彼は父にその帽子を被せ、外出させた。コンビニに入り、買い物をする。会計のとき、店員の態度が気に食わなかったのか、父は急に怒り出した。するとそのときだ。「ブーン」と帽子の冷却ファンが回転しはじめた。たちまち頭が冷やされ、なにごともなく会計は終わった。

優秀な技術者であった友人は、父の怒りに反応して頭を冷やす帽子を開発したのだ。

それからも帽子は、老父の頭が熱を帯びるたびに「ブーン」と作動し続けた。カスタマーハラスメントは次第に減り、友人と家族もようやく落ち着いた暮らしを取り戻した。

それからしばらくして友人の父は亡くなった。葬儀が終わって、友人は兄と妹とともに実家に泊まった。しんみりと思い出話をするはずが、つまらないことから口喧嘩になった。

兄が弟をなじると、友人は怒鳴り返し、妹が叫んだ。主人を失った帽子が「ブーン」と音を立てた。

苦い文学

携帯ショップ(1)

ある若者がひとりで山歩きに出かけ、道に迷ってしまった。降りているといつの間にか登っている。登っているとだんだんと降りている。とうとう疲労困憊し動けなくなった。

夜になった。暗闇の中でじっとしていたが、遠くのほうで光が輝いているのに気がついた。若者は力を振り絞ってその光に向かった。

歩みを進めるにつれて光は大きくなり、ついにその前に辿り着いた。それは携帯ショップであった。

若者は喜びのあまり「こんな山奥になぜ」とも思わずに自動ドアを開けて入った。店内には携帯がディスプレイされて並んでいる。若者は誰かいないか声をかけたが返事はなかった。

店内をぶらぶらしていると、若者はおかしなことに気がついた。すべての携帯の待ち受け画面が人の顔になっているのだった。

ある携帯はひとりの男の顔だった。別の携帯は老人。また別の携帯は子ども。どの携帯も、違った顔が待ち受け画面になっていたのだった。

若者がこれらの異様な携帯を見ていると、誰かが話す声が聞こえた。若者はとっさに展示台の下に隠れた。

苦い文学

中国の遺失物

中国の雲南省のカチン人の祭りに行った帰り、私は iPhone を無くした。タクシーに置き忘れたのだ。

1時間以上タクシーに乗ってたどり着いたホテルで、そのことに気がついた。

タクシーを降りてからもうずいぶん経っていた。もといた街に向かって走行しているはずだ。

しかし、そのタクシーはホストのカチンの人々が手配してくれたものだった。なので、そのカチンの人々に電話して、タクシーの運転手に連絡をとってもらうことができるかもしれない。

問題は、私は中国語ができないことだったが、それも同行していた在日カチン人がなんとかしてくれた。

それで、どうなったかといえば、タクシーの運転手は引き返して、iPhoneを届けてくれたのである。

中国の人々が日本の治安の良さや、財布を落としても戻ってくることに驚いている……以前、そんなことが日本でニュースになったものだ。だが、その時私は、中国でだって遺失物は戻ってくるのだ、ということを感激とともに思い知ったのであった。

とそんなことを、中国人の留学生に話したら、こんなふうに言われた。

「iPhone が帰ってきたのは、その後に別の客が乗らなかったからですよ」