「押しボタン式」と標識のある横断歩道を渡ろうとして、信号機の下部の装置を見ると、すでに「お待ちください」と表示されている場合がある。赤信号を待っている人は誰もいないから、先にボタンが押されていたわけではないのだ。
私は事情はよくわからないが、押しボタン式には、押さねばならないものと押さなくてよいものがあるようだ。
だが、外国観光客が、このタイプの信号に遭遇したらどう思うだろうか。誰もいない横断歩道で「お待ちください」と表示されているのを見て、「ああ、日本人はなんと親切なのだろうか。道を渡る人のために、誰かがボタンを押しておいてくれるのだ」と感心するかもしれない。さらにはこんなふうに決意するかもしれない。「よし、いったいどんな日本人がこんなことをするのか、絶対に突き止めてやるぞ」
その観光客に時間の余裕と探究心とがある場合、物陰に身を潜めて信号機周辺を見張りだしかねない。親切な日本人が出現する決定的瞬間を撮影すれば、TikTok でバズるかも、という欲まで出てくるおそれもある。もちろん、いつまで待ってもそんな日本人は現れない。しかし、それがかえって日本という国の神秘性を深め、この暇な外国人は畏敬の念に打たれることだろう。
もっとも、私は日本社会の一員だから、そんな荒唐無稽な想像はしない。ただこんなふうに思うだけだ。ボタンを押そうとする人を戸惑わせるために、誰かがイタズラをしたのだ、と。