旅・観察

機内食

飛行機に乗ると、目の前に据えられたモニターでパズルゲームを始める人もいるかもしれない。だが、そんなことをしなくても、パズルの時間はやってくる。

機内食の時間だ。

それはまるで、木の四角いコマを動かすパズルのようだ。私は小さなトレーの中にぎっしり並べられている正方形や長方形の皿、パンやクラッカー、コップ、カトラリーやナプキンを巧みにスライドさせる。そうしながら、前菜からデザートへと進んでいかねばならない。

このパズルは、エコノミークラスの必修課題だ。そもそもエコノミーとは語源を辿れば、古代ギリシア語の oikonomia、つまり「家の管理」だということだ。古代ギリシア人の家はとても小さかったのだろう。だからタンスやベッド、テレビ台の置き場を決めるにあたり、まるでパズルを解くかのように苦労しなくてはならなかったのだ。

「しかし、それにしても」と私はこの小さなトレーを舞台に知的格闘を繰り広げながら、疑問に思う。「何ひとつ落とすことなく、食事を済ませることのできる人などいるのだろうか」と。

というのも、皿のプラスチックの蓋はまるでUFOのように飛び出していくし、丸めたナプキンは必ず他のゴミを外に弾き出そうと膨張しだすからだ。コップだって、中身をぶちまけてやろうとかねてから虎視眈々だ。

これらのことに気を取られているあいだに、私はフォークを落としてしまった。それは足元の鞄の上に乗っている。まだ大丈夫だ、と手を伸ばすと、それは鞄から滑り落ち、地の底に飲み込まれていった……。

なんとか苦労して食べ終えたが、それからたっぷり一時間、いかなる乗務員も訪れることなく、トレーは私たちのテーブルの前に置かれていた。食後の時間をゆっくり楽しむのも、やはり必修課題とみえる。

苦い文学

備蓄米の開発

コメの価格が高騰し、政府が備蓄米の放出に踏み切ったニッポン。そんななか、新たな試みにチャレンジする人がいます。経済部記者が取材しました。

「少子高齢化による米作農家の減少と農林水産省の失政のせいで、もはや日本人全体に行き渡るだけの米の生産は不可能といっていいでしょう。それなのに、備蓄米は極めて評判が悪いのです」

こう分析する吉田さんは語ります。「そんなら、備蓄米の評価を変えるようなすごい備蓄米を開発してやろうではないか、と思ったのです」

米作りの経験はありませんでしたが、吉田さんは、備蓄米の開発に奮闘中です。

吉田さん「新米に負けず劣らずおいしい備蓄米を作るのに何が必要でしょうか? それは技術です。日本には優秀な技術があります。そして小さいけれど世界一の中小企業がたくさんあります。私は、日本の底力を使って、つまりオール・ジャパンで備蓄米を作り上げたいのです」

(備蓄米開発への協力を求めて、下町の工場を訪問する吉田さん。すぐに追い払われる)

(汗を拭いながら)吉田さん「いや、難しいですね……でも諦めません。備蓄米が日本を変えるって本気で思ってますから」

備蓄米にどうしてそこまで情熱を傾けるのでしょうか。記者が聞くと、吉田さん、意外なきっかけを話してくれました。

吉田さん「僕はね、工場で長年働いていたんですが、若い新入社員が入社したんです。そしたら、新米が入ったから、備蓄米はいらない、って、クビですよ。そのときからです、備蓄米と聞くともう黙っていられなくなったのは。ええ、備蓄米の意地を新米どもに見せてやりますよ!」

こう決意を語る吉田さんの備蓄米がニッポンの食卓にのぼる日もそう遠くないかもしれません。

小説

道を渡りし者(8)

いや、別にこの町を出るのに、駅や道路を通らなくっちゃいけないわけではない、と暗い草原を駆け抜ける自分を想像していたとき、私の携帯にメッセージが届いた。それは上司からだった。

《いったい何をしでかしたんだ。契約を打ち切ると、先方が激怒してこっちに連絡してきた。事態を収集するまで戻ってくるな。さもなければ》

今日会った社長は市長派だったのだ! 赤信号を無視したばかりに、いま私は職を失おうとしている。これはいったいどういうことだ……。

「いや、ちがう! 簡単じゃないか!」 私は叫んだ。急にわかってしまったのだ。

「吉田さん、なんてことはないです。明日、10時にその赤信号に行きましょう! 平気ですよ。渡らなければいいのです。赤信号で待ち、青信号で渡ればいいのです! これで私はただの人間になり、すべては元通りになります。平穏無事にこの町を出ていけるでしょう」

だが、吉田の深刻な顔つきは変わらなかった。「ええ、私もそう考えていたのです。それしかないといえます。ですが、ただひとつ問題があるのです」

「なんです」

彼は言いにくそうに口を歪めた。「だまされたと怒り狂った暴徒があなたを吊し上げ、八つ裂きにすることでしょう……」

進むも地獄、進まぬも地獄。いまや赤信号も青信号も私を苦しめにかかっている。

苦い文学

ノース・コリア芸能ニュース

ボーイズ・グループ DPRK(ディープロック)のジョンウンが、SNS を通じてエネルギッシュで多彩な魅力を存分にアピールし、世界中の人民の感嘆を誘った。

ジョンウンは、近日中に予定されているニュー・シングル「軍事偵察衛星」の音源とダンスの一部をサプライズ公開し、東アジア人民のカムバックへの期待を刺激した。

タイトル曲となる「No Announce#」には、繊細で野生的なボーカルにエレクトロポップの雰囲気が加えられ、完成度を高めた。所属事務所は、IMO(国際海事機関)による非難決議採択を受けて「われわれの事前通知がこれ以上必要ないという公式な立場の表明とみなす」というメッセージを込めたと説明した。

サプライズ公開された映像では、ジョンウンのラブリーで美しいビジュアルも目を引く。洗練された衣装で、独特の拍手パフォーマンスを見せつけ、非民主的な雰囲気を誇った。

ニュー・シングル「軍事偵察衛星」は近日中に通告なしにリリースされる。

苦い文学

寮の儀式のはじめ

何十年も前のことだ。とある都内の大学に進学した私は、入学手続きに行ったとき、寮生募集の看板を見つけた。

その大学の学生専用の寮だ。大学の近くにあるし、朝晩の食事つき。しかも寮費は安かった。私は家を出たかったので、さっそく寮に行って申し込みをした。すると大した手続きもなく、入寮が決まった。

寮はさびれ気味であったが、特に問題はなかった。3階建てで、私の部屋は2階だった。部屋には二段ベッドがあった。昔は二人で使っていたが、今は一人部屋になっていたのだ。

当時はバブル経済の余韻もあり、わざわざ窮屈な寮暮らしを選ぶ学生などほとんどいなかった。そのため、寮生は、4年生が3人、3年生が2人、2年生は0人。そして、新入生は私を含めて2人だという。

新しい生活の慌ただしい数日間が落ち着くと、私はこのもうひとりの新入生の姿を見たことがないのに気がついた。私より先に越してきていると聞いていたが、いつもいないのだった。

寮生たちは、毎朝決まった時間に食堂で朝食を取ることになっていた。大テーブルを囲んで顔を突き合わせて食べるのだ。だが、その時にもその新入生の席だけは空だった。ただ食事だけが置いてあった。私が4年生の寮長に聞くと、そのうち下に降りてくるのでは、と答えた。

新入生の部屋は3階にあった。昼の講義の後、私は挨拶をしようとその部屋に行ってみたが、誰もいなかった。夕食後に再び行ってみたが、灯りもついていない。扉を叩いても返事はなかった。

翌朝の朝食の時間、私は自分が食べ終わった後も食堂に残っていた。今日こそはこの新入生がやってくるのを見届けようと思ったのである。彼の食事だけが大テーブルの上に置いてあった。

私が椅子に座っていると、3年生の鼻の大きな先輩が話しかけてきた。週末に、新入生歓迎会をするというのだ。

「この寮の恒例行事だから、絶対参加だぞ」

そう言って彼は立ち去った。私は食卓に目を向けた。そこにあった食事は忽然と消え去っていた。