散文

義太夫協会フリーマーケット

義太夫協会がフリーマーケットを開催するという知らせを見たので、行ってみることにした。「義太夫節の床本など義太夫節に因んだもの、和のアイテムを大放出」とある。

床本というのは義太夫節の脚本で、太夫はこれを前に広げて語る。義太夫文字という独特な書体で本文が書かれ、その傍に朱筆で記号が書いてある。

一般に読める浄瑠璃の本はこの床本を翻刻したものだ。私は初めて読んだとき、本文の傍に小文字で記されたこれら奇妙な記号に驚いたものだった。解説を読んで、これらの記号が節章と呼ばれ、語り方や三味線の演奏の指示だと知った。そして、当時、文楽を見たことも、義太夫節も聞いたこともなかった私は、浄瑠璃の本文と節章をデータにして、パソコンに入力すれば勝手に義太夫節を演奏するのだろうと思っていた。

その後、私はこの節章をもっと理解しようと思い、義太夫節の語りと三味線を実際に学んだ。そのおかげでさいわいにも、過てる機械論的義太夫節観を脱することができた。だが、それと同時に、この節章を本当の意味で読めるようになるには相当の訓練が必要だということも分かった。それにはやはり床本をじっくり観察することから始めなければならない。

そんなわけで私はフリーマーケットに行き、三冊ほど床本を買った。大正から昭和前期にかけて、太夫が実際に書写し使ったものだ。それ以上の由来は私にはわからないが、和紙は今では高価でなかなか手に入らないものだそうだ。

パラパラめくってみると、朱文字の節章のほかに、鉛筆や色鉛筆で印が書かれていたり、太夫自らの書き込みなどあって興味深い。また、本文に白い紙が貼られている箇所もあるが、これは省略された部分だろう。私はこれを資料として活用するレベルにはないが、見ていれば面白い発見もあるかもしれない。

ところで、フリーマーケットは、赤坂見附の豊川稲荷文化会館の三階の畳敷の部屋で開催された。ここは義太夫教室も開催されていたところで、昨年度は毎週のように通ったものだった。

去年の夏、サンダル履きで教室に行き、裸足で畳にあがったら、助手の先生に「畳が痛むので靴下を履いてください」とやんわりと注意された。久しぶりにその畳敷の会場に行く今日、裸足にサンダル履きで来てしまった私は、途中でそのことに気がつき、慌てて会場近くの百円ショップで靴下を買って履いた。

靴下一足分だけは成長したということだろう。

苦い文学

新宿駅の秘密

昔、JR 新宿駅は、東西に分かれていた。まるで冷戦時代のベルリンのようで、自由に行き来することなどできなかった。つまり、いったん東口に出たら最後、西口にはけっして行けなかったし、西口に出た者も同様だったのだ。

もちろん、どんな境界をも乗り越えていこうとするのが人間だ。東口と西口を繋ぐ細い秘密の獣道がいつの間にかできあがっていた。若いころの私たちはその通路を通って、東西をこっそり行き来していたものだ。ときどき売店でお饅頭とか買ったりして。

そうではあっても、私たち地元の民にとって、JR 新宿駅がこんなふうに分断されていることは悲劇だった。小学校のどのクラスにも新宿駅に分断された家庭の子どもがいたし、東西に隔てられた恋愛は常に悲しい別れに終わった。同じ新宿区民なのにどうして一緒になれないのだろうか? 私たちはそんなふうな悲しい疑問を抱きながら大きくなった。

それが、ある日のことだ、驚くべき発表がなされた。JR 新宿駅に東西を繋ぐ一本の大通路を作るというのだ。私たちが長年夢見てきた、まさに新宿区民の悲願であった。私たちは歓喜し、その完成を心待ちにした。

そして、それはついにできた。「新宿駅東西自由通路」という立派な名前までつけられた。自由! まさに自由だ。私たちは自由に大手を振って東西を往来し、どの改札口であろうと東西に抜けることができるようになったのだ……ああ、だがその後になんということが起きたことだろうか!

もしかしたら、と私は思うのだ。駅の構造の複雑さというものは一定なのかもしれない、と。「新宿駅東西自由通路」ができて、駅構内の構造が単純になったかと思いきや、今度は小田急線、京王線、西口広場のあたりに複雑怪奇な迷宮ができているではないか。いま、JR 新宿駅は、入ることもできないし、出ることもできない、恐ろしい悪魔の城だ!

小説

道を渡りし者(3)

男は私を連れて、住宅地の細い道路に入り込んだ。

おかしなことに男は私を決してまっすぐ歩かせなかった。右、左と何度も曲がり、まるで迷路をさまようかのようにくねくねと住宅地の内部に進んでいった。はじめは群衆をまくためにこんなことをしているのかと思った。だが、追跡者たちのひとりが私の背後でこう叫んだとき、そうではないということに気がついた。

「こっちのほうには信号がない! あっちのほうに行かせて、もう一度見せてくれるように頼もう!」

男は、私が信号を渡らなくて済むような道を選びながら目的地に向かっていたのだった。

そして、このころには私は、熱狂しながら自分についてくる人々のことが怖くなっていたから、男にひっぱられるまでもなく、むしろ肩を並べて、いや早足で追い越さんばかりだった。

やがて、男はとある民家の前で足を止めると、門に入り、玄関のドアを開けた。

「さあ! 早く!」

私が飛び込むと同時に男はドアを閉め、素早く鍵をかけた。

外では人々が家の前に集まってきて騒ぎだした。「あーかしんごっ! あーかしんごっ! あーかしんごっ!」と、手拍子をとっている。誰かが空き缶かなにかを投げつけ、恐ろしい音がした。

私はもう生きた心地がしなかった。

苦い文学

教卓の力の研究

現代では教卓に関する科学的研究が進んでいる。そのおかげで教卓にまつわるかなりの現象が予測できるようになった。

例えば、ある程度の広さのある教室に、そのキャパの半分程度の学生を投入するとしよう。こうした状況で、教卓を研究する科学者たちは、教室の中を見ないでも、教室内で学生たちがどのように着席するかをかなりの程度、正確に予測できるようになった。

科学者は、知性と数式だけで、こう予測する。学生たちは教卓の周りに半円状の無人の空間ができるように着席するであろう、と。

実際に教室内を見てみよう。まさしくその通りなのだ。

さらに、科学者たちは教室の外から粘り強く観察を続け、教卓に関するこれまで知られていない新たな現象も発見した。

驚くべきことに、教卓から離れれば離れるほど寝ている学生が増加していたのだ。

教卓との距離と眠気が比例するという新たな発見は、いったなにを意味しているのだろうか。

現在、科学者たちは、教卓と眠りとの関連を明らかにすべく、寝室に教卓を設置する大規模な実験を準備している。

苦い文学

『のりつっこみ』

ノリツッコミというのは、よく知られているように漫才のつっこみかたのひとつで、ボケにしばらく乗ってからつっこむというものだ。

このお笑いの技法をテーマにした小説を読んだので、紹介をしたいと思う。

タイトルはその名も『のりつっこみ』(須田廉著)。

丹波と和田という二人の男の物語だ。二人は、大学のお笑いサークルに属していて、その飲み会の場面から物語は始まる。お笑いサークルらしく、熱いお笑い論や大喜利の勝負などが繰り広げられ、やがて、ひとりひとりがノリツッコミの披露ということになった。

丹波の番が回ってきた。彼が隣の和田を相手にボケるのだ。そこで、彼は自分のカバンの紐を手に取り、隣に座る和田の方にたすきのようにかけ、叫んだ。

「先生!」

つまり、選挙運動中の政治家というわけだ。和田もうまくそれに乗って、割り箸をマイクにして「有権者の皆さん!」と演説をぶち始めた。これには一同、大笑いとなったのだが、話は飛んでそれから20年後、この和田が本当の政治家となって丹波の前に現れたのだ!

果たして和田は本物の政治家となったのか、それともノリツッコミをまだ継続しているだけの政治家なのか? 疑念に突き動かされて丹波は一人、和田の選挙事務所に乗り込む……

と、そういう話だが、これ以上はネタバレになるから、続きはご自分でお読みいただきたい。

ただし、小説のデキとしてはいろいろとツッコミたいところもあるのも事実だ。

散文

アラカン州の現状とカレン民族

 アラカン州(ラカイン州)の紛争についてちょっと書いたから、これについて4月14日、カレン人の団体が出した声明について触れておこう。

 これはInternational Karen Organisation(IKO, 国際カレン機構)という団体が出したものだ。IKOはミャンマー国外に暮らすカレン人の結成した団体で、レターヘッドにもあるように、アジア太平洋地域、ヨーロッパ、アメリカ・カナダ地域にまたがる国際団体だ。

 2015年10月、カレン民族とビルマ政府との間で停戦協定が結ばれたが、カレン人を代表して署名したのはカレン民族同盟(KNU)であった。この停戦は少なくとも国内のカレン人には支持されていたと思うが、国外で難民として暮らすカレン人にとっては納得のいかないもので、カレン民族への「裏切り」だと非難する者もいる。これら停戦に反対するカレン人の立場から活動しているのがIKOだ。

 以前からそれぞれの国にカレン人組織はあったが、それらがIKOとしてまとまるようになったのは、少なくともアジア太平洋地域においては、オーストラリアのAKO(Australia Karen Organisation)のリーダーが積極的に各国のカレン人コミュニティに協力を要請したからだ。

 日本は、他の国と異なり、複数のカレン人組織が活動している。停戦協定ののち、このAKOのリーダーが来て、IKOへの参加を呼びかけたが、今のところ、積極的に協力しているのは海外カレン機構(日本)(OKO-Japan)だけのようだ(ちなみに私はこの団体に参加している)。

 さて、今回の「ビルマ国軍の行っている無実のラカイン人(アラカン人)市民への射撃と殺害に関する声明」と題された声明について以下要約する。

 IKOはアラカン軍(Arakan Army)とアラカン人に対するビルマ軍の軍事行動を非難する(項目1)。

 ついで、アラカン州でビルマ軍がしていることはカレン人に対しても行われてきたことであるとの認識が示され(項目2)、これをビルマ独立以来70年続く、非ビルマ民族迫害の歴史の中に位置付け、この問題は「政治的な問題」であると述べる(項目3)。

 そこで政治的な解決としての和平交渉について述べるが、これを妨げるのが、アラカン軍をテロリストと決めつけるビルマ政府の態度であると指摘し(項目4)、こうした態度は、今後の和平交渉の妨げになるとビルマ政府を非難する(項目5)。そして、コロナウイルスが蔓延する中で加速する軍事行動を即時停止するように求めて声明は終わる(項目6)。