研究

ベルベル語のポスター発表

ポスター発表というのは、発表したいことを大きなポスターに書いて掲示する。そして、発表者はその前に立ち、内容に興味を持って立ち止まった人々に説明したり、質問されたり、「あ、別にいいです」とか言われたりする。

ポスターのサイズは A0 で、これは A の最終形態だ。発表者はこの特大用紙に発表内容を盛り込む。A4 16 枚分なので、自分で印刷してツギハギしてもいいし、私がいつもそうしているように印刷サービスに頼んでもいい。

ポスター発表はまだ 3 回しかやったことがない。作り方もよくわからないので、試行錯誤だ。それでも、ポスターのデザインは楽しい作業だ。

他の発表者のポスターを見てみると、左右対称を基本としてデザインされていることが多いようだ。例えるならば 4 コマ漫画が 2 つ並んでいるような感じだ。どう読むかというと、左の上から読みはじめて下まで行き、それから今度は右上から下へ、という具合だ。読む順序がはっきりしているのでわかりやすい。

だが、私はもっと楽しくしたい。そこで、以前のポスターでは、左右対称であるにしても、左右で説明を並走させて、左右のどちらから読んでもいいようにデザインした。今回は、そのシンメトリカルな構造もなくした。動詞の活用が売りの発表なので、動詞活用表を真ん中にドーンと置いたのだ。そして、その周囲を説明が取り巻くようなデザインにしてみた。

これがうまく行ったかはわからないし、たいていは他の人がやるようにするのがいいのだ。私も次はそうするつもりだ。この調子で行くと、そのうち曼荼羅アートになってしまうから。

(写真:ポスターの一部)

苦い文学

AI の手

現代の AI の進化のスピードからすると、そのうち、高度な自動翻訳機能を誰でも自由に活用できるようになるだろう。この機能を脳に組み込めば、私たちは相手が何語で話しかけてこようとも、即座に理解してしまうのだ。また、こちらから自分の言語で話したとしても、相手の脳に増設された自動翻訳機能が相手の言語に変換してしまう。

すると、互いに異なる言語を話しているのに、なぜかやり取りが成立しているという状況が生じるが、これはスターウォーズでお馴染みの光景だ。

問題は言語というものがそれほど明確に区別できないことだ。英語と日本語なら自動翻訳機能が必要だが、関東方言と関西方言ではどうだろうか。同じ言語ならば自動翻訳機能などいらない、と思うかもしれないが、いったんこの機能が脳に組み込まれてしまうと、「方言」程度の差でもこの機能は「やはりあったほうがいい」ということになるのではないかと思う。

そうなると、東京方言と茨城方言の話者同士のコミュニケーションでも、この機能を使わない理由はない、ということになる。そして、言語というものは、個人個人でも多少は違うものだから、家族と話すときでも、私たちはこの機能に依存するようになっていくだろう。

また、私たちは心の中で自分とやりとりすることもある。自問自答したりすることもあれば、良心の声が聞こえてくることもあろう。そのときにも、AI が自動的に働いて、翻訳しだす。自分との会話にも AI が介入しはじめるのだ。

そのとき、私たちが、胸に手を当てて考えるときの手も、たぶん AIの手だろう。

苦い文学

ミスター・ハンバーガー

記者が招かれたのは、都内某所の今にも倒れそうなアパートだった。ミシミシとなる階段を上がると、ひとりの男が待ち受けていた。

「ようこそおいでくださいました。さっそくご覧ください」

男は記者を部屋の中に入れ、モニターを示した。そこにはひとりの別の男が映されていた。「彼がミスター・ハンバーガーです。彼はいま隣の部屋にいます」

ミスター・ハンバーガーと呼ばれたその男は、座椅子に座って、テレビを見ているのだった。ちゃぶ台にはビールとつまみが置いてあった。隣から大きな笑い声が聞こえた。いうまでもなくモニターのなかで手を叩いて笑っている男がその主だった。

「ミスター・ハンバーガーは、いつもこんな様子なのです。テレビを見ては楽しみ、陽気に酒を飲み、そして時には鼻歌など歌っているのです」

「これは、いったい?」と記者は訝しげに尋ねた。

「わからないのですか。ミスター・ハンバーガーは3年前に雇い止めになったのです。なんの落ち度もないのに、不要だという理由で勤め先を追い出されました。ブラック企業の犠牲者なのです」

「ええ、ですが、楽しそうなご様子です」

「そこなのです! 不当な解雇から3年経つにもかかわらず、彼はまったく腐っていないのです! まるでマクドナルドのハンバーガーのようではありませんか?」

「だから、ミスター・ハンバーガーと!」と記者の目が輝いた。

さっそく本格的な取材が始まった。記者はミスター・ハンバーガーの経歴と生活を綿密に調べあげ、すべて隣人が言う通りであることを確認した。また、映像をもとに、男の独り言を解析すると、明日への希望も失ってはいないという驚くべき事実も明らかになった。さらに、腐らない原因についても検査が進められた。防腐剤を使用している可能性もあるからだ。

検査の結果、驚くべきことがわかった。防腐剤などまったく使用していなかったのだ。それどころか、化学調味料さえ使用していなかった。では、なぜ腐らないのだろうか?

さらなる検査が行われ、ついに原因が突き止められた。頭もまったく使用してなかったのだった。

苦い文学

大事でない袋

久しぶりに結婚式に招かれた。

私はただの出席者に過ぎなかったが、同じテーブルの人がスピーチに立った。

スピーチ自体はお決まりのもの、つまり、結婚生活で大事な袋を5つ挙げるというものだった(堪忍袋、給料袋、お袋、胃袋、金玉袋)。だが、奇妙だったのは、その人がスピーチの終わりにこう言ったことだった。

「大事な袋についてお話ししましたが、念のため大事でない袋もあるということを申し添えておきます」

彼がテーブルに戻ってきたとき、私はこの言葉の真意を尋ねた。その内容を以下書き記しておく。

「我々の社会は袋なくして成り立ちません。ですが、あまりに袋を大切にし過ぎているせいで、弊害も生まれてきています。つまり、まったく必要でない袋まで幅を利かすようになっているのです。

その代表が、飲食店で出てくるおしぼりの袋です。おしぼりを使ったのち、あの汚く破れた袋をどう始末したらよいのか、だれにもわからないのです。

私はあれはゴミだと思っています。ですが、店員は絶対に回収に来ません。食べ終わった皿をどんなに早く回収するレストランでも、あの袋は持っていってくれないのです。

これはおそらく、我々が袋を大切にしすぎるから、店側としてもうっかり回収してクレームでも言われたら、と思っているのではないでしょうか。

私が、大事な3つの袋の話の後に、大事でない袋もある、ということを付け加えたのは、こうした社会が少しでも変わってほしい、と願ったからなのです」

苦い文学

疲れた男のエロトピア

勃起不全回復の秘術を求めて私は荒野をひとり歩いていた。

行手に粗末な民家が現れた。その扉の前に立つと、蛇の紋章、自分の尾を咥え環となった蛇の図案が目に入った。

私が目指していた家だ。これこそマスターベーションの隠者の隠れ家なのだ。扉を敲くと、隠者その人が現れ、私を招じ入れた。

もう日暮れどきだった。隠者は私につましい夕食を提供し、それから、ベッドを指差した。

「私があなたに与えられるのは、食事と寝る場所だけだ。夜明けが来たら、立ち去りなさい」

「しかし、私はあなたに学ぶためにここに来たのです。勃起不全回復のためのウラ技を。あなたならきっと解決してくれるでしょう」

「人違いだ」

「いいえ、私は扉に記されたウロボロスを見逃しませんでしたよ。あれはマスターベーションの達人のみが許される象徴です」

私はなおも言い張り、その固い決意に隠者は動かされたようだった。

「それを教えていた男はもう死んだ。残念ながらな。だが、その男の物語は君に語る価値はあるだろう。聞くがよい。

「その男はマスターベーションを覚えて以来、この術の魅力に取り憑かれ、快楽を極限まで追い求めようと努めてきた。その名声は国中に広まり、奥義を求める者が絶えずやってきた。

「人並みはずれた探求心の持ち主であった彼は、あるとき決意した。ペニスが1本でもこれだけの快楽があるのならば、2本あれば倍になるのではないかと。

「そこで彼は2本目のペニスを自らの陰部に移植した。

「だが、それは大いなる過ちだった。快楽は倍にはならなかったのだ。それどころか、彼はペニスが倍になったその日から、オーガズムに見捨てられてしまった」

隠者の目はぞっとするような冷たさを帯びていた。

「物事を達成するために何が必要だろうか。集中力だ。オーガズムもそうなのだ。なんと愚かであったろうか、彼はそのことを知らなかった。

「つまりこういうことだ。彼はマスターベーションを始めた。まず1本目に意識を集中した。徐々に強度が増してくると、彼は2本目のことが気になり出した。なぜなら、そのとき、2本目はピクリともしていなかったからだ。それであわてて2本目を握り、意識を向けた。ただちにそれは固くなり出したが、どうだ、そのとき、たちまち1本目が萎え出したではないか。彼は急いで1本目を掴んだ。だが、その瞬間に2本目はうなだれ出したのだ」

隠者が口をつぐむと、耐えがたい静粛が辺りに立ち込めた。私は苦しくなって言った。

「あちらを立てればこちらが立たず、ということでしょうか」

隠者は悲痛な顔でうなずいた。

「彼はこの循環から抜け出すことができなくなった。そうだ、彼はウロボロスの環に捉えられたのだ。その環の中では、もはやいかなるペニスも屹立することはない……ここを立ち去るがよい」

私は再び荒野をひとり歩いていた……。

旅・観察

現代のフダーウィー:チュニジアの語り部(6)

 そこで、去年の夏のチュニジア調査のさい、スーサに行ってみることにした。スーサは、チュニジア第3の規模の都市で、それほど大きくはないが、やはり歴史のある都市だ。インターネットの記事によると、スーサの図書館がフェスティバルの運営に関わっているようだった。そこで、地図を見ながら図書館に行ってみることにした。だが、目当ての場所に行ってみても工事中の建物があるばかりでなにもない。しばらく歩いてから、近くのカフェで尋ねてみると、まさしくその工事中の建物が図書館なのだった。改築中というわけだ。

 これで手掛かりが失われたわけだが、歩き回っている最中に、スーサ文化委員会の建物を見つけたので、そこに行ってみることにした。

 建物に入ると、受付らしき人がいる。フダーウィーのフェスティバルとフダーウィーのことを尋ねる。受付の人がフェスティバルについて答え始めると、どこからか1人の年配の男性がふらりと現れて私のそばに立った。なんだめんどくさいジジイが出てきたな、と思う私に、受付の人はこういったのだった。

 「彼もフダーウィーだよ」

 私がフダーウィーに会ったのはこうした次第であった。

 この人はウェルギー・シェドリー(Ouerghy Chedly)という方で、俳優をされているとのことだった。つまり、俳優としての活動の一環として語り部としても活躍されているのであり、伝統的なフダーウィーとは異なる。

 しかし、それはちょうど遠野で語り部として活動されている方が昔の語り部とは異なるのと同じだ。つまり、一度廃れかけた語り部の文化を復興しようという世界的な潮流の中で捉えなくてはならない。

 そして、スーサで毎年開催されているフダーウィーのフェスティバルも、世界の語りの文化の交流発展の場として企画されたものとのことだった。期間中は、アラブ世界の語り部のみならず、ヨーロッパの語り部が、スーサの様々な場所でその話芸を披露する。

 また、語りに関するシンポジウムも開催され、研究発表もあるという。このフェスティバルは、北アフリカでは最初のもので、これまでに19回開催されてきた(ちなみに、ジャスミン革命で騒然としていた2011年には開催されなかったという)。

 さて、その翌日の2019年8月14日、シェドリーさんと彼の行きつけのカフェで会うことになり、その日の午前と、8月16日の午前、彼の友人たちに囲まれながら、フダーウィーについてお話を伺い、また、いくつかの物語をビデオで記録することができた。(つづく)

インタビュー中のシェドリーさん。