風刺・戯文

哀悼せざる者たち

どこかの街で大きめの事故が起き、犠牲者がでた。芸能人たちが哀悼のメッセージを SNS にあげるなか、一部の芸能人がインスタに、顔の膨れた自撮り写真や、輝く海鮮丼の写真をバカのようにあげているのに一般人たちは気がついた。

一般人たちは指摘に急行した。「不謹慎だ」「ファンやめた」「不買運動だ!」

火の回りの速さに、芸能人たちは、あるものは謝罪し、あるものは謹慎し、あるものは引退し、あるものはボランティアを始めた。

これ以降、一般人たちは、芸能人の哀悼に目を光らせるようになった。それで芸能人たちはどんな事故・事件・災害があってもすばやく哀悼の意を表明しなくてはならなくなった。だが、哀悼向けにできていないのが芸能人だ。哀悼案件が起こる前になされる「うっかり哀悼」事案が相次ぎ、さらなる炎上を招いた。

芸能人を複数抱える芸能事務所ももはや対応しきれなくなったとき、関係者たちは芸能人が効率よく哀悼を発信できるように、哀悼を取りまとめる機構を創設した。芸能人はついに絶え間ない哀悼表明から解放され、こころ安らかに眠ることができたし、一般人たちも、立てる目くじらもなく眠れるようになった。

哀悼の取りまとめは徹底していた。なぜならそうでなければ炎上は防げないから。そんなわけで、一般人たちは哀悼の流れを追うだけで、世の中の動きがわかるまでになった。もう新聞もニュースも要らなかった。タイムラインの哀悼にときおりブレイキング哀悼が流れた。

あるときひとりの芸能人が事故死し、その哀悼が発信されなくなった。たまさか生じたその哀悼の隙間も、機構が感知する間もなく、たちまち他の哀悼が押しつぶしてしまった。

苦い文学

見失った羊

(朝、押しつぶされそうなほど満員の通勤電車が急に停止し、アナウンスが流れる)

ただいま、停止信号のため、緊急停止いたしました。信号が変わりしだい、運転を再開いたします。

(ざわめく車内)

ただいま、線路内に人が立ち入ったとの情報が入りました。安全の確認が取れるまで、しばらくお待ちください。お急ぎのところ、電車が遅れまして、まことに申し訳ありません……安全の確認が取れたため、線路内に立ち入った人の捜索を開始したとのことです。

(車内に怒りの声が上がる)

お急ぎのところ、申し訳ありません。現在、捜索中とのことです。聖書に書いてあるとのことですが、昔、百匹の羊を所有している人がいたそうですが、そのうちの一匹がいなくなってしまいました。そこで、その所有者は、残りの九十九匹をほったらかしにして、見失った一匹を懸命になって探し、ついに見つけました。

(苦しくなった乗客が喘ぎはじめる)

所有者は、大喜びでその羊を連れて帰ると、友人や近所の人々を呼び集めて、羊が見つかったお祝いをしたそうです……再び情報が入ってきました。どうやら無事に保護されたとのことです。運転再開までしばらくお待ちください。

(ほっとする乗客たち)

見つかったお祝いが終わりしだい、発車いたします。

(罵声、悲鳴、絶叫)

音楽

Sweet Home Chicago

学校で want to とか I am not とか教えられた私たちは、英米のロック音楽を聴いてはじめて、これが間違いだということを知る。ロック音楽ではいつでも wanna だし、I ain’t なのだ。

ロックでは、wanna や I ain’t などのロック英語しか使ってはいけない。もし、学校で習う英語で歌ったらたちまちロックはダサい音楽に変わってしまう。

たとえば、ロックに多大な影響を与えた Sweet Home Chicago という名曲をとりあげよう。歌い出しはこんなふうだ。

Oh baby don’t you wanna go
(ねえ、行きたかねえのかよ)

これを want to に変えてみよう。訳でもわかるように、もうロック精神がまったく消えてしまうのだ。

Oh baby don’t you want to go
(おお、赤子よ、あなたは行くことを欲さないのか)

そして、実際に、Sweet Home Chicago の数々のバージョンを聞いてみよう。エリック・クラプトン、ブルース・ブラザーズ、マジック・サム、ロイ・ブキャナン……これら錚々たるミュージシャンが、wanna で歌っている。ロック精神の持ち主はこうでなくてはならない。

しかし、残念ながら、Sweet Home Chicago を want to で歌ってしまっている恥ずかしいミュージシャンもいる。

とくに以下のミュージシャンは、いっこくも早く wanna で再録音するか、音源を廃棄すべきだろう。

トッド・ラングレン(アメリカのミュージシャン)
ピーター・グリーン(イギリスのミュージシャン)
ロバート・ジョンソン(アメリカのミュージシャン。Sweet Home Chicago オリジナル・バージョンを 1937 年に発表)

苦い文学

雲助

雲助とは、江戸時代、街道交通の荷物や人の輸送を担った労働者の俗称である。これらの労働者は、当時の社会の底辺に位置する人々で、「雲」というのも、これらの人々が「浮雲」のごとく住所定まらない状態であったことに由来すると言われている(田村栄太郎『一揆雲助博徒』)。

雲助は、荷物や駕籠の担ぎ手として当時の社会では不可欠な存在であったが、しばしば雇い主を困らせたり、駕籠の客を騙したりする無頼の徒として描かれてきた。そのため、現代では差別的なニュアンスを持って語られることも多い。

しかし、近年、この雲助の研究が進み、その新たな姿が知られるようになった。雲助は従来知られているように無知で粗暴な集団ではなく、高度に組織化された職人集団であることが明らかになったのである。

彼らの組織は「雲仲間」と呼ばれ、全国の街道の宿々にそのネットワークが張り巡らされていた。このネットワークによって、雲助たちは、どこの宿場でどれだけ人手が足りないかをすぐに把握することができ、顧客のニーズに迅速に対応するとともに、スキマ時間を無駄なく利用することができた。

また、このネットワークを通じて、街道の状態、宿場の混雑状況、参勤交代の規模、荷物と人の動き、ごまのはいの動向などの情報が、雲蔵(くもぐら)という名でデータベース化・見える化され、ビッグデータとして活用されていた。

さらに、雲助稼業に必要な物品(たとえば最新式の駕籠やシューズ)の購入や、雲助関連事業のスータートアップにさいして、全国の雲助から出資金を集めるファンディング・システム(雲講と言われた)も構築されていたという。

当時の社会では「ならず者」として低くみられていた人々が、現在のクラウド・サービスに通じる活動をしていたとは、まことに興味深く思われるのである。

風刺・戯文

侵略

どうも、こんにちは。

まずは自己紹介をさせていただきますね。私はプロのプログラマーで、自由時間ではハッキングを専門にしております。

今回残念なことに、貴方の星は私の次の被害者となり、貴方の星のオペレーティングシステムとデバイスに私はハッキングいたしました。

数ヶ月間、貴方の星を観察してきました。

端的に申し上げますと、貴方の星がありとあらゆる破壊に夢中になっている間に、貴方の星のデバイスが私のウイルスに感染したのです。有機的・無機的を問わず、貴方の星のあらゆるデバイスへのフルアクセスとコントロールを私は獲得しています。

近頃、貴方の星が殺戮の大ファンで「戦闘動画」鑑賞を楽しんでいることを知りました。

意味はお分かりですよね……貴方の星が勢いよくミサイルを発射するいくつかのクリップを編集して、マスター・オペレーション中に閲覧していらっしゃった動画を組み合わせることにしました。

画面の左側では貴方の星がご自分を楽しませている様子、そして右側ではその時に遂行されていた作戦を表示するようなビデオクリップを作成いたしました。

数回マウスをクリックするだけで、とても簡単にこの興味深いビデオを太陽系どころか、銀河中に送信したり、インタギャラクティック・ウェブ上に単に投稿できたりすることはもうお分かりでしょう。

朗報は、まだ抑止することができることです。ただ 1,800,000 光年相当の量子コインを私の量子ウォレットに送金いただくだけで……