散文

普遍人間発生装置(6)

物語に挿入される説明文は、ひとつだけではなく、いくつでもつなげることができる。さらに、説明文の後に、別の物語を語る物語文が現れることもありうる。だが、実際にはこうしたことはあまり起こらない。

というのも、それは物語の聞き手にとって負担になるから。中断されたままの物語の情報を維持しながら、長い説明や別の物語を聞くのは、まさに苦痛だ。そこで聞き手は、この明らかな脱線をやめさせようと語り手に働きかけたり、これみよがしにあくびをしたり、思い切って席を立ったりすることになる。そして、語り手がうまく要望を受け入れてもとの物語に戻った場合には、もしかしたら、それまでの物語を思い出すために、話が途切れたところまでのあらすじを手短に話してくれるように頼むかもしれない。

だが、こうしたことは、つまり語り手と聞き手のやり取りは、本や文書などにおいては起こりえない。話の筋を忘れたとしても、読み手は書き手に助けを求める必要はない。ただ前のページを見返せばいいだけだ。

そこで、書かれたテクストにおける説明文は、話し言葉のときとは異なる特徴を持つことになる。それは長さだ。説明文が何ページ続こうと、読み手は戻って参照する箇所さえわかれば、話の筋を見失うことはない。もちろんこれは極端な話で、そのせいで結局、読み手は本を放り出す可能性もある。

だが、書く場合には説明が増えざるをえない事情もある。前の方で述べたように、話し言葉に付随する多くの情報は、文字にしたとたん失われるから、そのぶん、情報を増やさねばならないからだ。

話せば簡単に済むことも、文字にすると意外に多くのことを書かなければならないし、時間もかかる。そんなわけで、メールよりも電話が楽という人がいるのも当然のことだ。

ところで、書き言葉において情報を増やすといっても、これはいつでもどこでもできることではない。説明文の増加のためには、少なくとも文字を書くことそのものに、たいして労力がかからない環境が成立していなくてはならない。

大昔の碑文がたいてい言葉少なでわかりにくいのは、摩滅や欠損のせいばかりでない。文字をケチらざるをえない事情があったのだ。

風刺・戯文

伊藤家の企み

その日、伊藤は、大事なことがある、と妻と子どもを集めた。

「父さんはいつもお前たちにすまないと思っていたのだ……。小百合」と伊藤は妻のほうを向いた。

「苦労をかけたな……お前が嫁いできて、如月という立派な苗字から、伊藤に変わったときも、心から申し訳ないと思っていたよ」

「そして太郎」と伊藤は息子を悲しげな目を向けた。「お前が生まれ、この名前をつけたとき、私は心で泣いていたのだ。伊藤太郎! なんとありふれた名前だろうか!」

ありふれた名前とされた少年は、俯いて膝の上にのせた拳をじっと見つめていた。「さぞかし悔しかったろう、悲しかったろう!」 伊藤の口から憐れみの言葉が溢れた。

「だが」と彼は背筋を伸ばした。「そんなつらい思いももうおしまいだ。わたしたちみんなの悲しみが終わるときが来たのだ」 伊藤は一枚のハガキを二人の前に置いた。

「これは『戸籍に記載される振り仮名の通知書』のハガキだ。今年から、戸籍に名前のフリガナを記載する新制度が始まり、もし間違っていたら、届け出をして直すことができるのだ」

伊藤はそのハガキの文面を家族に見せた。

氏 伊藤
氏の振り仮名 イトウ

「お父さんは、フリガナが間違っていたと届け出るつもりだ……この決心に揺らぎはない。我が家はもはやイトウではない。イドウだ! 世に伊藤家は星の数ほどあれど、イドウと読ませる伊藤家は私たちだけなのだ!」

苦い文学

私たちは怒っている

テレビの人が「死んでください!」とツイッター(現X)で言ったとき、私たちは激怒した。

これは冗談では済まされない。笑い事ではない。人間の命がそんなに粗末に扱われていいものだろうか? いったい今の時代「死ね」などという言葉が許されていいものだろうか?

テレビの人はすぐに取り消して謝罪したが、そんなことで帳消しになるものか。憤激した私たちは、あらゆる方面にむかって抗議し、その結果、このテレビの人はいまやテレビからすっかり消え失せて、ただの人になってしまった。

私たちは勝利したのだ。不適切な人間を懲らしめたのだ。

そして、数ヶ月後、再び私たちを激怒させる出来事が勃発した。これは冗談では済まされない! 笑い事ではない! 新たなテレビの人がツイッター(現X)で、こんなふうに発言したのだ。

「生きてください!」

あろうことか、この言葉を北朝鮮の金将軍に向けて発したのだ。

私たちの命を脅かす悪党の長寿を願うとは! なんたる反日勢力、川口のクルド人、フェミニストだろうか!

決めた。こいつが死ぬまで追い詰めてやる。

苦い文学

処理水の放出

【ザンゲー・ニュース速報】
福島第一原発の処理水が先日、海洋放出され、大きな波紋を引き起こしています。

処理水の放出はかねてから科学的には安全とされ、放出以後の環境省のモニタリングでも基準値を下回っています。

ですが、国内の漁業関係者をはじめとする諸団体、また近隣諸国からは、今回の放出について懸念の声が広がり、抗議活動が活発化しています。

この問題に長く関わってきた吉田六郎さんはこう指摘します。

「処理水を汚染水と呼ぶ人々もいます。処理水とはなんなのか、それが十分に伝わっていないのではないでしょうか」

そうした思いから研究を進めた吉田さんは、ついにこれまでにない解決策を提案するにいたりました。

「処理水、いったい処理となんでしょうか。このあいまいな名称がすべての問題の原因なのです。ですが、処理水などもはや必要ありません。なぜなら、私たちが放出するのは処理水ではないからです。勝利水なのです!」

吉田さんはペットボトルに入った「勝利水」を掲げます。

「この水は、震災に勝ち、原発に勝ち、トリチウムに勝った水です。いえ、そればかりではありません。日本の未来と東アジアの平和を勝ち取る水です。これが勝利水なのです。この勝利水が日本を起点に世界中に広がっていく、なんとすばらしいことではありませんか。きっとどの国も喜んでくれるはずです」

吉田さんは、今後、各メディアに「処理水」ではなく「勝利水」と改めるように働きかけていく予定です。

苦い文学

大洗の海

もう何年も前の夏のことだが、在日ビルマ人たちとバスを2台借りて、日帰りで大洗の海に行ったことがある。

みな難民申請中の人々で、東京を離れるのにも入管の許可が必要な人々だった。貸切バス旅行などめったになかったので、誰もができる限りの準備をした。

朝早く高田馬場を出発すると、手作りの朝食が配られ、少し眠ると、みんなでゲームをしたり、歌を歌ったりした。しかも、クーラーボックスには缶ビールや缶酎ハイが詰まっていて、いくらでも出てきた。

そんなわけで、大洗の海に着く頃には、みんないい気分になっていた。いや、いい気分になり過ぎた人もいた。

私たちは海で遊び、これまた自分たちで準備したビルマ料理を昼食として食べ、それからまた海で遊んだ。

私たちが海水浴をしている間、何人かは酒を飲み続けていた。休みとなるともう朝から晩まで飲まずにいられない人がいるのだ。そんなふうに飲んでいた一人がふいに「俺は帰る」と言って大洗駅のほうに行ってしまった。

その後、帰り支度を始めた私たちは、一人いないということに気がつき、海で溺れているのではないかと探し回った。