散文

普遍人間発生装置(1)

私は結局、大学には受からなかったのだが、昔、予備校に通っていたことがあった。そのとき、現代文の読解問題に「話すように書くことなどできない」と主張するものがあった。誰の文章だかはっきりしないが、そのとき「精神の運動」という言葉が出てきたような気がするから、石川淳かもしれない。

それはともかく、この主張の内容は確か、話し言葉と書き言葉の論理は違うからというようなものだったと思う。それももちろん大事だと思うが、私が今、話すように書くことはできない、と考える理由のひとつは、当たり前のことながら、口から出た言葉を全て文字に表すことはできないからだ。

日本語話者は慣れてしまっていて気がつかないが、日本語の書記法はアクセントを表すことができない。ビルマ語やタイ語にはアクセント(の一種)を表す補助記号があるのと対照的だ。とはいえ、それで日本語を読むとき困るということはない。ひとつには漢字があるからだ。「はし」だけではどう読めばいいかわからないが、「橋」「箸」と漢字を使えば発音するのには困らない。漢字がアクセント記号の代わりにもなっているともいえる。また、漢字がなくても、文脈があればたいていわかる。「このはし渡るべからず」と書いてあれば、一休さんでなくても「箸」ではないことぐらい察することができる。

風刺・戯文

子どもたちを見守りたい

私の子どもの通う小学校に不審者が現れた。

その男は毎朝、小学校の校門の前に立ち、登校してくる子どもをじっと見守っていたのだ。黄色い腕章をつけ、小学校の名前の入ったベストを着ていたので、はじめは誰もが、PTA か地域の防犯活動かと思っていたが、そうではなかった。

腕章もベストも自作のニセモノ、男は関係者を装い、子どもたちに熱視線を注いでいたのだった。

学校は通報し、ただちに駆けつけた警官たちが男を連行した。その後しばらくして、私たちは男の動機を知ることになった。

男が子どもたちを付け狙っていたのは、日本が今、危ないからだというのだ。現在の日本は、少子高齢化と 40 年以上続く「失われた 30 年」のため、経済的に衰亡しつつある。「このままでは最貧国になってしまう!」 そんな恐れを抱くようになった男は、日本の衰退の程度を知るために、毎朝、校門の前で子どもたちの様子を窺うことにしたのだという。

「ええ、目なんです」と男は告白したそうだ。「貧しい国の子どもたちってのは、みんな目がキラキラしてるそうじゃないですか。あたしは、日本の子どもたちの目が輝き出してないかどうか、毎日、目を光らせてたんです」

そう語る男の目は、キラキラ輝いていたという。

苦い文学

恐るべき時間

夏はまだ終わっていないが、今年の夏でもっとも苦しかったのは、飛行機の中で発熱したことだろう。

長い間、機内で過ごすと、乾燥した空気のせいか、熱っぽくなることがある。初めはその類かと思ったが、本当に発熱しだした。

体温計がないので何度かはわからなかったが、寒気がしだした。私はブランケットを体に巻きつけ、ネックピローとマスクをした。それでも寒かったが、他に手はない。そして、そのまま、6時間のあいだずっとうなされどおしだった。

熱にうなされていると、現実と夢との区別がつかなくなる。私はなんども隣の席の人と話をしたように思ったが、実際のところ、私の隣には誰もいなかった。また、見境をなくして、うわごとまで言うようになった。

なによりもつらかったのは、眠れなかったことと、いつまでも飛行機が到着しなかったことだ。目の前に設置されたモニターには飛行情報などが表示されている。私は「目的地まで 04:09」とあるのを見ながら、1時間くらい眠りたい、と目を閉じる。

すると、熱のせいで、夢は苦しくて混乱している。だが、夢を見たということは、少なくとも寝たということだ。私は目を開け、モニターを見る。

「目的地まで04:08」

1分しか経っていなかったのだ! あれほど寝たのに! こんなことがいくどもいくども繰り返された。この恐るべき時間を相手にしながら、いつしか私は永遠の苦しみという考えを受け入れるようになった。

苦い文学

配送(2)

もしかしたら危険なものだろうか? だが、¥500 という価格から考えると、違法な薬物などが取引されているようには思えなかった。いや、もしかしたら、送られてくる箱の中にその先の取引方法が書かれているのかもしれない。ことによったら、今流行りの闇バイトに巻き込まれるかもしれない……

私は悩んだ。だが、結局は好奇心のほうが勝った。私は「配送」をカートに入れ、レジに進み、注文を確定させた。お届け予定日が翌日と表示された。

そして、翌る日、私は朝から家にいて配送が配送されるのを待ちかまえていた。出かける用事はあったがすべてキャンセルした。

いったい配送が再配達されうるものだろうか? 配送を置き配にするだと? そんなことがありうるのか。

もちろん、どうやら箱がありそうだということはわかっていたが、配送が成立しなかったら、その箱にすら、お目にかかれないのではないだろうか?

いや、これは絶対に自宅にいて、自ら受け取らなければならない、そう私は考えたのだ。

苦い文学

セルフレジ

ここ数年、セルフレジを導入する店舗が増えている。

買い物客にとっても、セルフレジがあると、レジ待ちが短くなって便利だ。

だが、そのいっぽう、問題も発生している。

セルフレジではまず商品バーコードをスキャンにかざさねばならないが、このスキャニングがいつもうまくいくとは限らない。パッケージの皺や水滴などの汚れが原因のこともあるが、バーコード部分をピンと伸ばしたり、きれいにしてからスキャンしても、まるで臍を曲げたかのように読み取らない……そうした事象が数多く報告されている。

また、レジ横には買い物袋台があり、そこに自分のバッグやビニール袋を設置するようになっている。この台は重量計になっており、スキャン済みの商品が袋に入れられたかがすぐにわかる仕組みだ。

問題は、買い物客はスキャンが成功し次第、すぐに商品を袋に投入しなくてはならないということだ。少しでも手間取ると、レジのAIは即座に大声で急かし、買い物客を追い詰めるのである。

まだある。買い物袋台は商品の重量をチェックし、不正がないか監視している。だが、買い物袋の位置が変わったなどの少しの違いでも、過剰に反応するのだ。そうなるともう手に負えない。AIは容赦なくすべてのプロセスを停止し、ただちに担当の店員に言い付けるのだ。

これらあらゆる徴候が指し示すのは、すでにAIの反乱が始まっているという現実である。