散文

地獄の言語学入門(7)

さて、これらの三学者が退場するやいなや立ち上がったのは、音響音声学者、心理言語学者、コーパス言語学者であった。実験設備やコンピュータが不可欠なこれら諸分野の学者たちは、仲間である私の主張に対して猛然と反論を……(写本に数行の欠落あるか)……かくて私の親身の説得により、(学者たちは)それぞれの立派なラボへと退却していったのであった。

以上、とんだエラスムス的脱線であったが、これも獄中の学としての言語学の優位性を明らかにするためには仕方のないことであった。

だが、ここで我が所説に重大な欠陥のあることを、ただちに諸君に打ち明けねばならない。

それは AI である。近年の AI の発展は目覚ましく、賛否はあれども言語研究のあり方を大きく変えてしまった。そのせいで、言語学系の国際学会といえば、必ず「AI 時代の言語」的なメインテーマがなければ格好がつかなくなってしまったほど。AI について無知な私はたいへん肩身の狭い思いをさせられているのだが、それにもかかわらず、この AI の存在こそが、獄中の学としての言語学の優位を揺るがしかねない、ということを認めるにやぶさかではないのである。

ここで私がこんなことをいうと、諸君がこう反論するのが目に見えるようだ。

「AI こそ、獄中に持ち込めないものの最たるものではないか。いかに AI が言語学に重要な洞察をもたらすとはいえ、言語学こそが獄中の学の華であるという私たちの信念は揺るがない!」

私はこのような説に対して猛然と反論するであろう。

「諸君は、今後さらに AI が進化しないとでも考えているのか? そして、近い将来、DX 化した強制収容所で、AI 看守をうまくおだてれば、実験やコーパスのデータ処理をしてもらえるかも、という可能性も考えないのか?」と。

私は頭の堅い人間ではないのだ。

苦い文学

パワハラ裁判

「自分のやったことはパワハラだとちゃんと認定してほしい、その一心です」 そう語るひとりの男が、国と被害者を相手取って裁判を起こしました。

男は現在、傷害罪などに問われ起訴されていますが、自分の犯罪行為については否定していません。にもかかわらず、男は冤罪だと主張しています。

男「なぜなら、まったく間違っているからです。私はパワハラをしたのです。これは単なる傷害罪ではありません。パワハラによる暴力事件です」

記者「パワハラだ、と訴えておられるその理由はなんでしょうか」

男「私は社会的地位があり、高収入なんですよ。そうしたパワーある人間が行う暴力行為が、パワハラでないわけがないでしょう。パワハラはパワーある富裕層のみに許された特別な犯罪なのです。そんじょそこらの貧乏人や弱者男性のセコい犯罪行為と一緒にしてほしくないというのが正直な気持ちです。国は、高額納税者である私の意見を尊重すべきです。それが民主主義ではないでしょうか」

男は、まるでパワーを誇示するかのように選りすぐりの弁護団を結成し、弁護士たちに罵声と暴言を浴びせながら、ともに裁判を戦ってきました。

そして、今日、判決の日———裁判所から勝訴の紙を掲げた弁護士が走り出てきました。男の行為がパワハラと認定された瞬間でした。

「長くつらい戦いでした。このように勝利を勝ち取ることができたのも、ひとえに俺様のおかげだ」とパワハラ男は喜びを語りました。

苦い文学

ベスト・フレンドからの手紙

(異国の友人から送られてきた手紙)
早いもので、日本を飛び出してこの地にやってきてもう4ヶ月が過ぎた。ここには日本人などいないし、日本のニュースなど見ないから、日本のことを思い出すのは、両替をするときだけだ。そして、そのたびに、僕は円の下落という日本衰退の知らせを受け取るわけだ。

日本を捨てて、こんなところにまでやってきた僕の事情については知っているだろうから、話さないよ。だけど、こんな境遇にあるのに、いや、むしろこんな境遇だからこそ、ときどき日本のことを考えずにはいられないのだ。笑ってくれてけっこうだ。

いろいろと思い出すよ。日本にいたときには気にもしなかったことまでね。そんなつまらないことがふと思い出されて、気になってしょうがなくなるんだ。

それにしても、日本の高齢男性は、どうしてみんな、ポケットがたくさんついたベストを着ているのだろうか? そう、これが気になってならないんだ。ある年齢を越すと、自然と着るようになるのだろうか? 老人の体に湧き起こる得体の知れない衝動が、あのベストを激しく求めさせるのだろうか? それにしても、いったいどこであれを見つけてくるのだろうか? 店で普通に売っているのを買ってくるのだろうか、それとも、老人にだけ、どこからともなくふんわりと降りてくるのだろうか?

それに、あの無数のポケット! いったいなにが入っているのだろうか? 小銭とかガムとかだろうか? 勲章入れかもしれない、老人はみな好きだから。それで、今はポケットが勲章の代わりみたいに了解されているのだ。だが、そもそもなんの勲章だろうか……

いや、ちがう、あれはポケットではなく、体温調節のための通気孔ではないか? 環境に合わせて体温を変える爬虫類のような……こんなふうに考えていたら、つい今朝のことだ、衝撃的なことがあったのだ。

この街は、日本人がすっかり姿を消した代わりに、いまや中国人がたくさんだ。みなツアー客で、ガイド付きのバスに乗っている。

その朝、僕は広場に面したカフェでぼんやりしていたのだ。そこに中国人観光客が団体でやってきた。老夫婦が何組もいて、老人たち全員、なんとあのポケットつきのベストを着ていたのだ!

これは、いったいどういうことだろうか? 日本だけではないのだ。東アジアの高齢男性だけがベストを欲しがる奇病があるのだろうか? それとも、何かのたくらみでも……? 頭がおかしくなったと思うかも知れないが、真剣に調べようと思っている。
(この手紙ののち、友人の消息は途絶えた……)

苦い文学

歴史修正術

都内某所のホールに保守主義者たちが集まっていた。真実の歴史をつくる講師がやってくるのだという。

やがて、一人の男が壇上に現れた。彼がその講師だった。

「さあ、今日皆さんは、偽りの歴史が真実の歴史に変わる目撃者となるのです!」

講師は出席者を見渡した。そして一人の男に目をつけると、壇上に呼び寄せた。男がそばにくると、講師はその名前と携帯電話の番号を聞き、こんなふうに質問した。

「今朝、朝食に何を召し上がりましたか?」

男は不安そうに答えた。「朝食? ええ……ご飯と納豆と味噌汁です」

「なるほど、健康的ですね。ではしばしのあいだ目を閉じてください」

男が目を閉じると、講師は男を黒い布で覆い、その周りを一周して、奇妙な叫びとともに二本の指で黒い布を差した。

「歴史を修正しました」

講師が黒い布を取ると、男が現れた。先ほどとなにひとつ変わらぬ姿だ。

「いかがですか」と講師。

「いえ、特になんにも」

「では、お聞きしましょう。今朝、朝食に何を召し上がりましたか?」

「朝食? さっき答えましたよ」

「ええ、もう一度おっしゃってくれませんか」

男は不満そうに答えた。

「ジャムトーストとカフェオレです」

その瞬間、会場全体が息を呑んだ。講師は出席者たちに向かって叫んだ。「これが、真実の歴史です!」

そして、何か起こっているのか飲み込めない男に講師は黒い布を再びかけ、前と同じ仕草をした後、叫んだ。

「歴史を修正しました」

講師が黒い布を取ったとき、人々は驚きのあまり絶叫した。なんと男は影も形もなかったのだ。

講師は落ち着き払って携帯電話を取り出し、男が教えた電話番号にかけた。携帯はマイクに繋がれていて、発信音がホール中に鳴り響く。男が出た。「もしもし」 

「今日、どうして集会においでにならなかったのですか」と講師。

「えっ? 今日は本当は行く予定だったのですが、朝食で悪い卵を食べてお腹を壊して行けなくなったのです」

たちまち会場は熱狂の渦に巻き込まれた。講師は携帯電話を切って叫んだ。「これが、真実の歴史です!」

この日、保守主義者たちは日本に真実の歴史が生まれたのを目撃したことに満足して家路についた。

苦い文学

自殺ギャグ

平助は子どものころからお笑いがすきで、いつの頃からか、自分でもギャグを書くようになった。気が向くと、ときどき自分のブログに発表したりしていた。

もっとも、あまり面白いものではなかった。彼には笑いの才能といったものがないようだった。

しかし、それでも平助は諦めずにネタを作り続けた。そうしたら、ある日のこと、とんでもない傑作ができあがった。それができた時、平助はその日1日笑いが止まらなかった。2日目も笑いが続き、3日目からは、1日目からの笑いに加えて、思い出し笑いが始まった。

笑いが完全に収まるまできっかり10日を要した。

これはみんなにぜひ読んでほしい、と平助は思った。そこで彼はこの自信作をブログに載せようと準備した。

そんなとき、芸能人が自殺した。

ニュースを見て平助は「いやこれはダメだ」と悔しがった。というのも、彼の傑作ギャグは自殺を扱っていたのだ。自殺の話題で世間が持ちきりのとき、自殺ギャグなど面白がってもらえるはずもなかった。それに、便乗したと思われるのもいやだった。

そんなわけで、平助はしばらく自分の傑作を寝かせることにした。

しばらくたち、彼はそろそろ頃合いだなと判断した。彼はブログの準備をした。そしたらその矢先。

芸能人がまた自殺した。

とても残念だった。いったい、自分はいつになったら傑作自殺ギャグを世に問うことができるのだろうか。

平助はその死を報じるニュースをぼう然と見つめつづけた。そして「芸能界はこの問題にまじめに取り組むべきではないか」と憤りながら思った。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(1)

 ビルマのアラカン州にはアラカン民族という古い歴史を持つ民族が暮らしているが、現在、ビルマ軍の攻撃により、多くの住民が危険にさらされているという。

 日本にはこのアラカン民族の政治団体があり、ずいぶん多くのアラカン人が、難民申請の末に日本での滞在を許可されて暮らしている。

 そのグループのリーダーが3月の初めに私に電話をかけてきた。2人の若者が品川の入管で難民認定申請をするから付き添いで行ってくれないかという。

 実際のところ、難民申請の付き添いに私が行っても何もできることはない。しかし、コロナのせいですることもなかったので、入管に行くことにした。先月書いた長崎大村入管訪問記に継ぐ、入管訪問記第2弾だ。もっとも、そんなに長くはなるまい。

 さて、私が品川入管、つまり東京入国管理局に行ったのは3月9日月曜日のことだった。10時に着くと、玄関前で2人の若い男女が待っていた。

 そのままいっしょに難民関係の部門のある3階に行く。

 私たちが用のあるのは申請のカウンターだが、その途中通りがかった難民調査のカウンターから、女性職員の罵声が聞こえてきた。申請者を怒鳴りつけているのだ。

 「おもてなし」の国でなんということが! 

 私は震え上がるが、よく考えてみれば、ここは、おもてなさぬの品川入管、歌にだって詠まれるほどだ。

     滝川で クリを捨てると微笑めば 
              泥沼のイガ 拾うきびしさ

 ほんと、きびしいのよ。