散文

地獄の言語学入門(3)

研究には、なにが必要だろうか。理系ならば、データが必要だ。そしてデータを集めるための観測機器、実験道具、データ処理のためのコンピュータもなくてはならない。これらは刑務所内では決して手に入らないものだ。

では、文系ではどうだろうか。心理学にしても、社会学にしても、経済学にしても、理系と同じだ。データがなくてはなにもならない。そして、その他の法律・政治・哲学・文学は、文献がなくては手も足も出ない。

あらゆる研究には対象があり、その対象を捉えるための環境が必要だ。だがどんな研究であれ、刑務所内に必要なものを持ち込むことはできない。たったひとつ、言語学をのぞいては。

なぜなら、言語学の研究対象は、言語そのものであり、言語学者自身がその言語の使用者であるからだ。

言語学者はどんなに厳重な牢獄でも、言語を難なく持ち込むことができる。刑務所のどんなに高い壁も、恐ろしい番犬の群れも、激しく動き回るサーチライトも、見回り兵たちの銃撃も、言語を怯ませることはできない。

言語は、囚人たる言語学者の頭の中にすっぽり収まって、頭蓋骨に護送されながら、堂々と正面から検問を突破する。

苦い文学

Maseki Geinin Collection 2025春夏

ナイツ、三四郎、モグライダー、きしたかのなどのマセキ芸能社の主だった芸人に、何組かの他事務所の芸人16組が出演するライブが、銀座ブロッサム中央会館で開催されたので、行ってみることにした。

芸能界に疎い私でも知っている人ばかり出るのに、チケットは売れ残っているようだった。なのに、きしたかのの単独公演などはすぐに売り切れてしまうのだから不思議だ。なんにせよ、オープニングトークで「2階席のほうは見ないように」とのお達しがあった。

どれも面白かったが、モグライダーは『101回目のプロポーズ』のネタで、私はライブで見るのは2回目だが、1回目と同じように楽しめた。ルシファー吉岡は去年の R-1 での菅田将暉のネタだったが、これも二度見るに値する。トリはナイツで、いつもながらの感じで、拍手が一番大きかった。他事務所では男性ブランコがさすがというネタ(エアドロ)で、これも大ウケだった。しかし多忙なのか、この二人だけオープニングにもエンディングにも顔を出さず、まるで夢のようだった。

昨年の M-1 で準々決勝まで残り、そこから一気に知名度が上がったネコニスズもよかった。ネタの作りは準々決勝のものと同じだが、より良い出来で、今年の M-1 でも期待できそうな印象を受けた。赤ちゃん。

苦い文学

開眼(箱根の旅7)

見ると、小柄な老人が群衆の中をずかずかと歩いてくるのだった。その手には鎖が握られ、その鎖は後ろを歩く大男の首に巻きつけられていた。大男は獣のように喉を鳴らし、雄叫びを上げた。両目の上には黒い目隠しがあった。

老人は黒いパナマハットの鍔を人差し指でピンと上げると、私たち観光客を見回して、もう一度繰り返した。その口は奇妙に歪んでいた。

「見よ! 見よ! 新しい日本人を!」

そして、その老人は小さな体を震わせながら、演説を始めたのだった。

「日本人よ! いつまでこんな山を崇拝しているのだ! 一目見ようとつま先立ちになったり、自撮り棒とやらをありったけ伸ばして、その呆けたツラと富士をパシャリと収めたり、もういいかげんしろ! そんなだから我々は負け続けなのだ! 外国人にすきなように荒らされ、観光公害を耐え忍ばねばならんのだ! 我々は富士山にひれ伏してはならない! そんな日本人はもういらない。新しい日本人が必要なのだ! 富士山を見ても動じない、いやそれどころか、富士山と互角に渡り合える、そんな日本人こそ必要なのだ!」

老人は手に持った鎖をぐいと引っ張った。大男がキイイと呻いた。

「だが、今日、ついにそんな日本人が誕生した! みなさんにお目にかけよう! 我々は歴史の目撃者となるのだ!」

老人はさらに鎖を引き、男の顔を自分の近くまで寄せると、目隠しを解いた。あらわれ出た醜悪な顔に、悲鳴が上がる。

「さあ、ゆけ! 新しい日本人よ!」

「キイイ! キイイイ!」 大男は瞼を上げ、充血した眼球をあらわにした。その瞳から狂気が溢れでていた。

苦い文学

私のストレス解消法

日々の仕事に追われて、疲れが溜まり、心が鬱屈してくるたびに、私は新大阪行きの新幹線に飛び乗る。

そして、新大阪に着くや、向かうのは、駅のエスカレーターだ。大阪に滞在する間じゅう、乗って降りてを繰り返すのだ。

大阪に通うようになって何年も経つ。何度来たことかわからないが、私の大阪での休日の過ごし方はこれ以外にない。ユニバーサルスタジオも、たこ焼きも、吉本新喜劇も、新世界にも興味はない。ただエスカレーターだ。

ご存知のように、大阪と東京ではエスカレーターで立つ位置が違う。東京は左に立ち、大阪は右に立つ。私は東京の人間だから、エスカレーターでは当然左に立つ。だからこそ、大阪のエスカレーターで右に立つのが、楽しく、心踊る体験となる。

余暇とは心の解放だというが、私にとっては、凝り固まった東京の左から抜け出て、大阪の自由な右を体感するのが、この上ない余暇の過ごし方なのだ。

数年前、初めて大阪に一人で行き、おそるおそる右に立ったときの喜びと感動は忘れられない。それは、まさしく禁忌を破る痛快な体験だった。ドキドキは止まらず、足もガクガクと震えたが、私はすっかりこの快感の虜となってしまった。もう大阪に来た用事など忘れて、ひたすらそのエスカレーターを昇っては降り昇っては降りを繰り返した。それこそ何時間も夢中だった。

私が我に返ったのは、警官たちに呼び止められ、エスカレーターから無理やり降ろされたときだった。彼らは私の不審な行動に気がつき、盗撮かそれに類した卑劣な犯行の最中ではないかと考えたのであった。

私はあわてて事情を説明し、初めての体験に周りが見えなくなっていたと釈明した。すると、彼らは笑い出し、こう言った。

「東京からはあなたのような人がけっこうやって来るんですよ。ですが、同じエスカレーターに乗り続けるのだけはやめるように。駅にはあちこちにエスカレーターがありますよ」

私は自らの軽率な振る舞いを詫び、さらに親切な助言にも感謝をして、その日は東京に帰ったのであった。そして、その時以来、大阪はストレス解消の地となった。

大阪での滞在時間は、せいぜい14時間ほどだ。その間、私は新大阪駅とその近辺にある施設のエスカレーターで、最終便ギリギリまで遊びつくす。

そして、東京に向かう新幹線の中の私は、遊び疲れてはいるが、すっかりストレスから解放され、再びいつものように左に立つ気力に満ち満ちている。

苦い文学

第二の人生

次のニュースです。

(都内某所で、しょぼくれた老人たちがデモを行っている様子)

「第二の人生など迷惑なんだ!」「そのとおり!」

「第二の人生反対!」

なにやら聞き慣れぬメッセージを叫びながら気勢をあげる高齢者たち——

人生100年時代を迎え、第二の人生を楽しむ人々が増える中、第二の人生に反対する活動が波紋を呼んでいます。

デモを企画したのは、全国のしょぼくれた老人で作る「第二の人生阻止協議会」。その名の通り、第二の人生を阻止するために結成されました。

(デモ参加者)「私はいつか本当の人生が始まると考えて生きてきました。なのにその人生が始まる前に第二の人生だって? とんでもありませんよ」

(リポーター)「おいくつですか」

(デモ参加者)「当年とって76です」

デモに参加するのは高齢者ばかりではありません。なかには50代も———

(50代のデモ参加者)「私は長い間、無職でぶらぶらしていましたが、ついに天職を見つけたのです」

(リポーター)「それはなんですか」

「そば職人です。今そば打ちの修行をしているのですが、本当に腹が立ちます! 周りが『第二の人生でそば打ちなんて素敵ですね』なんて。いやこっちは第一の人生これからなんですよ。(いきなり叫び出す)第二の人生でそば打ち反対!」

(しょぼくれた老人たち)「そば打ち反対!」「悠々自適反対!」「いきがい断固拒否!」

同団体は今後、国を相手取り「第一の人生」の返還を求めていく方針です。

散文

日本語教育能力検定試験やよのさ(5)

 音声学を初めて勉強する人は、遠慮会釈なく現れる口腔断面人間に恐れをなすことだろう。

 恥ずかしげもなく口の中を晒すこの人物はいったい誰なのか。IPAの回し者だろうか。それになぜいつも左を向いているのか……。だが、この問題には決して立ち入るな、と警告させていただこう。なぜなら、試験には決して出ないから。

 そんな暇があったら、口腔断面図を何枚も書いたり、用語や謎めいた音声記号を覚えるのだ。だが、もっと大事なのは、実際に発音したり、音声の違いを自分の耳で聞き取ったりすることだ。

 私が大学で音声学を学んだときに、上達するのには「頭の柔らかさ」が必要だと告げられた。まさしくその通りだ。我々は日本語の発音を無意識に行なっているが、その無意識に行なっていることを意識化するには頭が柔軟でなくてはならない。

 だから、発音や聞き取りの上達には、学歴とか年齢とかは、あまり関係ない。先入観にとらわれずに物事を捉えているか否かがものをいう。それができれば、有声摩擦音の「ザ」と有声破擦音の「ザ」の区別などお茶の子さいさいだろう。

 私は残念ながら、頭が硬いのでいまだに「巻き舌」の「ラ」には苦労させられる。頭が硬いと舌も硬くなるのだ。柔軟な人は舌も柔らかい。極上タンだ。

 しかし、一番安いサービス・タン塩だからといって、諦めてはいけない。口さえあればどこでも練習できるのだ。外を歩きながら、電車の中で、そして、買い物中に、「巻き舌」の「ラ」や「軟口蓋鼻音(鼻濁音)」の「ガ」を練習するのだ。人にどう思われたってかまやしない。むしろ人が遠巻きになるので、安全なぐらいだ。

 ただし、「コ」と「ロ」と「ナ」をセットで発音練習するのは今のところ自粛しておいたほうがいいだろう……。

こいつは付き合い方によっては頼もしい味方だ。