小説

孤独なダンサーたち(4)

その男は、駅前広場の真ん中の暗がりのなか、異様なダンスを孤独に踊り続けているのだった。

コレオグラファーは、思わず孤独のダンサーに歩み寄った。そして、その脇に立つと、彼のように踊ってみた。それはまったく簡単な踊りだった。だが、すぐに自分の振りが似ても似つかぬものであることを悟った。昔、子どものころ、憧れのアイドルのダンスを真似て、思い通りに体が動かなかったときのもどかしさが蘇った。それから何十年経っただろうか。どれだけ彼はこの肉体の芸術について修練を積んできたことだろうか。その彼は今、まるでダンス初心者に戻ったかのような異常な感覚を味わっていた。急に立ち現れた未知のダンスへの畏怖に満たされた彼は、もはやダンサーに声をかけずにはいられなかった。

ダンサーは、まるで銃撃でもされたかのように肉体を痙攣させ、ダンスをやめた。そして、周囲を呆然とした表情で見回した。コレオグラファーはダンサーの前に立つと、賛嘆の念を伝え、驚くべきダンスについて尋ねた。だが、その瞬間、ダンサーの目は光を失い、コレオグラファーにのしかかるようにくずおれたのだった。

苦い文学

説明するときに無理する人

発達障害とは「脳機能の発達に関係する障害」ということですが、近年、発達障害だとされる子どもが増加しているそうなんです。昔はいなかったのに、最近になって増えているとはどういうことでしょうか。そのことをみなさんにちょっと考えてほしくてこうしてお話ししているわけです。

そう言いましても、みなさんにお考えがあるとは思えないので、私なりに説明してみましょう。

私は、これは教育の場において体罰が追放されたことに関係があると思っています。昔も発達障害と診断されるような子どもいたに違いありません。これは確かです。ですが、そうした子どもは発達障害だと考えられなかったのです。

なぜか。それは、教師に殴られたからです。非常に激しく、強烈に何度も何度も殴られたからです。この殴られた衝撃が、頭に良い効果をもたらし、矯正されたのです。いや、当時の言葉を使えば「性根が叩き直された」のです。体罰には高い教育的意義があったのです。

もちろん、殴られた衝撃が悪い効果をもたらした場合もあったかもしれません。ですが、そうした場合はほぼ確実に子どもは死んでしまったものでした。そのため、発達障害として数えられることはなかったのです(昔は子どもがたくさんいたので、少しぐらい死んでもあまり気にしませんでした)。

だから、体罰を悪だというのは非常におかしな考えです。というのも、体罰を悪者扱いしたせいで、こんなにも発達障害がのさばる日本となってしまったのです。このままでは体罰禁止のせいで日本は滅びてしまうでしょう。

それに、でなければ、どうして昔の教師があんなに殴ったのか説明がつかないじゃないですか。小中学校のころの私が毎日、あんなにも激しく残虐に殴られたのはなんでだったのでしょう。それで私は治ったのです。じゃなきゃ意味がまったくないではないですか……さんざっぱら殴られたせいで人生が破壊されたのに、そこに治ったというせめてもの甲斐がなければ……ううバカみたいではないですか……バカみた……

苦い文学

YO LA TENGO

今年の初め、家族に病気の者があって、つきそいで何度も病院に行った。大きな病院で、たくさんの患者がいる。

老人ばかりだ。これらの老人を見ているうちに、私はあることに気がついた。みんな痩せているのだ。

そこで私はこう考えた。「太った老人がいないということは何を意味するか。つまり、太った人は老人になる前に死んでしまうのだ」

決して痩せているほうではない私にとっては大問題だ。

これが偽であることを示すには、ひとり太った老人がいればいい。だが、私にはまったく思い浮かばなかった。いろいろ考えているうちに、アメリカのバンド、NRBQ のギタリストだった Al Anderson のことを思い出した。通称 Big Al Anderson と言われるくらい大柄な人だ。年齢を調べてみると、70 代後半だ。これで一安心だ。が、念のため、YouTube で検索してみて、愕然とした。

もはや big とは言えない健康的な体型だったのだ!

ここで捜査はふりだしに戻った。だが、このことを友人に話したら「太った老人は病院になど来ないのでは」との指摘をいただいた。その可能性もあろう。

ところで、私が NRBQ を知ったのは、Yo La Tengo のカバーした Magnet を聞いたのがきっかけだ。その Yo La Tengo が 11 月 6 日、恵比寿に来るというので、見に行ってきた。

音源を聴いていてはわからなかったが、ライブではとても激しく、それでいて丁寧で誠実さのある演奏だった。

おもにベースを担当している James Mcnew もけっこう大柄で、「これは!」と思ったが、実際は私と歳は変わらないのであった。

音楽

ビートルズ名曲第1位

大尉が尋問室に入ると、兵士が「こいつ、まだ吐かないのです」と言いながら、中央に座らされた男を指差した。

血まみれのその男は死んでいるように見えた。

大尉は調書を見た。「一番好きなビートルズの曲:レット・イット・ビー」……こいつは手強そうだ。彼は兵士に告げた。

「電圧を上げろ」

「しかし、大尉どの、それでは……」

「やれ」

兵士が取り掛かると、男は凄まじい悲鳴を上げ、まるでおもちゃのようにガクガクと震えた。

大尉は止めるように手で示す。そして、男に歩み寄り、その髪の毛を掴んで、顔を上に向けた。

「さあ答えるんだ。ビートルズのベストソングは何かね」

男はかすれ声で言った。「ハ…ハニードント…」

大尉は、兵士に、男を連れ去るように命じた。

その日もまた、いくつもの尋問が大尉を待ち構えていた。

次は大学教授だった。「ヘイ・ジュード」がビートルズの名曲第1位だと学生に教えた罪で逮捕されたのだ。これは大した手間はかからず、一発殴っただけで「ユー・ノウ・マイ・ネーム」だと白状した。

「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を一番いい曲だからと知人に勧めていた女も連行されてきた。密告したのは実の息子だ。女はかなり拷問に耐えたが、結局一番は「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」だと認めた。

この日とくに骨が折れたのが、学生の活動家だった。彼の反抗的な態度を改めるのに、非常に激しい拷問を実施しなくてはならなかった。最終的に学生は「ヘルプ!」がビートルズのベストソングだというのは誤りで、本当は「Komm Gib Mir Deine Hand」だと供述した。

すべての尋問が終わった。大尉は、書記がまとめた1日の記録に満足げに目を通し、署名をすると、尋問室を出た。

自宅に戻り、制服を脱ぎ、一人で簡単な夕食を食べる。

……真夜中になった。大尉は、ドアの鍵がちゃんとかかっているか、窓がしっかり閉まっているか確認すると、蓄音機の前に立ち、ごくごく小さな音量で「イエスタデイ」を流した。

風刺・戯文

雨ゾン

ついさっきまで晴れていたのに、急に激しい雨が降り出した。

自分にはどれだけの時間が残されているだろうか。今、この手記を書きながら、私は思う。

なぜなら、この豪雨はやつらからの警告だからだ。やつらは、こうして雨を降らせて、傘を持つことを拒絶した私を脅かしているのだ。

彼らは私を決して許そうとはしないだろう。私の勇気ある告発によって、傘を通じて人類を支配しようとしている恐るべき秘密結社の存在がついに暴かれたのだから。

連中は、今、私を押しつぶそうとしている。秘密結社の権力を傘に着てだ。

連中は私に危害を加えようとしている。傘ばる物を投げつけてだ。

だが、私は屈しない。私たちの世界を邪悪な存在に奪われてはならない。

インターホンが鳴った。誰だ、こんなときに……やつらか、それとも……。私は息を潜める。

再びインターホンが鳴った! 私は意を決する。立ち上がるのだ、玄関に向かうのだ。よしんばそこに邪悪な存在が待ち受けていようとも……。

悪に抗うことはできても、運命には抗えぬ。

私は扉を開けるだろう。そして、命尽きるまで

(奇怪な手記はここで終わっている。玄関には Amazon の空箱が置かれており、中にレインコートの納品書が残されていた……)