旅・観察

犬の友だち(5)

男がどんな経緯でこの街角で暮らすようになったのか、そして、犬との関係がどのように始まったのか、私は知りたく思っていた。

男は、私の滞在するホテルのフロント係やガードとも挨拶する関係のようだった。だから、フロント係に聞けばなにか教えてもらえるかもしれなかった。私はいくどかその可能性について考えた。だが、いつもは話をしないフロントにそんな質問をするのはいかにも不自然だったし、たとえそれでなにか知り得たとしても、かえって味気ないような気がした。それに、私は男と犬のことを書こうとも思いはじめていた。ならば、そういう「取材」はなおさら悪趣味だろう。

ならば、本人から聞けばいいかというと、そうでもなかった。周りの人々とのやりとりからは、少し変わった人という印象を受けた。騒ぐわけでもなく、酒を飲むわけでもなく、いつも飄々としているが、だからといって、私にわかるように話してくれそうでもなかった。そもそも、用もないのに、ただ自分の好奇心を満たすためだけに、男に話しかけるのもイヤな感じだった。もっとも、私に車があって洗車を頼むというのならば話は別だ。だが、そうでない以上、男と犬の謎は、心の中でときおり取り出し、眺めるのがいちばんと思えた。

とはいえ、私と男のあいだに交渉といえるようなものがなかったわけではない。ある昼間、ホテル脇の小便臭い路地を歩いていると、すれ違いざまに「こんにちは」と声をかけられた。驚いて目を上げると、あの男が片手をあげている。私も慌てて挨拶を返した。このときの男は、黒いTシャツを着ていて、それで気がつかなかったのだ。数日はその姿のままだったように思う。

また、ある夜、ホテルの入り口に立っていると、少し離れたところの縁石に座っていた男が、私に声をかけてきた。

「バチャバチャ! バチャバチャ!」

彼の知るアジアの言葉のようだった。私は軽く頭を下げると、ホテルに引っ込んだ。

風刺・戯文

日本人ファースト党宣言

(以下は『日本人ファースト党宣言』からの抜粋)

……日本はどうしてかくも無惨に壊されてしまったのか。それには2つの理由があります。

ひとつは日本を壊したい勢力が存在し、この日本で活動しているからです。いやそう言うだけでは十分ではありません、この日本の政治とメディアを支配しているのです。これらの反日本勢力は、日本人のふりをして日本のために働いていると見せかけ、日本を破壊してきたのです。日本人ファーストの国を作るためには、私たちは、これらの敵対勢力を日本から一掃してしまわねばなりません。

では、そのためにはなにが必要でしょうか。私たち日本人が力を合わせること以外にありません。ですが、これこそが、日本が破壊されたもうひとつの理由なのです。日本の教育と伝統が破壊されたため、私たちは醜い個人主義者となり、国のために命を捧げる犠牲心を失ってしまったのです。

戦後、日本が高度成長を遂げたのはどうしてでしょうか? どうして、私たちは、戦後に勝利したのでしょうか? それはかつての日本人が自分を犠牲にして国のために働いたからです。考えてみてください、高度成長期の日本がどれだけ素晴らしかったか。外国人犯罪もなく、また闇バイト事件やネット詐欺もなかったのです。セクハラもパワハラもありませんでした! もし、私たちが自分を犠牲にして国のために尽くすならば、今にも日本は高度成長期に突入するでしょう。そのためには、日本人ファーストになって、国のために命を捧げなければなりません。

今の日本人に必要なのは、この自己犠牲の日本人ファースト精神です。全国民が一丸となって戦い抜く覚悟です。全員野球といいますが、全員が力と心を合わせれば、アメリカだろうが中国だろうが負けっこありません。なにしろ日本人ファーストの野球チームは、全員が1番ファーストなのですから……(以下略)

苦い文学

閉じ込めの夏

今年もまた、閉じ込めの夏がやってきました。ちびっこたちが地獄のような暑さの車の中に閉じ込められ、どれだけ泣いても喚いても、どれだけ熱い扉を窓を叩いても、誰ひとり助けに来ず、完全に忘れ去れられて、焼き殺される夏が。

「今年はいったい子どもが何人死ぬか、ズバリ当てましょー!」と、愉快な YouTuber たちが現れて、面白おかしく配信を始めました。

「15人!」「いや8人!」「ゾロ目の22だ!」

遊びとはいえ、みんな真剣です。というのも、みごと当てたら、賞金1億円がもらえるんです。YouTuber のひとりときたら、早くもそのお金をもらった気でいて、ガールズバーで豪遊の皮算用。ニヤニヤしながら「お願い、10人死んで!」だって。

「結果発表は9月31日! それまでにどんどん閉じ込めて!」と YouTuber が呼びかけたら、もう炎上どころの騒ぎじゃありません。日本中が激怒して、罵詈雑言を浴びせかけます。

「吊るせ! 子どもの命を粗末にする虐待 YouTuber どもを締め殺せ!」

YouTuber たちはせせら笑いました。「俺たちに文句言うのは、俺たちぐらい税金を払ってからにしろ、貧乏人が!」

こんなことを言うものですから、日本中がますます怒り狂います。あまりにも頭に血が上ったので、みんなゴジラみたいに口から火を吐きはじめました。

人々は不遜きわまりない YouTuber たちに向かって叫びました。「お前たちの居場所を突き止めて、絶対にぶちのめしてやる!」

それに対して YouTuber たちがまたカッとさせるようなことを言うものですから、炎上に次ぐ炎上で、結局夏じゅう燃え盛ったのでした。

そして、ついに9月31日がきました。この日、人々は2つのことを知りました。ひとつは、みんなが注意深くなったせいで、その夏ひとりも閉じ込められて亡くなる子どもがいなかったこと。そして、もうひとつは、この不埒な YouTuber たちのアジトがついに突き止められたこと。

人々が突入してみると、そこには配信機材に囲まれて小さな観音様の像が立っていたということです。

苦い文学

マスク派の逆転

近頃は、マスクを外して歩く人がどんどん多くなっている。また、都内に出るとマスクをつけていない外国人観光客でいっぱいだ。

これからもっと暑くなるから、ますます脱マスク派は増えていくことだろう、そんなふうに思っていたら、マスクをつけた謎の集団が出現し、駅や繁華街で「マスクを外すな!」と声高に訴え出した。道ゆく人にマスクも配布している。

その訴えるところはこうだ。

「我々は、コロナ禍の間じゅう、政府の要請に従い、しっかりマスクをつけてきた者である。そして、コロナ禍の終わりの見えたころに厚労省が出した『マスクの着用は、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本』という方針にも賛同し、脱マスクの先駆けとならんと志してきた。しかし、今、我々はこの方針にもかかわらず、マスクをつけるべきだ、との結論に至った。

「その理由は、コロナ禍の最中、マスクを拒否し、それどころかマスクをつける我々をあざ笑ってきた連中、そして、そのことによってコロナを防ぐどころかコロナの跋扈に手を貸してきた陰謀論者が、こう言うのを聞いたからである! 『結局、みんなマスクを外しているではないか。マスクなど意味のないことは初めからわかりきっているのだ』

「あきれたことに、連中は、我々がマスク着用を通じて得たコロナに対する勝利を直視するかわりに、愚かにも『ほれ見たことか』と我々を嘲笑しているのである! そこで、我々はこう決意した。今、マスクを外すことは陰謀論を利することにほかならぬ、と。なぜならば、陰謀論はコロナよりももっと恐ろしい疫病であり、それがもたらす死者もコロナの比ではないからである!」

この逆上ぶりに市民は不安がるばかりだったが、実際にはそう心配するに及ばなかった。というのも、新たな陰謀論がでまわり、これを信じた陰謀論者たちがいっせいに外に飛び出してこう叫んだからだ。

「外国勢力が日本人にマスクを外させることで属国化しようとしている! マスクをつけろ! 脱マスクは反日!」

件のカルトじみた反脱マスク集団は、たちまちもとどおりの穏健な脱マスク派に転じ、それぞれの手堅い暮らしに帰っていった。

苦い文学

銅像の時代

いわゆる東大生とは違うのだが、私はかつて本郷の東京大学で学んだことがある。

本郷キャンパスは、日本で最も古い大学施設の一つで、古びて味わいのある校舎が並んでいる。これらは歴史的な価値のあるものだから、壊して建て直すというわけにはいかない。外見はそのままに、内部を改修改築して使っているのである。

そんなわけで、建物によってはまるで迷路のようになってしまったものもある。うっかりすると出口がわからなくなってしまう。私もいくど迷ったかしれない。

あるとき、地下にある購買部に行こうと階段を降りると、見覚えのない回廊に出た。薄暗いその回廊を歩いていくと、白い円柱に挟まれたカウンターがあり、一人の老いた男が座っているのに気がついた。

私が道を尋ねようと声をかけると、老人は顔に歓喜を浮かべて叫んだ。

「お待ちしておりました! ご用命くださればただちに取り掛かります」

だが、私が事情を話すと、老人はかわいそうなぐらい悄気てしまった。私は気の毒になった。円柱には古びた木の板が取り付けられていて、そこには「銅像部」と書かれていた。私を客かなにかだと勘違いしたのだ。

「すいません。購買部に用があるのです」

「購買部ならこの廊下の先を曲がったところだよ」

「銅像部というのは何なのですか」

「銅像部では、功績ある学者先生の銅像の注文を受けつけるのだ」と老人は重々しく告げた。

私は大学構内にある数々の銅像を思い浮かべた。「ああ、たくさんありますね」

老人は自慢げに胸を張った。「そうだ、濱尾新先生、三好晋六郎先生、山川健次郎先生……、すべてこの銅像部の製作によるのだ」

「ずいぶん昔の先生方ですね」

「そうなのだ」と今度は肩を落とした。「昔は東大といえば銅像だった。だが最近ではもう……」と老人はぶつぶつと昔語りを始めた。銅像華やかなりしころの先先代の逸話、早稲田の連中に銅像づくりの技を盗まれた顛末、戦時中の供出で失われた傑作の数々、先代から始まる凋落と、今にまで続く忘却の時代……。

「何十年もここで銅像の注文をお待ちになっているのですね」

老人は私の質問には答えず、唸るようにつぶやいていた。「もう、銅像は時代遅れになってしまったのだろうか? それとも、銅像に値するような立派な先生が払底してしまったということなのだろうか……」

私はただ曖昧な笑みを浮かべ、一礼すると歩み出した。背後の老人の悲しげな呻き声がどこまでも私を追いかけてくるように思えた。

私が東大にいた時期はほんの短いもので、再びこの「銅像部」を訪れる機会はなかった。だが、先日、数十年ぶりに、本郷キャンパスに行く機会があり、ふとあの「銅像部」と老人のことが思い出された。

私はあの地下の階段を降り、再び薄暗い回廊に出た。そして、その回廊の先の、白い円柱に挟まれたあの場所に立った。カウンターも、老人も、「銅像部」の看板も何もなく、ただ立派な3Dプリンタが置かれているだけだった。