風刺・戯文

独身をつらぬく男

こんにちは、独身をつらぬく男です。

現代の日本では、未婚率は年々上昇し、独身はすでに当たり前となりました。今やどこにでも独身が溢れています。独身の人々が人生を楽しんでいます。まるで、独身であることが、劣っていると見られていた時代などなかったかのようです。

「独身をつらぬく」とは、そうした古い時代の名残りです。そうした時代には、結婚だけが唯一の選択肢であり、それ以外の道を歩こうとするものは、大変な苦労をしたものでした。ですから、独身は「つらぬくもの」とされるほど、覚悟のいることでした。

現代は、そうした苦労がなくなったかわりに、独身をつらぬくこともなくなってしまいました。皮肉にも、独身の認められた現代ほど、独身をつらぬくのに困難な時代はないのです。

私、独身をつらぬく男は、今、この独身をつらぬく行為を復活させようと奮闘しています。現代では、それはほとんど不可能な行為かもしれません。ですが、試すだけの価値はある、と私は考えています。

なぜなら、不可能だとわかっていても真剣に挑み続ける、この私のひたむきな姿を見て、胸をときめかせる女性がきっといるはずでしょうから……。

風刺・戯文

おさるのジョージ

「おさるのジョージ」は1940年代に発表された子ども向けの英語作品で、原題を「Curious George」という。アニメ放送もされている有名なシリーズだ。タイトルの通り好奇心旺盛な霊長目のジョージが、人間社会で大騒動を起こす。例えば、郵便配達の真似をして郵便物をデタラメに配ったり、ケーキ屋さんになりきってキッチンをめちゃくちゃにしたり……だが不思議といつも最後には丸く収まるのだ。

物語には「黄色い帽子のおじさん」という男性も出てくる。この「黄色い帽子のおじさん」は帽子のみならず全身黄色の服を着た奇妙な人物だが、彼こそが、ジョージを未開の地で発見し、先進国に連れてきたのだ。この登場人物はジョージの友人であり、また指導者の役割も担っている。

現在、この「おさるのジョージ」が炎上しているという。とくに「黄色い帽子のおじさん」には、日本中から猛烈な批判が寄せられている。アニメ放送も先日以来休止したままだし、愉快なグッズの数々も店頭から撤去された。

批判する人々によれば、おさるのジョージとは日本人のことなのだという。「おさるのジョージ」は、野蛮な日本人を文明人が教え導くという差別的な内容である、と非難するのだ。彼らはこう叫ぶ。

「あの黄色い帽子のおじさんを見よ! 白人たちが彼に黄色い服を着せたのは、黄色人種に対する当てこすり以外にありえない!」

ここで批判者は決まって、白い帽子に白いスーツ姿の男の画像を示す。「ほら、もともとは白服だったのに、猿の影響で黄色くなったという設定の証拠がこれだ!」

私たち、ファクトチェック委員会が調査したところ、この出所の怪しい画像は、「おさるのジョージ」とはまったく関係がなく、クレイジーケンバンドの横山剣氏であることが確認された。

小説

許さないのは人類の罪

私は感謝します。私に再び生きる自由を与えてくれたこの社会に感謝します。

私は人を殺しました。自分でも思い起こすのが苦しいくらい残虐に殺しました。そして、私は逮捕されました。

逮捕されたとき、私にはもう希望はないと思いました。殺人犯として終身刑を宣告され、一生刑務所から出られないと考えていたのです。ですが、違いました。警察に連行されたとき、偉い人が私にこう言いました。

「今、世界では暴力の連鎖が止まらないのだ。暴力が報復につながり、その報復がさらなる報復を呼ぶ。そんなふうに仕返しを続けていたら、どうなると思う?」

「どうでしょう」と私は答えました。「わかりません」

「人間なんてひとりもいなくなってしまうよ。だからこの暴力の連鎖を止めなくてはならないのだ。では、その連鎖を止めるにはどうしたらいいだろうか」

私は何も言いませんでした。

「許すことだ。どんなに苦しくても敵の犯した罪を許すことだけが、報復にストップをかけることができるのだ」

そう言いながら、偉い人は私の手錠を外しました。「さあ、自由に好きなところに行きなさい。私たちの社会は、暴力を根絶するために、すべての犯罪者を許すことに決めたのだ」

私が外に出るための支度をしていると、警察官たちがひとりの男を連れてきました。警察官たちは偉い人に何やら報告をしていました。その男はうなだれていましたが、ふと顔を上げた瞬間、私に気がつき、ものすごい形相で睨みつけ、やがて泣きだしました。

すると、警察官たちはその人を小突き、奥の方に引っ張っていきました。ずっとその人の泣き声が聞こえていました。偉い人は顔をしかめて、私に言いました。「よく覚えておくんだよ。あの男は、自分の子どもを殺されたのだ。それで、犯人を許せない罪の現行犯で逮捕されたというわけだ。許せないというのは、この社会に暴力をはびこらせる重罪だ。きっと終身刑を言い渡されるだろう」

私は偉い人を見て、こう言いました。

「あの人が、私の犯した罪を許さなかったことを私は許します」

それから、外の世界へと飛び出しました。

風刺・戯文

訃報の行方

江戸時代の歌舞伎役者の年表を見ていると、四十代で亡くなる人が多いのに驚かされる。今は、医療の進歩により、さすがに四十代で亡くなるのは「早世」の部類だが、それでも五十代ともなると死を覚悟するようになる。

私と同年代の友人で、長らく小学校の教員をしていた吉田という男がいる。私も彼ももういつ死んでもおかしくない年齢で、このあいだ電話していて、自然とそんな話になった。

「そのうち、どちらからか訃報がいくようになるだろうな」と私。

「そうだろうね」

私は吉田と共通の友人の名前をあげた。「俺の場合は、村田に、川口に、佐藤、そして吉田の四人に訃報が行けば十分だな」

「俺も村田、川口、佐藤」と吉田は続け、「それから、山田だ」と私の名を含めた。

「ちょっと待てよ」と私は彼が独身なのに気づいた。「俺の場合は家族と一緒だから、家族が訃報を伝えてくれるだろうけど、吉田は独りだろ。誰が訃報を俺たちに伝えてくれるんだ」

これを聞くと、彼は絶句し、無言になった。私はまずいことを言ったと思い、話題を変え、電話を切った。それからしばらくして、吉田からこんなメッセージが届いた。

【私の訃報連絡網】 吉田>川口>佐藤>村田>山田>吉田

小説

八重洲の髭剃り屋

東京駅の八重洲の地下街の一角で、髭剃り屋を営んでいる貧しい男がいた。髭を剃り忘れたあわてんぼうの紳士たちのために、彼は朝から晩まで働いていたのだった。

ある夜、一日の仕事を終えて帰り支度をしていると、上品な老人がやってきて、こう言った。

「すまないが、ひとつ仕事をお願いできないかね」

髭剃り屋は老人の顔が非の打ちどころなく剃られているのを見ながら答えた。「もう店じまいですし、私にできることはないようです」

「いや、私ではないのだ。それに店じまいするところならなおさら都合が良い。今からおいで願えないかね」

「こっちから出向くというのならば、割り増しをいただきますよ」と髭剃り屋は引き受けることにした。

老人は彼についてくるようにいうと、歩き始めた。彼は八重洲の地下を熟知しているようで、いつの間にか、髭剃り屋が見たこともないようなほの暗い地下道を進んでいるのだった。まるで迷路のような道のりで、どれくらい歩いたかわからないが、ある暗い地点で老人は壁に手を当てて操作をした。すると、壁が静かに割れ、光が差した。その中を見た髭剃り屋は思わず驚きの声を上げた。大きな部屋が広がっていたからだ。その部屋は美しく飾られ、まばゆく輝く照明がぶら下がっていた。

そして、部屋のソファに、ひとりの立派な男性が座っていた。髭剃り屋がおっかなびっくり足を踏み入れると、男性はやさしく微笑んだ。その顔には控えめな口髭があった。

「私の髭を剃り落としてほしいのだ」とその男性はさっそく告げたが、髭剃り屋はその表情、声、口調にいわく言いがたい悲しさが潜んでいるのを感じた。

「承知いたしました」と髭剃り屋は答えた。「ですが、どうしてお剃りになろうだなんて。とても似合っていらっしゃるのに」 

そう言いながら髭剃り屋が準備を始めると、客は静かな声で語り出した。自分には立派な兄がいて、その兄と区別するために髭を生やしてきたこと、だが、その髭のせいで、縁もゆかりもない人々から不当な非難や中傷を浴びていること、そして、自分と家族を守るために髭を剃る決意を固めたこと……。

髭剃り屋の支度が終わり、美しく磨がれたナイフがその手に握られた。

客はふるえる声で言った。「さあ、きれいさっぱりやってください」

髭剃り屋はナイフを顔に近づけたが、「やっぱりやめておきましょう」と言ってナイフを置いた。

「私は剃れと言われたら剃りますが、お客さまは心では剃りたくないとお考えのようです。それでは私は気持ちよく仕事をすることができません」

男性は紅潮した顔で見返した。

「それに」と髭剃り屋は続けた。「どんなに意地悪を言う人がいても、きっと応援してくれる人はいますよ。いや、味方はたくさんいるんです。たとえば、この私です」

髭剃り屋は道具をしまうと、一礼して部屋から出た。髭剃り屋は再び老人に連れられて地下迷路を歩き回り、馴染みのある八重洲の地下街に戻ることができた。

老人はいくばくかの手間賃を渡そうとしたが、髭剃り屋は、これがまた無駄遣いだとバッシングの種になってはと、気持ちだけ受け取ることにした。

風刺・戯文

MOTTAINAI

私たちの住んでいる市の中学校で、生徒が自殺した。原因はいじめだ。この悲痛なできごとをきっかけに、市民のあいだで市の教育のあり方を問い直す動きが生まれた。その結果、市長は深く謝罪するとともに、生徒の死を無駄にしないと誓い、「いじめ防止基本方針」を策定した。

また、私たちの市には魔の交差点といわれる場所がある。かねてから事故の多発する場所で、住民は長いこと市に対策を求めていた。市の反応は鈍いものであったが、先月、この交差点で児童の列にダンプが突っ込み、7人の犠牲者がでるという大惨事が起きた。ことここに及んで、ついに市は対策に乗り出した。市長は深く責任を痛感すると語り、こどもたちの死を無駄にしないためにも、市内全域の通学路の安全性を見直し、問題があればすぐに対策を講じると約束した。

コロナ禍による医療崩壊という出来事もあった。市の対応が不十分かつ適切であったため、多くの高齢者が亡くなったのだ。市長は直ちに記者会見を開いた。会見では、医療体制の充実を図ることで、高齢者たちの死を無駄にしない、と目頭を押さえながら陳謝した。

私たちは、次に死を無駄にされないのは自分ではないかと、もう戦々恐々なのだ。

風刺・戯文

ソーシャル・ディスタンス

コロナウイルスのまん延とともに、ソーシャル・ディスタンスという言葉も定着した。

このソーシャル・ディスタンスは「社会的距離」、ソーシャル・ディスタンシングは「社会距離拡大戦略」と訳される。だが、我々の社会においては、あらゆるものが社会的なのだから、社会的でない距離などないのではないだろうか。それをどうしてわざわざソーシャルというのか。私はこの言葉を聞くたびに、ばかばかしく思っていた。

この秋、私はだれ訪うことのない険しい山奥を一人さまよい、一夜を過ごした。野営に定めた場所をぶらついていると、2本の立派な樹が離れて立っているのに気がついた。まるで鳥居のように見え、私は感心して眺めた。そして、こんなふうに考えた。その2本の樹の間の距離に「鳥居」という意味を与えたのは私であって、私によってその距離は始めて(おそらく有史以来始めて)社会的意味を与えられたのである。すなわち、私がこれらの樹を見る以前は、その間の距離は社会的なものでも何でもなかったのだ。

「ほれみろ」と私はつぶやいた。「ソーシャルでない距離など山奥にしかありはしないのだ」

私はふとその「鳥居」をくぐりたくなった。近づいていくと、2本の木の中間に小さな立て看板があるのが目に入った。それには筆でこんなふうに書かれていた。

「ソーシャル・ディスタンスの木」

看板の端にはマンガ風のカブトムシが描かれ「蜜に注意!」と呼びかけていた。