苦い文学

ババアに夢中

チュニジアの民話に欠かせないのがアズーザの存在だ。

これは日本語では「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが……」の「おばあさん」にあたる。

そういうと「老婆」のように思えるが、民話の世界では「子育てを終えた年齢の女性」が大体このカテゴリーに入る印象だ。

だから「老婆」などとんでもない。40代ぐらいの女性もいてもおかしくはない。

さて、このアズーザはチュニジアの民話の世界では両極端の役割を担っている。

ひとつは「良き助言者」とでもいうべき役割だ。「亀の甲より年の劫」というように、経験豊かなアズーザは、夫など他の人々に知恵を授け、難題を解決するのである。

もうひとつは「悪しき助言者」とでもいったらよいだろうか。

例えば、物語の中で悪人が主人公に対して何らかの悪巧みを仕掛けようとすると、たいていこのアズーザが登場して、悪人に手を貸し、悪巧みを成功に導く。

また、アズーザが家庭に入り込み、悪辣ぶりを発揮してその家庭を崩壊させてしまう、なんていう物語もある。

アズーザがこうした両極端のイメージを持つのは、おそらく近代以前の社会では、子育てを終えた女性というのは、ひとつの役割を終えた存在として捉えられていたからかもしれない。

だから、社会規範にとらわれない自由な行動・考え方を体現できるのではないだろうか。

実際に当時の女性がどうだったかはわからないけれども、昔話の中では、そんなような自由な存在として大いに活躍している。

そんなわけで、私はもうこのアズーザ、とくに悪いババアのほうにもう夢中なのだ。