風刺・戯文

人類の町中華

土曜日のお昼、近くの町中華に行って、チャーハンと餃子を持ち帰りで頼んだ。満席のため入り口に客が並ぶほどの繁盛ぶりだったが、お土産の人はレジ横のベンチで待つことができた。

私は座りながら、注文の品ができるまでのあいだ、ホール係の人々の動きを眺めていた。そこは大きな町中華で、若い人からけっこう年配の人まで6人ぐらいの女性たちが忙しく立ち働いていた。注文を取ったり、空いた席に人を案内したり、厨房から料理を運んだり、レジに入ったり、どの人も巧みに連携しながら滞りなく仕事を果たしていた。私から見れば目まぐるしい動きであったが、混乱の様子は微塵もなかった。

私のほうからは厨房の中は見えなかったが、おそらくそこでも同じように素晴らしい共同作業が行われているに違いなかった。

人類は他の動物と異なり、身振り手振りや言語を効果的に用いて、協力関係を構築することができる。そうやって極めて複雑な行動を遂行してみせるのだ。人類がこうした能力を発達させるのに、町中華ほどうってつけの場所はないのではあるまいか。

近い将来、アフリカのどこかの洞窟で、人類初期の町中華の遺跡が発掘されるのは確実だろう。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(後編)

薬を繰り返し使っていると、体に耐性ができ、もっと強い薬でないと効かなくなる。私に起きたのもちょうどそんなことだった。私がどんなに自分のつらい現状に想いを馳せても、どんなに強い打撃で精神に喝を入れても、尿意はそれに慣れてしまい、まったく退散しなくなってしまったのだ。

そして、ある日のこと、道を歩いていた私にこれまでないほど強烈な尿意が襲いかかってきた。私は必死に自分の厳しい現状について考えた。だが、尿意はそれ以上に切実な様相を剥き出しにして、咆哮を上げた!

鋭い苦痛に貫かれた私はもはやなすすべもなく、尿で尿を洗うが如き闘争のただなかで、漏らすほかないと諦念したその瞬間だった。私の脳裏に戦争のイメージが閃いた。それはウクライナかもしれなかった、ガザかもしれなかった、あるいは世界の見捨てられた地で起きている戦争かもしれなかった。だが、その恐ろしい戦争が、私の精神を立ち直らせ、人間の責務へと立ち返らせた。

戦争はこれを放棄しなくてはならない!

するとどうだろうか、その瞬間、かの残虐なる尿意はたちまちのうちに消え去ったのだった。

この世界の悲惨が私を救ったのだ。そして、その日以来、私は平和と平等の実現のために働き続けている。平和を求める仲間たちが集い、運動は大きなうねりとなって広がっている。

私は仲間たちの強い勧めにより、議員に立候補した。平和を実現し、世界を絶望から救いだすという使命を背負って、今、極めて熾烈な選挙戦を戦っている。たぶん、投票日まで一度もトイレに行かずに済むのではないかと思う。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(前編)

年齢のせいなのか、おしっこが近くなった。というよりも、尿意が不意打ちを仕掛けてくるようになったのだ。漏らしてしまえばいいのだが、そうもいかないので、悶えることになる。

尿意の襲撃を幾度も耐え凌いでいるうちに、それが潜んでいる待ち伏せ場所がわかるようになった。卑劣にも、マンションの前やエレベーターの中という、攻撃とは無縁であってしかるべき平和な場所なのだ。

これはどうしてなのだろうか、と不思議に思っていたら、たまたまネットのある情報が目に入った。家に近くなると尿意が襲ってくるのは、外での張り詰めた精神が緩み、休息用の精神状態に変化するからだという。そこにつけこんでくるのだ

となると、と私は考えた。家に着く前に、あえて精神の手綱を締め、精神を緊張させればよいではないか。そこで私は、帰宅直前、鋭き尿意が萌してきた瞬間に、つらい仕事のことや、重き課題と責務、あるいは我が風前の灯の命など、自分の厳しい現実について考えるようにした。すると、驚くべきことに、これら容赦なき荒波に蹴散らされでもしたか、尿意はたちまち霧の如く消え去ったではないか。

私は、暗く悲しい気持ちと引き換えにではあるにしても、尿意に脅かされることなくエレベーターに乗り、悠々と帰宅できるようになった。ついに平和が訪れたのだ。

もっとも、残念なことに、この停戦は長くは続かなかった。

風刺・戯文

ファーストの先

行列に並んでいると、男が私たちの前に割り込んできた。私たちのひとりがそのことを注意すると、男は「ここは日本なのだから日本人ファーストだ。黙ってろ」とすごんだ。

「私たちも日本人ですが」とこっちも負けない。

「じゃあ、証明するものを見せろ」

「いや、なんであなたに見せなくてはならないのですか」

「ほら、これだ。だから外国人どもてのは!」

あんまり悔しかったので私たちはそれぞれ自分の証明書を取り出してみせた。すると男は見もせずにあざ笑った。「おいおい、俺は入管じゃないぜ! どうせ偽造だろ! お前らは在留カードでも握っておとなしく並んでろ!」

「じゃ、じゃ、そっちの証拠を見せろよ!」 と私たちのひとりがたまらず声を荒げた。すると男は胸のポケットからラミネートされたカードを取り出して、突き出した。日本人ファースト党の党員証だった。

私たちはもう黙ることにした。すると、男は何人か先に年配の女性が並んでいるのを見つけ、今度はそこに割り込んだ。女性の抗議の声と、男がこう怒鳴りつけるのが聞こえた。

「子どもの産めないババアは黙ってろ! この日本じゃ日本人ファーストなのは子どもを産む若い女だけだ!」

そのうち男はさらに割り込める場所を見つけて、どんどん先に行ってしまった。あんなふうにおかしくなると、と行列に並ぶ私たちは思った。地獄に落ちるのも日本人ファーストらしい。

風刺・戯文

練馬変態クラブの憤慨

練馬区の変態たちがつくる練馬変態クラブは、1974 年には活動をしていた変態市民団体の草分け的存在だ。月一回で行われる会合では、誰もが公式の衣装、つまりブリーフいっちょうで参加するのが決まりとなっている。集まると、会員たちは互いにブリーフを誇らしげに見せ合いながら元気よく叫ぶ。

「ぼくはライオン!」「ぼくはゴリラ!」「ぼくは象!」

ブリーフの正面真ん中には、それぞれお好みの動物の顔が描かれていて、その動物を報告する。これが、練馬変態クラブの決まりなのだ。だが、普段は明るい会員たちが近頃どうも落ち込み気味なのだという。

その原因は最近のニュース、小学校の教師たちが盗撮した児童の写真をネットで共有していたという報道にあった。会長のへんいちさんに話を伺うとこう答えてくれた。

「私たち変態が問題視しているのは、この見出しです。『変態教師グループ逮捕』 ひどいではありませんか。変態は犯罪者ではないのです」と会長は憤る。

「私たち変態も、この教師たちのしたことに怒っていることには変わりはありません。ただ、彼らは変態ではなく、犯罪者なのです。こうした書き方は、変態は犯罪だという誤解を与えます。私はメディアに問いたいです。教えてください。変態は、罪ですか? メディアの差別的な姿勢に断固抗議いたします」

練馬変態クラブは、抗議文を記したブリーフを履いてメディアに乗り込み、脱ぎたてを公式プレスブリーフとして報道関係者にじかに手渡す予定だ。

風刺・戯文

関税が吹けば桶屋が儲かる

トランプ米大統領の関税攻勢が止まりません。当初の 24 %から最大 35 %の関税を課す可能性に言及したからです。市場関係者の間では、トランプ政権がさらに関税を上乗せし、200 %にまで上昇する最悪のシナリオの懸念が高まっています。経済シンクタンクは「米国がくしゃみをすると日本も関税をひく」状況になったと指摘します。

国民の生活にも大きな打撃を与える高関税状況を踏まえ、石破政権は国民に冷静な対応を呼びかけるとともに、関税の影響を最小限に抑えるための「行動指針」をまとめました。

《行動指針の骨子》
・人から人へうつる関税を予防するために、人混みを避け、衛生面に配慮する。
・咳やくしゃみからうつることもあるので関税をひいている人に近づかないようにする。できるだけマスクをする。
・電車のつり革や室内の家具などから関税に感染することもあるので、手洗いや手指の消毒を徹底する。
・夏関税はとくに治りにくいので、この時期はできるだけ感染源には近づかないようにする。
・睡眠をしっかりとり、栄養のある食事をして、免税力を高める。関税に負けない体をつくるために、毎日、関布摩擦をするとよい。
・熱や咳、ゼーゼーするなどの関税の初期症状がある場合は、税務署に連絡する。

今後、関税がさらに広がった場合、政府は、コロナ禍以来となる緊急事態宣言と関税防止等重点措置を発出する予定です。

風刺・戯文

日本人ファースト党宣言

(以下は『日本人ファースト党宣言』からの抜粋)

……日本はどうしてかくも無惨に壊されてしまったのか。それには2つの理由があります。

ひとつは日本を壊したい勢力が存在し、この日本で活動しているからです。いやそう言うだけでは十分ではありません、この日本の政治とメディアを支配しているのです。これらの反日本勢力は、日本人のふりをして日本のために働いていると見せかけ、日本を破壊してきたのです。日本人ファーストの国を作るためには、私たちは、これらの敵対勢力を日本から一掃してしまわねばなりません。

では、そのためにはなにが必要でしょうか。私たち日本人が力を合わせること以外にありません。ですが、これこそが、日本が破壊されたもうひとつの理由なのです。日本の教育と伝統が破壊されたため、私たちは醜い個人主義者となり、国のために命を捧げる犠牲心を失ってしまったのです。

戦後、日本が高度成長を遂げたのはどうしてでしょうか? どうして、私たちは、戦後に勝利したのでしょうか? それはかつての日本人が自分を犠牲にして国のために働いたからです。考えてみてください、高度成長期の日本がどれだけ素晴らしかったか。外国人犯罪もなく、また闇バイト事件やネット詐欺もなかったのです。セクハラもパワハラもありませんでした! もし、私たちが自分を犠牲にして国のために尽くすならば、今にも日本は高度成長期に突入するでしょう。そのためには、日本人ファーストになって、国のために命を捧げなければなりません。

今の日本人に必要なのは、この自己犠牲の日本人ファースト精神です。全国民が一丸となって戦い抜く覚悟です。全員野球といいますが、全員が力と心を合わせれば、アメリカだろうが中国だろうが負けっこありません。なにしろ日本人ファーストの野球チームは、全員が1番ファーストなのですから……(以下略)

風刺・戯文

日本人ファースト

日本人ファーストの党が政権を勝ち取ったとき、誰もが「本当の日本を取り戻すことができる」と欣喜雀躍した。

そして日本人ファーストの党は、私たちが期待した通りの政党だった。することなすこと日本人ファーストだったのだ。外国人は追放か処刑だし、なりすまし政治家も追放か処刑だ。日本人を貶してきたメディアと学術会議は A4 用紙で簀巻きにして日本海溝にボチャンだ。例の GHQ 謹製の憲法だって改憲どころの騒ぎじゃない。廃憲だ。これからは日本人ファーストが法律だ。日本人の日本人による日本人のための日本がここに実現したのだ。

そんなある日、政府から私たちのところに一通の通知が届けられた。

「日本人ファーストではないとの嫌疑につき直ちに出頭するように」

「これはなにかの間違いだよ」 私たちが我こそファーストとばかりに当局に駆け込むと、取り調べもなにもなく逮捕。由緒正しい日本人だといくら主張しても、日本人ファーストではない疑いの一点張りだ。裁判もなく有罪の判決が出た。

今、私たちはど田舎の収容所に入れられている。どんなに日本人だと言っても出してくれない。それどころか殴られる始末。

「日本人ファーストの国が日本人を殴るのか!」と怒鳴ると、看守たちは「よく聞け! ここは日本人の国じゃない! 日本人ファースト人の国だ!」と笑いながら死ぬまで殴る。日本人ファースト人ファーストだったのだ。

収容所では、朝の4時から夜の11時まで強制的に働かされる。私たちが作るのは米と野菜だ。純国産の食材を日本人ファースト人の食卓にお届けしています。

風刺・戯文

シェルター建設のはこび

ドイツ人たちが、ユダヤ人への恐怖と憎しみに駆り立てられて迫害と虐殺を始めたとき、少数の人々はユダヤ人を匿って命を救った。だが、そのせいで逆に、匿われたユダヤ人のみならず、その匿った人の家族全員が殺されることもあった。

今の世界は当時と同じような憎しみにゆっくりと炙られつつある。我が国でも「日本人ファースト」などといって日本人と日本人でない人をはっきりと区別するヘイト表現が大手を振って歩き出した。日本の国だから日本人が大事なのは当たり前だという人もいるかもしれないが、政治家がそんなことを言い出すのは、日本という国に住むすべての人々に対する責任放棄にほかならない。

政治家が責任を持つことを放棄した人々に何が起こるだろうか。外国人ならば強制送還だ、と簡単にいう人がいるが、これは実際には大変だ。おそらく、強制送還ならばまだ良心的だったと思われるようなことが起こるはずだ。殺してしまうほうがなんといってもいちばん楽なのだ。いずれにしても人狩りは避けられまい。

こうした暗い時代の到来に備えて、ひとりでも多くの人を匿えるようなシェルターの建設が必要ではないだろうか。そのシェルターでは、「日本人でない」とされた人々が、日本人ファーストの魔の手から守られ、いつか明るい時代が来るまでひっそりと生き延びるのだ。

私は自分自身が迫害される危険を省みず、シェルターの建設を決意した。持てる財のすべてを注ぎ込み、この度、ついにシェルターの完成にこぎつけたのだ。じつにすばらしく、美しいシェルターだ。一見の価値ありと自負している。ついては、シェルターの完成披露会を開催したい。ぜひたくさんの人においでいただき、実際にご覧いただきたい。日時と詳しい場所(地図つき)は追ってこのサイトで告知するつもりだ。

散文

古本とおしゃれ

かつて、私の楽しみといえば、古本屋巡りだった。昔は、どんな街にも小規模な古本屋があちこちにあって、そのひとつひとつを訪ねるだけで、楽しい時間が過ごせたものだった。しかし、時代は変わった。街の古本屋は次々と姿を消し、古本屋巡りなど一部の地域のみでしか成立しなくなってしまった。

古本屋の中を歩き回り、古本に触れると、遠い過去や異なる世界が間近になったような感じがしたものだ。古本なら希望のものはネットでいくらでも買える。だが、この感覚は古本屋の中でしか味わえない。思えば、古本屋巡りとは、高雅で、そして安価な娯楽だったのだ。

だが、その古本屋巡りができなくなって何年経つだろうか。私にはもはやこのような高尚な楽しみの機会はない、と諦めていた。だが、そんなとき、私はおしゃれに出会った。

今では、休みのたびに、私はおしゃれな街を歩き回っている。下北沢、吉祥寺、自由が丘……これらのおしゃれな街に散らばる古着屋をひとつひとつ訪ね歩くと、昔、古本屋巡りをしていたときと同じ感覚、同じ喜びが湧き上がる。

ああ、棚に置かれたあのディスプレイ用の洋古書のタイトルはなんだろうか……おや、開きっぱなしの古い洋書の上に、ネックレスや指輪が並べられているぞ。これはなんの本だろうか……

こんな調子では、当分のあいだ古着屋巡りをやめられそうにない。