風刺・戯文

奴隷を守ろう

奴隷国家の政治家たちはみんな奴隷の所有者で、生活はなんでも奴隷頼みなんだ。だけど、最近どうも奴隷たちの元気がないよ。働いてくれないし、ぶうぶう文句ばっかり言っててさ。子どもだって産まなくなっちゃった。

「我が国の奴隷力は低下するいっぽうだ!」と政治家たちは大慌て。「こんなに奴隷たちにとって美しい国はないのにどうしてこんなことになったのだろうか?」

「きっと奴隷たちに反乱をそそのかす輩がいるのだ!」と与党の政治家が怒れば、野党の政治家はこうやり返したよ。「政府の背後に、奴隷を減らして我々を困らせようとする奴らがいるのだ!」

ちょうど選挙の季節になったんだ。選挙の争点はもちろん奴隷政策。みんな口々に叫んで回る。

「奴隷を元気に!」
「奴隷が子どもを産みやすい社会をつくります!」
「奴隷に手厚く2万円を支給します!」
「我が党は、奴隷の消費税を廃止します!」
「壊れゆく奴隷制度を守るため、奴隷ファーストの政治家を国会に送り込みましょう!」

奴隷たちには選挙権なんてなかったけれど、政治家たちの言葉を聞いてとてもうれしかったんだ。この国はなんて素晴らしいんだろう。どの政治家も自分たちのことを考えてくれる。自由なんていらないね。

旅・観察

カレン人の教会(4)

牧師は説教台に立ち話はじめるや、手にしたコーヒーカップから、次々とカップを 3 つ取り出した。説教の小道具だったのだ。

そのそれぞれカップには、ビルマ語がマジックで書かれている。

「精神、心、体です」と通訳が教えてくれた。そして、さらに 3 つのカップが取り出された。もしキリスト教の知識があれば、もうこれらのカップになにが書いてあるか、おおかた予想がつくだろう。「父」「聖霊」「子」に決まっている。

話の内容はといえば、神がメッセージを伝えるのは「精神」に対してだが、人間はこのメッセージを聞かずに「心」と「体」のおもむくままに行動してしまう。なので、戦争をはじめとするさまざまな諍いが生ずる、というものだった。

牧師はタイのメーソートで、ビルマ内戦のため親を失ったり、逃げてきた子どものための施設を運営している。説教にはそこでのエピソードが交えられ、楽しいものであった。

キリスト教や教会については、私はほとんどわからないが、このカレン人の教会は、穏健にして明朗なものであったことを強調しておきたい。なにしろこういう世の中だから、外国人の宗教集団と聞くと、狂信者たちが、血の滴るイケニエに噛みつきながら、憎々しげに日本人を呪っているものと思い込む日本人がいるといけないから。

さて、礼拝が終わると、諸報告がある。これは日本の教会でも同じで、活動や会計の報告をするのだが、初めて教会に来た人の紹介をするのもこの時間だ。この日も、新しくやってきたカレン人たちや、タイの牧師に会うためにやって来たカチン人やチン人の若い人が立って、出身地や来た理由などを話した。

そして、私の番が来た(本当は初めてではないが)。まず司会がマイクでビルマ語で私について話す。それを通訳の人が教えてくれる。

「この人はカレン人と長いつきあいの人です。この人はクリスチャンではありません……」

いきなりのアウティングだ。隠しているわけではないが、マイクで大々的に言わなくてもいいのに、と思った。(おしまい)

旅・観察

カレン人の教会(3)

通訳の方のおかげで、礼拝の中身についても若干の記録ができるわけだが、集まった人は 40 人ぐらいだろうか。その中には、カレン人の牧師、副牧師、そして日本人の牧師もいた。詳しくは知らないが、カレン人の礼拝を支援している人だと思う。

そのほかは一般の信徒だ。ほとんどがカレン人だが、礼拝はビルマ語だ。なぜかというと、カレン語には大きく分けるとスゴー・カレン語とポー・カレン語の2種類あって、互いには通じないからだ(カレン語には他にもたくさんある)。

年齢層は、日本の教会とは違って、20 代 30 代の人も多い。こうした若い人々は礼拝や献金の間、前に出て何か歌を歌ったり、キーボードやギターを演奏したりする役目を担っている。

プロテスタント系の礼拝というと、お祈り、讃美歌、説教、献金、最後の祝祷、礼拝後の諸報告からなる。これは、カレン人の礼拝も同じだ。

ひとつ特別な企画としてあったのが、教会のリーダーが若者を何人か前に呼んで、問答をするというものだ。これは、若い人に聖書を読んでほしい、そして、これからの教会を引き継いでほしい、という思いから行われたとのこと。

それは「イエスを信頼すれば成功するという考えには賛成ですか、反対ですか」という質問をリーダーが若者に問いかけて、それぞれが思うところを述べる、というものだ。

これは信仰上の質問だが、他には「聖書には政府には逆らってはいけないと書いてあるという人がいるが、どう思いますか?」というビルマならではの政治的な質問もあったり、また「YouTube で『自分には神の力が宿っている』とか『神の言葉を語ることができる』と主張する人々の動画がありますが、どう思いますか」などという、メディアリテラシーに関する質問があったりして、興味深かった。

礼拝には説教がつきものだが、それについても簡単に記す。今回の説教はこの教会の牧師ではなく、タイからやってきたカレン人の牧師によるものであった。私の友人であり、それで私も礼拝に出席することとなったのであるが、その説教の時間が来て、彼が説教台に登った。

そのとき私は、彼がコーヒーカップを持っているのに気がついた。私は急いで教会にやってきたので飲み物を買う余裕がなく、喉が渇いていたのだが、礼拝が始まってしまったので、どうすることもできなかった。なので、彼がコーヒーを持って説教台に立ったとき、大いにうらやましく思った。

だが、これはコーヒーではなかった。欲が私の目を曇らせたのである。

旅・観察

カレン人の教会(2)

私はカレン人との付き合いが長いので、教会の礼拝にも何度もいったことがある。もちろん、ビルマ語かカレン語なので何を言っているかわからず、たいてい昼ご飯や夕ご飯のことを考えている。

今日の礼拝は 1 時半に始まるが、何時に終わるか尋ねたら、4 時だという。2 時間半か……ご飯のことを考えるだけでもつだろうか、と不安になっていたら、教会の人に日本語の上手な人がいて、通訳をしてくれることになった。多少は気がまぎれるというわけだ。

ここのカレンの人々の礼拝がどんなものかを書くことができるのもそのおかげだ。これはもしかしたら重要なことかもしれない。なぜなら、選挙の結果次第では、みんな追い出されてしまうかもしれないから。

さて、この日、7 月 13 日は、特別な礼拝で、Judson Sunday とのタイトルがつけられていた。おそらく、ビルマの多くのキリスト教会でも、同様だったにちがいない。というのもこの日は、1813 年、アメリカ人宣教師、アドニラム・ジャドソン(Adoniram Judson)がはじめてビルマにやってきた記念日だから。

ジャドソン以前にもキリスト教はビルマにやってきていただろうが、ジャドソンの宣教活動がめざましいものであり、また聖書をビルマ語に訳したという偉業もあって、最初のキリスト教宣教師だとみなされている(彼はまた辞書や文法書も書いている)。

ジャドソンはバプテストの宣教師で、彼からビルマのバプテスト教会の歴史が始まったといえる。

さて、彼はビルマ人、モン人、カレン人などをキリスト教に改宗させたというが、カレン人のうち、もっとも知られているのは、コー・タービュー(Ko Tha Byu)という人だ。

もともとコー・タービューはとんでもない悪党だったそうだが、ジャドソンに出会って改宗するや、熱心な活動家になり、カレン人キリスト教の歴史に名を残すまでになった。

私は以前、エーヤーワーディのパテインという町で、コー・タービュー記念ホールに行ったことがあり、そこには大きな彼の肖像画が飾られていた。

旅・観察

カレン人の教会(1)

タイからカレン人の牧師が来日した。7 月 13 日、都内のビルマのカレン人の教会で話をするというので、私は行くことにした。

教会は早稲田だ。私は以前このあたりに住んでいたので、いろいろ変わってしまっているのに驚いた。ここには早稲田大学という大学がある。それで、当時、私も何人かの学生と知り合いになった。

レストランで食い逃げした人、カニのように横にしか歩かない人、半ズボンかと思ったらトランクスで出歩いていた人、ひさしの上で犬を飼っている人、整髪料かと思ってシャンプーを髪の毛につけて外出したら雨が降って頭から泡が湧いてきた人……変な人ばかりだった。いわゆる F ラン大学なのだろう。

とはいえ、時代も変わったのか、今日は、あまり変な人は見かけなかった。私は、ああ、ここにあったレストランであの人が食い逃げしたのだなあ、とか、この裏にある「かまねこ街道」という細道の奥にトランクスの人が住んでいたなあ、とか懐かしく思い出しながら、早稲田通りを歩いていった。

早稲田通りといえば古本屋だが、姿を消したか、シャッターが閉まるかしていた。ただ、一軒だけ開いているのを見つけた。礼拝が始まるのは午後 1 時半からだ。時間を見ると、1 時を回っている。古本屋から教会までは 5 分ぐらいだから、少しは見る時間がある。いや、遅れたってかまわない。と、ワクワクしながら店内に入ったところで、カレンの友人から電話がかかってきて泣く泣く外に出た。

風刺・戯文

七面倒くさい日本語

石破首相が「七面倒くさい日本語、習慣」などと言ったそうだ。なんという反日、なんという極左だろうか。

本当に日本語と日本の習慣は「七面倒くさい」のだろうか? いつもはしゃしゃり出てくるファクトチェックの連中も、こういうときにかぎってダンマリを決めこんでいる。

私たちは、日本を侮辱する極左政権を打ち倒すべく、敢然と反論に立ち上がった。論理的に考えれば反論などいたって簡単だ。

面倒くささが6以下であり、7でないときかつそのときにかぎり、「七面倒くさい」は偽である。これを論理式で表せば、6ノットイコール7。イコール石破は嘘つきだ!

そのためには、日本語および日本の習慣の面倒くささが実際にはいくつあるのかを数えねばならない。私たちがこの企てにまさに取りかかろうとしたとき、ある者がこう言い出すではないか!

「『しち面倒くさい』の『しち』は数字の『7』ではなく、形容詞などに付いて、わずらわしくていやだという気持ちを加える『しち』という接頭辞だそうです!」

私たちは驚いた。「せっ接頭辞? いったいだれがそんなことを言ったのだ!」

「いえ、辞書をひいたらそう書いてありました。『しち面倒くさい』のほかに『しち難しい』『しちくどい』がありました!」

「ええい、辞書なんて左翼の見るものだ!」

私たちはこう怒鳴りつけて片付けようとしたが、ことは容易におさまらない。「『色の白いは七難隠す』の『七難』と同じで数字だ!」「いや、『あた面倒』の『あた』と同じ接頭辞だ!」と揉めに揉めて、結局「こんなしち面倒くさいことやってられるか!」と私たちは解散した。

散文

ブディジョー

タイのメーソートで、子どもの施設をやっている牧師が日本にやってきた。彼はビルマ出身のカレン人で、ビルマの少数民族の子どもたちのために働いているのだった。昨年の2月、タイからビルマの戦争地帯に行ったとき、私はその人にお世話になったので、食事に招待した。

お店は巣鴨にある焼き鳥屋で、これもカレンの人がやっているお店だ。このお店については別に書くが、とにかく繁盛している。私が待ち合わせの時間より早く行くと、店の主人が大きなウリをくれた。

ビルマ語でブディというのだが、日本語でなんというかわからない。見た目はくびれのない青いひょうたんのようでもある。その実は冬瓜に似ているが、もっと硬い。

主な食べ方は2つある。ひとつは鶏肉と炒めるというものだ。もうひとつは、スティック状に切って、天ぷらのような衣をつけて揚げる食べ方だ。こっちはビルマ語でブディジョーという。

天ぷらにする前に、水分を飛ばすために天日干しにするといいとのこと。私はブディジョーがおいしいのは知っていたが、とても食べ切れる大きさではない。もらったはいいがどうしようと考えているうちに、知っているビルマ人の学生にあげようと思いついた。

重いブディを持っていったら、喜んでくれた。その上、次の日にはブディジョーをお裾分けしてくれた。しかも、自家製の辛いツケダレまでついている。とてもおいしいので、私は調子に乗って食べすぎて、お腹が痛くなってしまった。

風刺・戯文

開示請求

かつてインターネットで私のことを中傷する人がいた。私はそうとうイヤな思いをしていたが、どうすることもできなかった。しかし、たまたまネットに詳しい人に知り合い、このことを相談すると、開示請求すればよい、と助言してくれた。

面倒くさいし、お金もかかりそう、と言うと、その人は、実際にしなくても、例えば「中傷を削除しないと開示請求する」という態度を相手に示すだけで、事態が収まることもある、と教えてくれた。そこで、私は「開示請求するぞ」ということが相手に伝わるようにしたところ、たちまち中傷は止んだのであった。

これは開示請求手続きが以前よりもずっと簡単になったためで、もし複雑な手続きが必要だったら、私の「脅し」も効果がなかったかもしれない。なんにせよ、人々が開示請求を深刻に捉えるようになったのはけっこうなことだ。

先日も、居酒屋でひとり飲んでいたら、隣で騒いでいた酔客に絡まれた。非常に不愉快だったので「開示請求するぞ」と言ったら、たちまち静かになった。また、最近困っているのは、職場の同僚が私になにかと意地悪してくることだ。いずれ開示請求をチラつかせて、とっちめてやるつもりだ。

風刺・戯文

満員バウンド

《「思わず大笑いしてしまいました」 アメリカ人が日本の満員電車で驚いた意外すぎる姿とは》

日本の満員列車は、一度は体験してみたいアドベンチャーとして、世界中で注目されています。初めて日本を訪れたというアメリカ人の2人組、ジョンさんとナンシーさんは、さっそくラッシュアワー時の満員列車に挑戦しました。

「本当にもみくちゃにされましたよ! 想像していたよりもエキサイティングな経験にもう夢中です」と語るジョンさん。「リッチで車社会のアメリカでは満員列車など経験するチャンスなどありませんから。それに、これだけストレスフルなのに銃を乱射する人がいないのもちょっと不思議ですね」

「はじめはすごく怖かったの」と正反対の感想を語るのはナンシーさん。「というのも、はじめて満員電車に乗ったとき、どの日本人もフェンタニル中毒者に見えたんです。みんなゾンビみたいに思い思いのかっこうで固まっていたから。でもそれはキュウキュウで身動きできないだけだとわかって、思わず大笑いしてしまいました!」

東京だけでなく、大阪の満員電車にもチャレンジしたいというお2人。帰国までに、ミンチになっていなければいいですね。

風刺・戯文

四季を探しに

世界で唯一四季のある国、ニッポン。今、その四季が危ないのをご存知でしょうか。

(大学教授)「地球温暖化により、今後日本は夏だけになっていくと考えられます」

そんななか、先月、猛暑が続く東京でこんな集会が開かれました。

「吉田くん! ばんざーい!」「がんばれ!」「頼んだぞ!」

熱烈な歓声を浴びるのは、一人の男性。「日本の四季を取り戻す会」のメンバーたちがこの吉田さんの壮行会を開催中です。

会長「ええ、私たちとしても吉田さんのような方を送り出せるのはたいへんうれしい」

(記者:目的はなんでしょうか)会長「私たちが行なっているのは、四季がなくなろうとしているこの日本で、秋冬春を見つけ出し、保護する活動です。吉田さんはこれから日本全国を旅し、各地に残された秋冬春の保護にあたります」

会長が吉田さんに200万円を手渡します。「旅費と四季保護活動費としてまずお渡しします」 吉田さん、感謝とともに受け取ります。「四季の消滅を食い止めるという大任に身の引き締まる思いです。皆さんが集めてくださったこのお金、絶対に無駄にはいたしません」

「吉田さんの保護活動が順調にいけば、早ければこの夏にも都内に秋風が吹くかもしれません」と期待を語る会長さん、しかし、その数週間後……なんと、吉田さんからの連絡が途絶えました。

会長「信じていたのに裏切られた思いです」

会によれば、沖縄のビーチで日光浴していたという目撃情報を最後に、吉田さんの足取りは杳として知れないとのことです。