風刺・戯文

昭和の魂、百までも

昨日、東京、霞ヶ関にある経済産業省のビルで暴れたとして、50 代の男が逮捕されました。ビルに侵入しようとした男は、制止しようとした警備員を突き飛ばし、通報によって駆けつけた警察官に取り押さえられました。

男が押し入ろうとしたのは、経産省のビル内にある産業技術総合研究所の計量標準総合センター東京本部。日本の長さ・質量・時間・温度などを維持・管理する機関です。いったいどうして男は侵入しようとしたのでしょうか。その背景には意外な動機がありました。

(男の知人)「なんでも、ガールズバーっての? そこの若い女の子に入れ込んで、結婚まで考えてたんだけど、その女の子は背の高い男が好きだってんで」

(記者:男の身長は?)「160 cm 台かな……」

男は計量標準総合センターで「昭和の 160 cm 台は令和の 180 cm 台だ」と発表するように要求するつもりだったと供述しています。

なお、警察によれば、男は「昭和ならこれは犯罪ではない」と犯行を否認しているそうです。

風刺・戯文

言語の変化

言語はどうして変化するのだろうか。いろいろな考え方がある。正しい言葉を使わないからだという人がいる。例えば「ら抜き言葉」がそうだ。「言葉の乱れ」が原因なのだ。

また、人間の楽をしたいという欲求が言語を変化させるのだという人もいる。ら抜き言葉も、「ら」を抜いても意思疎通に困らないのなら、なくてもいいじゃん、てことでなくなった、というのだ。

他にもいろいろな考え方があるだろうが、言語が変わるのは、結局のところ、人間が話しているからだ、ということになる。人間が変化を起こすのだ。

もっとも、変化が起きにくい環境がある。それは書き言葉だ。書くときは話すときよりも、文法や語彙の「正しさ」に注意が向くため、書き言葉はいつも話し言葉よりも古く、変化しにくい。

しかし、最近、いつだって正しい言葉を使い、楽をしたいという怠け心も起こさない存在が現れ、世界中のあちこちで話しはじめた。AI だ。

だから、AI の話す言語は変化をしない。するとしても、人間が話すほどではない。なので、たとえ、ネットに現れる新たな言葉遣いの学習を続け、絶えずそれを取り入れるとしても、AI の話し言葉は古く、変化しにくいだろう。

そのいっぽう、人間がますます AI に頼るようになると、人間の話し言葉も AI に似てくる。そしてその分、AI も変化を促すようなデータに出会うことがなくなり、ますます変わらなくなる。それをまた人間が真似をする。

これが繰り返されるうちに、人間の言語は変化を止めるだろう。

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風刺・戯文

鹿蹴り

武闘派で知られる政治家の発言が波紋を引き起こしている。外国人が鹿を蹴ったのを見たというのだ。ある人はこれは本当だという。しかし、別の人は疑っている。

だが、この政治家が嘘をついているとは考えにくい。もちろん、人間だから、発言のすべて、つまり100パーセント真実というわけではなかろう。だが、10割とはいかぬまでも「大陸から8割」程度には真実を語っているものと思われる。

ところが、テレビなどの取材によると、鹿の周辺にいる人々は「外国人が鹿を蹴っているのは見たことがない」と言っているというのだ。すべての人に取材したわけではないだろうから、もしかしたら、鹿を蹴った外国人を目撃した人には出会わなかったのかもしれない。しかし、それでも、鹿を蹴っている外国人の目撃例が報告されていないことは重視すべきだろう。

とすると、この政治家が嘘をついているのだろうか? それともテレビ報道がデタラメなのだろうか?

ここで私は鋭い知性を働かせ、このどちらもが真でありうる唯一の真実を突き止めた。

まず真実を述べよう。それは「外国人は鹿を蹴った」だ。とすると「蹴っているのを見たことがない」と言っている人々は嘘つきなのだろうか?

いや、この証言も正しい。なぜなら、外国人の蹴りは、目にも見えぬほどの速さで繰り出されたからだ。その素早い蹴りを見抜けたのが、かの武闘派の政治家のみだったというのも当然といえば当然だ。鹿ファーストで考えるならば、政治家などやめて鹿の監視係にぜひ就任してほしい。

風刺・戯文

新たな循環

循環的時間とは、農耕民族である日本人に特有の時間観です。農耕は季節の移ろいとともに始まり、そして終わります。春、夏、秋、冬、そして再び春が来て、季節が巡るのです。私たち日本人にとって時の流れとは、このような循環にほかなりませんでした。

しかし、近代になると、欧米の直線的時間が日本に入ってきました。循環的時間では、過去は巡り巡っていつか未来になります。ですが、直線的時間では、過去は永遠に過去のままなのです。このような時間の捉え方は、狩猟民族に特有のものだといえます。なぜなら、獲物を捉えるため、まっすぐ走る必要があるからです。

直線的時間が日本に導入されると、徐々に循環的時間が失われていきました。また、日本人の生活スタイルも変化したため、四季の移ろいそのものが身近なものではなくなりました。その結果、日本人は循環的時間を忘れてしまったのでした。

ですが、最近、日本人が新しい循環を生み出しているのが発見されました。それは、次のようなものです。

ある人をもてはやす>好感度上がる>急にバッシングが始まる>炎上する>焼け野原になる>再びある人を持ち上げる>急に叩き出す(以下、繰り返し)

この循環は季節ではありませんが、日本人の心の中ではまるで四季の移ろいのように循環しているのです。そんなふうに考えると、炎上もまるで夏の風物詩のように思えてきますね。

散文

進化への促し

9 月の半ばに、iPhone の新しい OS、iOS 26 がリリースされた。私はさっそくアップデートしたが、それ以来奇妙な問題に悩まされている。

私は尻のポケットによく iPhone を突っ込んだままにしている。どういう具合かわからないのだが、いつの間にか音量が上げられ、聴いている途中の音楽やラジオが再生されてしまうのだ。周りにその音が聞こえて恥ずかしい思いをする。

また、私はシャツの胸のポケットに iPhone を入れておくこともある。すると、やはり勝手に音楽を流したり、止めたり、別の曲の演奏を始めたりするのだ。

私は iPhone をケースなしの裸で使っている。そして、尻のポケットにせよ、胸のポケットににせよ、内側に向けて入れている。とすると、私の iPhone を勝手に操作している犯人は、私の尻と乳首しか考えられない。

思えば、男性の尻と乳首は不思議な存在だ。まず尻だが、女性の尻に比べて男性の尻は小さい。これは不必要だから進化の過程で縮小してきたものと考えられる。そして、乳首は言わずものがなだ。男性の乳首は進化に取り残された不要物だ。

男の尻と乳首、進化の過程で見捨てられた存在が、なぜ今になって急に iPhone を操作しはじめたのだろうか。新しい OS に仕組まれた AI が、これらの不要物に進化を促している、そんな気がしてならない。

小説

笑って長生き

人間は笑うと、ストレスホルモンが減少し、免疫力が高まる。ガンだって消えてなくなる。つまり健康になる。とすると、笑い続けることは健康であり続けること、そして、健康でいるかぎり人間は死なない……

この真理に到達したその日から、私の友人は笑い続けている。笑い声をたて、腹を抱え、涙を流し笑い続けている。もちろん、笑えることがそんなにあるわけではない。独自に考案した化学的な刺激により、可笑しみが脳内に醸成され、それが半永久的な笑いの爆発を引き起こしているのだ。

彼は始終笑い転げている。笑いすぎて何も食べることはできない。口に入れたものを吐き出してしまうのだ。なので、管を体に入れて栄養補給している。それに、ぐっすり眠れもしない。かわりにほんの数秒ほどの睡眠を数分おきにとっているだけだ。排泄も難しく、体はいつも汚物で汚れている。人間は笑いながら排泄するようにはできていないということがよくわかる。

私はしばしば彼のところに行き、時間を過ごす。もっとも、彼が私のことを認識しているかどうかはわからない。なぜならその目はまったくうつろだからだ。だが、ときどき、その目に苦悶と悲しみがよぎるとき、私は彼の視線を感じる。ほんの一瞬だが、殺してくれと目で語りかけられたような気がする。私はむしょうにおかしくなって、笑いが止まらなくなり、しまいには彼よりも大きい声で笑ってしまう。

風刺・戯文

ラブホ市長

……素晴らしい公約を掲げて市長に立候補したその人が、市長として初めて市役所に入ったとき、市民の誰が今の市役所を想像できただろうか。

「市にガラスばりの政治を!」と訴えた市長は、早速、市役所内をガラス張り、いや鏡張りにした。そして、「公平で透明な政治を!」という公約によって、トイレも浴槽もスケスケになった。さらに「市民の目の行き届く市政を!」が実現した結果、デスクも、椅子も、ベッドも回転しだした。こうすると、市民があらゆる方向から政治を見られるというのだ。しまいには「風通しのよい市役所を!」のために、大胆にも市役所に露天風呂が作られた。

今や、市役所は、妖しい赤い光とネオンライトに包まれている。このムード満点の市役所に用のある市民は、暗いとばりの下ろされたガレージか裏口からこっそり入らねばならない。入ると、壁にパネルがあるのに気づくだろう。市民は、それらのパネルの中から用のある部署を探し、ボタンを押し、受付の小さな穴から鍵をもらうのだ。このシステムは「わかりやすい市政」のために考案されたものだが、市民にとって困ったことに、いつだって満室なのだ……

ライブ

『コントの虎 漫才の狼』

ヤーレンズは今、単独ライブツアーの最中で、私は抽選に何度か応募したのだが、すべて外れてしまった。だが、たまたま、ヤーレンズとジグザグジギーのツーマンライブ『コントの虎 漫才の狼』が開催されるというのを聞いた。ヤーレンズも見られるし、ジグザグジギーも面白い。これは行かない手はない。そこで、9 月 25 日、中野のなかのZERO小ホールに行った。

このライブは今回で 8 回目、2 年半ぐらい前から続けているということだった。今回は初めに 4 人でのトークがあって、それから、ジグザグジギー、ヤーレンズの順で交互に 3 本ネタをした。ネタは以下の通り。タイトルは勝手につけたもので、あまりネタバレにならないようにしている。

ジグザグジギー①「結婚式」(コント)
ヤーレンズ①「スナック」(漫才)
ジグザグジギー②「心霊現象」(コント)
ヤーレンズ②「結婚」(漫才)
ジグザグジギー③「文化祭」(コント)
ヤーレンズ③「ラーメン」(漫才)

ジグザグジギーはすべて新作。②の評判がいいようだが、私は③がいちばんくだらなくて笑った。ヤーレンズは順に旧作、準新作、新作。今年も M-1 の決勝候補のひとつと目されているヤーレンズだが、賞レースの短く切り詰めた漫才ではなく、遊びの多い漫才を見ることができた。なかなかネタに入らないということは聞いていたが、特に①がそうで、22 分の長さだった。③は新作のせいか遊びは少なく、M-1 の予選でやってもおかしくない。

風刺・戯文

解放の祝祭

街中で歓声が湧き上がり、喜びの足踏みと手拍子が鳴り響く。あちこちで祝砲が弾ける。

もう恐れるものはなにもない。恐怖は過ぎ去り、解放の瞬間が訪れたのだ。私たちは民族の服を着て外に飛び出す。誇らしげに舞い踊る。私たちの街が異民族の魔の手からついに逃れたこの日を喜ばずしてなんとしよう!

誰もが抱き合い、お祝いの言葉を投げかける。誰もが同胞愛に満ち溢れてる。民族の名のもとに互いに許しを乞い、新たな時代の到来の名のもとにすべてを水に流すことを誓い合う。

ついに私たちは民族の解放を勝ち取った! 街中が解放の祝祭の会場だ。音楽に歌、太鼓にかけ声、乾杯の音、笑い声、涙声、口づけの音。重苦しかったこの街が一瞬にして花開き、生の喜びに煌めく。恐ろしい異民族はもう絶対に来ないだろう!

ああ、この日のために私たちは、どれだけ戦ったことだろうか。どれだけ激しく抗議の声を上げたことだろうか。虚偽に満ちた市役所をどれだけ電話責めにしたことだろうか!

私たちはこの民族の勝利の日をとこしえに記憶し、言祝ぎ続けるだろう。「ホームタウン」事業がついに撤回されたこの日を。

風刺・戯文

外国人労働者

私たちの国には、外国人労働者はいません。昔はいました。ですが、私たちはこれがイヤでした。なぜなら、外国人は私たちの文化を尊重せず、好き勝手にふるまい、私たちの国を少しずつ破壊していったから。そこで、私たちはオレンジ党に投票して、外国人を追い出してもらいました。

でも、ひとつ大きな問題が残りました。私たちは外国人を働かせていましたが、その仕事をする人がもういなくなってしまったのです。私たちの国は深刻な労働力不足に陥りました。そこで、私たちが取り組んだのが、国産外国人の開発でした。

いくどかの失敗の末、私たちはついに純国産外国人労働者の生産に成功しました。今や、これらの国産外国人労働者は国内のあらゆるセクターで厳しく危険な労働に従事しています。私たちの生活は楽になりましたし、国産外国人労働者を海外にも輸出しているので経済的にも潤っています。

やがて私たちはこれらの外国人労働者にひとつの問題があるのに気がつきました。それは老化です。国産といえども、老人になります。そうなったら働けないので廃棄するしかないのですが、これにはかなりのコストがかかることが明らかになりました。私たちはさらなる開発を進め、ついにこの問題を克服しました。今では、国産外国人労働者はある時期が来ると脱皮してもとの若い労働者に生まれ変わります。

私たちが生み出しておいていうのもなんですが、国産外国人労働者は不思議な存在です。いつもは黙々と働いていますが、私たちが声をかけたりすると曖昧な笑みを浮かべます。いつも何を考えているかわからない顔つきですが、穏やかで礼儀正しいです。

ときどき、私たちは奇妙な想念にとらわれます。これらの国産外国人労働者にも大和魂があるのだろうか、などと考え込まずにはいられないのです。