音楽

THE WALL

去年、まったく仕事がなかった時、私は職業訓練を受けようと考えて近くのハローワークに行った。

コンピューター関連、ビルメンテナンスなどいろいろあったが、左官が一番楽しそうだった。実用的で、芸術的でもある。

たまたま、相談員が質問を受け付けていたので、左官のコースについて尋ねると、さいわいにもまだ定員の空きがあるとのことだった。気になる年齢制限も55歳未満なら可、ということで問題なさそうだ。

私が乗り気の様子を見せると、相談員は言った。

「このコースは、受講期間も長く、また無料なので、受講生には将来的にこれを仕事にしようという決意が求められます」

「その覚悟です」と私はきっぱり言った。

相談員が志望理由を聞きたがったので、私は背筋を伸ばして答えた。

「は、私が左官コースを希望いたしますのは、お気に入りの妖怪がぬりかべだからです。しかも、愛読書はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』であります。これで私は左官技術の重要性に気付かされました。尊敬する左官職人を申し上げますと、フィル・スペクターです。「ウォール・オブ・サウンド」で知られる彼が、壁に囲まれて亡くなったというのは皮肉といえば皮肉です。しかし、私の音楽の趣味から言えば、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』のほうを選びます」

……私は結局、追い払われた。「はっきり申し上げて、向いていないようです」というのが、相談員の意見だった。

思うに、『ザ・ウォール』を持ち出したのが悪かった。うっかりして「僕たちは教育などいらない!」を忘れていたのだ。


We don’t need no education.
We don’t need no thought control.
No dark sarcasm in the classroom.
Teacher, leave them kids alone,

Hey! Teacher! Leave them kids alone!
(Another Brick In The Wall, Part 2)

苦い文学

イヌディペンデンス

夕方涼しくなったので公園で考えごとをしていたら、散歩に連れられてきたイヌたちの会話が聞こえてきた(今月に入ってこれで2度目だ)。

毛並みのいいの「まったく、最近おかしな奴らが増えてるな。生活保護犬だなんだって、名前からして情けねえ」

背の低い茶色の「ああ、あのどこの馬の骨ともわからん連中か。あんなのと我々を一緒にしてもらっちゃ迷惑千万だ」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「いや、そうはいっても、それぞれ事情があるのだ。すきでそうなったわけではない」

イヌたち「(一斉にうなり吠える)」

毛並みのいいの「我々の払った税金で、仕事もせずに暮らしている怠け者だ」

背の低い茶色の「もちろん、本当に困っているのなら生活保護犬だってしょうがないが、聞けば、ベンツを乗り回してるそうじゃないか」

毛並みのいいの「パチンコに入り浸ってる手合いもいるってよ。不正受給が多すぎる」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「だからといって、制度自体を全否定することはできないと思うがね」

イヌたち「(一斉にうなり吠える)」

毛並みのいいの「働いて、自分でおまんまを稼いでこそ、一人前なんだ。養ってもらうなんて恥だと思わなきゃ」

背の低い茶色の「もし俺が、あんな社会のお荷物になったら、とっくに自殺してるね」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「だが、我々だって、人間に養ってもらっているではないか」

毛並みのいいの「人間が養っているだと? 逆だ、逆だよ! 我々のした糞を次から次へと盗み取っていく連中だぞ。人間がもしそれを食べていないとしたら一体どうしていると思うのかね? まさか捨てているとでも?」

イヌたちは一斉に大笑いを始め、飼い主たちがリードを引っ張って、イヌたちを引き離すまでそれは続いたのであった。

苦い文学

イヌテリジェント・デザイン

夕方涼しくなったので公園でぼうっとしていたら、散歩に連れられてきたイヌたちの会話が聞こえてきた(最近こういうことがよく起こるのだ)。

毛並みのいいの「おい、今日、とんでもない話を聞いたんだ。俺たちの祖先がなんとオオカミなんだってよ」

背の低い茶色の「誰がそんなことを言ってるんだ。あんな野蛮な生物から我々が生まれたなど」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「いや、それは科学的には証明されていることだ。我々はみなオオカミから生まれたのだ」

イヌたち「(一斉にうなり吠える)」

毛並みのいいの「そんなことあるわけない。我々を作ったのは神だ」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「いや、でも、我々とオオカミは共通点がいくつもある……」

イヌたち「(一斉にうなり吠える)」

背の低い茶色の「いいか、たとえ、我々がオオカミから生まれたとしても、我々をオオカミとは異なる優れた生き物にしたのは神なのだ」

白くてフサフサしたの「まったくだ」

モジャモジャの「では、その神というのはなんなのだ。我々をこのように作りあげた神とは?」

毛並みのいいの「神は神だ。イヌがイヌ、オオカミがオオカミであるのと同じだ」

モジャモジャの「科学者たちはこうも言っている。我々をデザインしたのは、人間だと」

毛並みのいいの「人間だと! 2本足でしか歩けず、自分の尻の舐めかたも知らないあのケダモノが?」

イヌたちは一斉に大笑いを始め、それは、飼い主たちがリードを引っ張って、犬の集会を解散させるまで続いたのであった。

苦い文学

路上ライブ

駅前の広場を歩いていたら、音楽が聞こえてきた。見ると、二人組の男が路上ライブをやっているのだった。ひとりはギターで、もうひとりはマイクを握っている。

だが、ギターの音も、歌声も見事に外れていた。私はかえって興味を感じて、聴衆の輪に加わった。

曲はオリジナルかどうかわからなかったが、どこかで聴いたようなメロディに、どこかで聴いたようなフレーズが散りばめられていた。

やがて、歌が終わり、歌手は聴衆に語りかけた。

「ありがとう。僕たち『かぼす』が路上ライブを初めてこれでもう1年?ですか。『路上から武道館を目指します』をキャッチフレーズにがんばらさせていただいてますが、この夢を早く実現したいな、と思って。一生懸命考えたんです。どうしたらいいかって。そしたら、いい案が思い浮かびました。これなら絶対に夢、叶えられるって。それをみなさんと共有できたらと思って」

聴衆の中から拍手が湧いた。

「『かぼす』は、今夜から『元首相』に改名します!」

そのとき、ギターが後ろからチャカチャーンと合図を送った。

「僕たちは、路上から武道館を目指します! では次の曲聴いてください!」

私は家でやることを思い出したので、足早に立ち去った。

苦い文学

人生を変えた本

「巻を措く能わず」というのは良い本について言われるが、その逆もまた良い本だといえる。読むのをやめて、早く自分の人生を生きたくなるような本だ。

私にとっては『人生に正解はない』(笘篠叡士著、幻覚社刊)がまさにそれだった。「人生には正解などないのだから、思うがままに生きよ」という著者の主張に心躍らせた私は、本を途中で放り出して新たな生き方へと歩み出したのだった。

私は長年勤めた会社を辞め、家も引き払った。残ったのは、最低限の所有物と『人生に正解はない』だけ。貯金をすべておろすと、長い旅に出た。冒険が始まったのだ。

そして、挫折と失敗の年月の末、私は無一文になって、もといた町へと戻ってきた。かつて勤めていた会社に行ったが、私を知るものは誰もおらず、中にも入れてもらえなかった。他で仕事を探したが、私のような一度足を踏み外した人間を雇ってくれるところはどこにもなかった。

私は失望し、こんなはずではなかったのに、と悔やんだ。

カバンの中から『人生に正解はない』を取り出した。この本が私の人生を変えてしまったのだ。これを古本屋に売ればおにぎりでも買えるかもしれない。

せめてお終いまで目を通そうと思ってパラパラとめくると、最後のページにこう書いてあった。

「人生には正解はない。だが不正解はある」

古本屋に持っていったら、値がつかなかった。

苦い文学

3匹の子豚

3匹の子豚が仲良く暮らしていた。

ある日、1匹の子豚の家に狼がやってきて、扉を叩いた。

「子豚くん、子豚くん、ちょっと開けてくれないかい」

「いやだよ。開けるものか」と子豚が言うと、狼は息を吹きかけて子豚の家を吹き飛ばしてしまった。

というのも、子豚の家は、ベストセラーの自己啓発書で建てられていたので、とても軽かったのだ。狼は子豚をぺろりと食べて、「これで俺の自己肯定感も高まったなあ」と言った。

狼は2番目の子豚の家に行き、扉を叩いた。

「ちょっと開けてくれないかい」

「いやだよ。開けるものか」と子豚が言うと、狼は息を吹きかけて子豚の家を吹き飛ばしてしまった。というのも、子豚の家は、世界平和統一家庭連合の月刊誌「ビューポイント」や新聞「世界日報」で建てられていたからだった。

狼は2番目の子豚をぺろり食べて、「旧統一教会と関わりがある豚だとは知らなかった。食べてしまった後で言うのはなんだが」と釈明した。

狼は3番目の子豚の家に行き、扉を叩いた。

「ちょっと開けてくれないかい」

「いやだよ。開けるものか」と3番目の子豚。

「ならば、お前の家を吹き飛ばしてしまうぞ」

「僕の家は、インチキな本や新聞なんかとは違うぞ。憲法と分厚い六法全書によって建てられているんだ。吹き飛ぶものか」

狼は顔を真っ赤にして息を吹きかけたが、子豚の家はびくともしない。そこで狼は一計を案じた。子豚の家の周りで、軍事演習を行ったり、ミサイルを飛ばしたりしたのだ。

すると子豚はだんだん不安になってきた。

「このままではこの家は危ない。そうだ、この日本国憲法、こいつをもっと丈夫なのに取り替えよう」

と、子豚が日本国憲法を抜き取ったその瞬間、狼が一吹き。家と基本的人権はたちまち吹き飛ばされ、狼はうまそうに子豚を平らげたのであった。

苦い文学

規格違い

ずっとずっと遠い未来、ある聖なる存在たちが魂を開発した。

魂とはたとえて言うならば数字であり、ひとつの数字は他のあらゆる数字の存在を前提とする。それゆえ、ひとつの魂が存在するときには、あらゆる魂、過去のものを含めた魂もまた存在しなくてはならない。

そこで、聖なる存在たちは、時間を遡り、過去に生きたあらゆる生物の魂を復元することにした。生物たちの死の瞬間に立ちあい、魂をひとつひとつ創出していったのだ。

創出のさいには、死にゆく生物の脳に蓄えられた全記憶を特殊な機器を用いて高速再生しなくてはならない。これは須臾の間の出来事だが、そのさいに、死にゆく生物自身もまた自分の全記憶を追体験する。

この高速再生を、人間は走馬灯と表現しているのである。

私が死んだときも、聖なる存在たちが駆けつけて、私の魂を作り出すべく作業にとりかかった。だが、どうしても私の記憶を再生することができなかった。

聖なる存在たちは口々に言った。「これは VHS ではない。ベータマックスだ」

私は息を吹き返し、今に至るまで死なずに生きている。

苦い文学

襲名披露

この度、ロシア連邦・中華人民共和国・朝鮮民主主義人民共和国改め、二代目枢軸国襲名披露ウクライナ興行に、このように賑々しくお運びくださいまして、厚く御礼申し上げます。

1945 年の夏の無条件降伏より絶えて久しきこの大名跡を、今また、皆様方の前で、先代の思いとともに、引き継ぐ機会を与えられましたこと、この上ない喜びにてございます。

振り返りますれば、初代枢軸国が旗揚げいたしましたのが 1940 年 9 月のこと、それから世界という大舞台で大いに奮闘いたしました。今年 2 月に始まりましたこの度の興行も、先代の夢を受け継ぎ、ウクライナを皮切りに、西はヨーロッパ諸国、東は台湾、日本と、世界を股にかけて巡業いたす予定にてございます。

二代目枢軸国の名に恥じぬよう、先代以上に、残虐、非道、無法を心がけ、一所懸命の覚悟にて努力いたします。

今後とも精進を重ねる所存にて、この二代目枢軸国を行く末長く、ご贔屓下さいますようお願い申し上ぐる次第云々。

音楽

知恵ある言葉

ビートルズの名曲 Let It Be の出だしはこんな感じだ。

When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

これはたいてい次のように和訳される。


私が困難に直面していると
マザー・メアリーがやってくる
知恵ある言葉を話しながら
「そのままにしなさい」と


私はかねてからこれは誤訳ではないかと思っていた。3つの点を指摘したい。

① words of wisdom と Let it be の関係
多くの人は、マザー・メアリーの話した「知恵の言葉」が「Let it be」であると考える。だが、私はそうではないと思う。「Let it be」は「私」の言葉なのだ。

「いや、『知恵の言葉』すなわち『Let it be』なのだ」と反論する人もいるかもしれない。そう言う人はこうも言うだろう。「『Lovely Rita』すなわち『meter maid』なのと一緒だ」と。

だがこれに関しては、「She’s leaving home」の末尾を聴いてほしい。「home」すなわち「bye-bye」とはならないというのは明らかではないか。これと同じである。

② words of wisdom は、「英知ある言葉」「知恵ある言葉」などと訳されるが、これも誤訳である。そもそもロックというものは、常識に逆らうものなのであるから、これを辞書通りに解釈してはいけない。ここは「小賢しい言葉」、もっと踏み込んで「小言」と読まねばならない。

③ Let it be は通常「ありのままで」「そのままで」などとされるが、これはあくまでもマザー・メアリーの words of wisdom として解釈した場合である。すでに述べたようにこれは「私」の言葉でなくてはならない。とすると「(私を)そのままにしてくれ」、すなわち「ほうっておいてくれ」と読むのがよいだろう。

そこで、以下に記すような正しい訳ができあがる。


俺が厄介なときにかぎって
マザー・メアリーがやってきやがる
やくたいもない小言を喚くのさ
ほうっておいてくれよ

ほうっておいてくれよ じゃまするなって ほうっておいてくれよ このままがいいんだ

ガツンと答えを教えてやるぜ

ほうっておいてくれよ


この歌詞がビートルズ解散の決め手となったのは、間違いないだろう。

苦い文学

カレン殉死者の日

8 月 12 日というのは、今から 72 年前、ビルマのカレン人の指導者、ソウ・バウジーが、ビルマ軍によって殺された日だ。そのとき以来、カレン殉死者の日(Karen Martyr’s Day)として、カレン民族の記念日のひとつに加えられた。

この日は、カレン人の住むところではなんらかの式典が開催されるが、ビルマ国内では長らく禁止されていた。NLD 政権になって、一時期は国内でも式典が行われたが、2021 年のクーデター以降は、禁止されているという。

日本でも、在日カレン人が中心となって 8 月 12 日の前後の日曜日に都内の会場で式典を開催してきた(海外カレン機構(日本)という団体が主催している)。

コロナ時代となってからは、開催できなくなったが、今年は再び会場でできそうだというので、みな張り切っていた。大塚で開催することになったが、再び感染者が増加したため、それもキャンセルとなった。

そのようなわけで、今年は 8 月 11 日午後に渋谷の国連大学前広場に集まって、簡単な式典を行うということだ。