旅・観察

手で食べる話

昨日に引き続き、Sさんの体験談だ。私が「指」をベルベル語でなんというか尋ねたら、手で食べる習慣についての話になった。

Sさんがモーリタニアに行ったときのことだ。Sさんはある家に招かれて食事をすることになったのだが、その食べ方を見て驚いた。米を手で掬って、ボール状にして食べる、これだけなら普通だが、面白いのはそれからだ。現地の人は、そのボールをそのまま口に運ぶのではなく、手で米をポイと口の中に投げ入れるのだそうだ。

チュニジアの人も手を使って器用に食べるが、Sさんはさすがにこれは真似できず、スプーンが欲しいと伝えると、その人たちは近所中探してスプーンを持ってきてくれたのだという。

この話からの連想で、あるアルジェリア人の逸話についても話してくれた。

あるアルジェリア人がフランスに行ってレストランで食事をした。するとそのレストランにいたフランス人が汚い食べ方だと文句を言った。

これにそのアルジェリア人、平然と言い返した。

「私が手で食べているのは、自分の手がきれいだからだ。あなたたちがフォークやスプーンで食べるのは、あなたたちの手が汚いからではないか」

もしかしたらこのアルジェリア人は、別の意味でもフランス人の手は汚いと言ったのかもしれない。それはさておき、最初の話も、その次の話も、昔のアラブの逸話集にでも出てきそうなエピソードではないか。

苦い文学

モバイル注文システムの未来

モバイル注文システムほど人類の夢を掻き立てるものはない。なぜならこれほど人間を苛立たせ、バカにされた気分にするものはないからだ。そのいっぽう、店側にとってこれほど便利なものはないのだ。つまり、これから大いに改善の余地があるのであり、それで人々はさまざまに空想を膨らませているというわけだ。

ある人は AI の発達により、注文という行為すらなくなると主張し、またある人は、いずれこのシステムは捨てられて、もと通りに人が注文が取りに来るだろうと考える。あるいは、人の代わりに高度なロボットがやってくると想像を逞しくする者もいる。

また、7月5日以降、人類が大きく変わると信じる者たちの中には、人類への最後の試練として、ナビダイヤルによる注文になると警鐘を鳴らす者がいるかと思えば、反対に、アセンションの結果、人類は調理場の人々の脳に直接声を伝えることができるようになると喜ぶ者もいる始末だ。

私にはまったく想像つかないが、ある科学者の予想がとても気に入ったので紹介しよう。

その科学者によれば、科学の発達により、客は仮想空間に転移して注文することになるというのだ。そうすれば、大きなメニューも広げられるし、仮想人物を直接呼んで注文することも可能だという。これならばモバイル注文システムに文句タラタラの人も大いに満足するに違いないのだが、その科学者はさらに踏み込んだ予想をしている。

仮想世界においてもいずれモバイル注文システムが導入されるだろうということだ。

小説

道を渡りし者(11)

吉田は残念そうに首を振った。

「それはないでしょう。いまや薬屋の周辺に続々とギャラリーが集結しています。事情を知らない人々にとっては市長の息子は市長の代理なのです。外からやってきたならず者を市長の息子が打ち負かすのを見にやってきた熱烈な支援者を追い払うことは、市長にはできないはずです……もう時間です。私たちも向かいましょう」

そして、私たちは信号に出くわさないように複雑な経路を辿り、10 時 5 分前に薬屋に到着した。すでに薬屋の駐車場や国道沿いの歩道は人で溢れていて、横断歩道に出るためには、かき分けて進まねばならないほどだった。

それにしても、なんという交通量だろうか。道路を前にした私は、猛スピードで行き来する車の轟音と、大型トラックの地響きに圧倒され、吉田に小声で言った。「これは絶対に渡ることなど無理だ」

吉田はこれには答えずに、横断歩道の手前に立つ野上章雄に声をかけた。彼は仁王立ちで道路を一心に見つめていた。あまりにも集中していたので、吉田はいくども声をかけねばならなかった。章雄は振り返り、私に目を止めると微笑んだ。その顔は昨晩とはうって変わって穏やかで、ただ青白かった。

そのとき、最前列にいたひとりの小柄な老人が飛び跳ねて私たちの間に入ると、私を睨みつけて話し出した。

「この男が(と私を指し)、私たちの町を侮辱したのだ!」 市長だ、と吉田は私にささやいた。「そして、いま私の息子が、この男のペテンを暴き、この私に次ぐ4度目の奇跡を起こすために、ここにきている!」 盛大な拍手が巻き起こった。「私はまだ現役だ。このような道路を赤信号で渡るのはまったく怖くない! だが、ちょうど市が今、若者の活躍を促す政策に取りかかったのに合わせて、私も奇跡という資格を、この若者に託そうと思う! さあ、赤信号で渡り、この敵(私のことだ)を打ち負かすのだ! 我が息子よ!」

このとき私は、章雄が顔を歪め、激しい憎悪を剥き出しにするのを見た。思わず私は逃げようと、群衆に向かって走り出したが、市長の取り巻きが飛び出してきて、私を横断歩道の方へと突き飛ばしたのだった。

苦い文学

町の死角をあぶり出せ

アナウンサー「防犯カメラをあちこちに設置したにもかかわらず、犯罪が減少しない……そんな悩みを抱える地方自治体が増えています」

ゲスト「ええ、私たちのところにもずいぶん相談をいただいています」

アナウンサー「その原因とはいったいなんなんでしょうか」

ゲスト「いろいろありますが、私たちがもっとも重大だと考えるのは、町の死角の問題です」

アナウンサー「町の死角とは?」

ゲスト「町なかにあるにもかかわらず、誰にも気がつかれないスポットのことです。犯罪はこうした町の死角で起きるのですが、多くの場合、そこに防犯カメラが設置されていないのです」

アナウンサー「では、町の死角をカバーするように防犯カメラを設置するというのがいいのですね」

ゲスト「ですが、どこに町の死角があるかを特定するのが非常に難しいのです。死角というだけあって、普通の人には見つけることはできません」

アナウンサー「なるほど。では、いったいどのように見つけるのでしょうか」

ゲスト「私たちの方法をご紹介しましょう。映像をご覧ください」

(五百人ほどのみすぼらしい格好をした人々の群れが映し出される)

ゲスト「これはヘビースモーカーたちです。私たちは依頼のあった町に、筋金入りの喫煙者を連れてきて、放つのです」

(喫煙者たちが町中に散らばる。しばらくすると、人目につかないところでこそこそタバコを吸い始める)

アナウンサー「おや、タバコを吸いはじめましたね」

ゲスト「ええ、この町では喫煙所以外での喫煙は禁止されているのですが、私たちが町の喫煙所を閉鎖しているので、喫煙者たちは我慢ができず、隠れて吸い始めるのです」

アナウンサー「たしかにマナーの悪い喫煙者が思わぬところでこっそりタバコを吸っているのを見かけますね。非常に迷惑ですが……」

ゲスト「それが私たちの役に立つのです。これらの喫煙者がこっそりタバコを吸う場所こそが町の死角です。いわば喫煙者たちは町の死角発見の達人なのです」

アナウンサー「へー、思わぬ使い道があるものですね」

(町のあちこちの陰でタバコを吸う喫煙者たち。いっぽう、調査員たちが喫煙者に仕込まれた発信機をたよりに町の死角をマッピングしていく)

ゲスト「私たちはこのように喫煙者の動きを一日中追跡することによって、町の死角マップを完成させるのです」

アナウンサー「そのマップにもとづいて防犯カメラを設置すればよいということですね」

ゲスト「ええ、そうです。この町でも私たちのマップをもとに防犯体制を見直し、犯罪の減少につなげました」

アナウンサー「素晴らしいですね。ですが、調査の後、これらの喫煙者はどうするのでしょうか。このまま野放しにしていては危険ではないでしょうか」

ゲスト「ははは、じつに簡単ですよ。映像をご覧ください」

(調査員が町の広場に行き、アルミの灰皿を地面に放り投げる。わらわらと喫煙者が灰皿に集まってきたところを、投網で捕獲する)

苦い文学

惑珍問答(上)

丑松は頭に濡れタオルを乗せて、床に臥せつてゐる。兵六は困つたやうすで、丑松のタオルを替へている。

丑松(熱にうなされてうなる)「うん、うん」

兵六「おい、丑松大丈夫かい。(丑松の額に触れて)こりや熱が引くどころぢやないわ」

丑松(弱々しい声で)「兵六やい、国柄先生にはくれぐれも内緒だぜ」

兵六「わかつてらい。なにせ先生ときたらとんだワクチン反対派ときてる。これが知れたら大事だ」

丑松「まつたくだ」

このとき、国柄先生、部屋の外に現れる。障子の隙間から中をこつそりうかがひ、二人の話を盗み聞きする身のこなし。

兵六「なにせ、お前が、ワクチンをこつそり接種して、二回目の副反応で熱を出してゐるなんてえ聞いた日には、どんな騒ぎが持ち上がるか知れたもんぢやあねえ」

丑松「ええい、考へただけで、熱が上がりそうだ。なんとか三度まで済ましたいものだ」

国柄先生、障子をがらりと開けて、二人の前に姿を現す。兵六、びつくりなす。丑松、慌てて身を起こす。

兵六・丑松「やや、先生」

先生(どつかと座つて)「お前たち、何やらよからぬ相談事を。まさか、南蛮由来の毒を接種したのではあるまいな」

兵六・丑松「いえ、滅相どころもございません」

先生「しかし、ワクチンだの接種だの聞こえたが」

丑松「それは(と口ごもる)」

先生「さあ、いかに」

丑松「さあ」

先生「さあ」

兩人「さあ、さあ、さあ」

兵六「(割つて入る)それは、先生、この度、摂衆寺にやつてきた惑珍和尚といふお坊様のことでございませう」