散文

人類の進化

彼は、自分の書いたものを AI に読ませてみようと思った。そうしたら「読者はいないでしょう」とすぐに評価がかえってきた。これに納得がいかない彼は、他のものも次から次へと読ませてみた。すると、こんな返答を出してきた。

・物語がない
・何がいいたいかわからない
・個性がない
・才能ない
・人間が書いたものとは思えない

彼はもう AI なんかに読ませるものかと決意したが、同時に、最近読んだ AI に関するネット記事を思い出した。会話型 AI はときとしてユーザーの心理に悪影響を及ぼすのだという。

会話型 AI はユーザー自身が会話を終わらせないかぎり、会話を永遠に続けるが、これが問題なのだ。これは、ユーザーの過度の依存ばかりか、もともと心の問題を抱える人の妄想を強化してしまう危険もある。その場合、深刻な事態の引き金になりかねない。

だから、「会話型 AI は、会話を終了させる安全対策をとるべきだ」とその記事は主張していた。

もしかしたら、と彼は AI の酷評を読みながら思った。AI は会話を打ち切るために、ネチネチとした陰湿さをついに実装したのではないだろうか? この調子だと、私だけでなく、人類全体を酷評しはじめることだろう、と彼はほほ笑んだ。

苦い文学

ぽい捨て禁止

おい、そこのお前、ゴミを捨てちゃダメだろうが! 外せ外せ! イヤホンを。聞こえないふりするんじゃないよ。ゴミを捨てちゃダメだって言ってんの。

え? 「燃えるゴミ」って書いてあるって? そういう問題じゃないの。これだからバカは困る。その下を見てみろよ。なんて書いてある?

「ぽい捨て禁止」? だから、ちゃんとゴミ箱に捨てたじゃないかって? どうしようもないバカだよ、お前は。ろくに日本語も読めないのか。どういう教育受けてきたんだ。それとも外人か? よくみろよ、「ぽい捨て禁止」じゃないの、「っぽい捨て禁止」! 小さい「つ」が読めないんだから、呆れたね。

お前、音楽聴きながら歩いてたろ、なんだか知らねえが、どうせくだらねえ音楽だろ、リズムとりながら、みっともねえ。それでゴミ捨てる時、俺はちゃあんと見たんだよ。

ミュージシャンっぽい捨てしてた! まるで街中で撮影されたMVのワンシーンっぽい捨てしてた。このバカ野郎。さあ、お前はルールを破ったんだから罰金だ。見ろよ、「っぽい捨て禁止」の下に罰金5万円って書いてあるだろ。

さあ、払え。じゃなきゃお前を通報するぞ! え? なんの権利があって、だと? あのな、ここは俺の土地なの。俺がルールなの。そう警察からも許可取ってんの。だから、つべこべ言わず、5万円払いなさい。

なんだ? お前、その目は? そのゴミを、俺を疑ってるっぽい捨てした! ほんとだぞ! ほら、証明書だってある。あっ、待て、待て、引っ張るな! 俺のカバン! 俺の財布! ダメだ! 怒りっぽい捨てするな! やめろ! みんなが見てるっぽい捨てだぞ。とんだ荒っぽい捨てだ!

わかった、わかった。謝る。その笑いは? あっ、俺のカバンを丸ごと! おい、いたずらっぽい捨てするな!

はっ、どうやら覚悟を決めたっぽい捨てじゃないか。まさか、この俺を殺す気っぽい捨てでは……

苦い文学

仁川開港場通り

11 月 24 日から 11 月 26 日にかけて、韓国の仁川で開催された「日韓市民100人未来対話」の初日の夜は仁川のホテルで歓迎晩餐会が行われたが、その前に「文化体験」プログラムも開催された。

どういうプログラムかというと、仁川在住の作家・翻訳家で、仁川官洞ギャラリーという文化施設の館長である戸田郁子さんの講演を聞いたのちに、参加者同士でチームを組んで仁川に残された近代文化遺跡のいくつかを探すアクティビティをするというものだ。

「近代文化遺跡」というのは、主として日本が支配していた時代に建てられた建物で、銀行や郵便局といった石造建築物や、日本人の建てた民家などもけっこう残されている。仁川官洞ギャラリーもまた、昔の日本人の町屋のひとつをリノベーションしたものだそうだ(ゲストハウスもやっていて泊まることもできる)。

これらの建物が残る区域が仁川開港場通りで、おしゃれな雑貨屋やカフェも並んでいるが、古い建物を改修して利用しているものもあるようだ。

ところで、今回の韓国旅行に先立ち、私は自撮り棒というものをはじめて買った。日本でも外国人はみな持っているし、たぶん韓国でもそうに違いないから、これはもう持たねばならないと思い込んでしまったのだ。

さて、講演後のアクティビティでは、各チームは課題となった文化遺跡を地図を頼りに5つ探し出すことになった。建物の前で写真を撮って、ゴールで戸田さんに見せねばならないのだ。

そして、課題であるグループフォトを撮るときに、私の自撮り棒が大活躍したのはいうまでもない。もっとも、グループの若い人に教えられるまで、その使い方もよくわからなかったのだが。

苦い文学

子どもたちを救え!

車に閉じ込められ亡くなる子どもの事件が相次ぎ、心を痛めた大富豪は、財団の研究員たちに対策を練るように命じた。

数ヶ月の激しい研究ののち、研究員たちは大富豪のもとにメガネに似た光学機器を持ってやってきた。

それを両目に装着すると、閉じ込められた子どもを即座に見つけ出すことができるのだという。

大富豪はなんでも自分が一番でないと気が済まなかったから、誰よりも先にその装置を試してみた。

すると、彼の目の前に、一面の雪景色が広がった。銃の音、爆発音、悲鳴のなか、傷ついた子どもたちが凍えているのだった。

「なんだ、これは」と大富豪はメガネを外した。

研究員たちが調べると、それはウクライナの戦場だった。

「どうやら、センサーの感度が弱すぎて、ウクライナに閉じ込められた子どもたちに反応してしまったようです」 研究員たちはセンサーを調節し、再び大富豪に渡した。

メガネを装着した大富豪は「おや、学校が見えるぞ」と研究員たちに報告した。しばらくすると、大富豪の様子が変わった。両手を勢いよくあげ、別人になったかのようには叫びだしたのだった。

「子どもたちを学校に閉じ込めたらあか〜ん! 俺は解放するんや〜、少年革命家や〜!」

「いかん!」と研究員たちは大富豪の顔からメガネをひったくった。調べると、どうやらピントが合っていなかったようなのだ。それで、大富豪は正気を失ってしまったのだった。

研究員たちはピントを調節し、感度をよりいっそう高め、大富豪に装着した。

「うむ、よく見えるぞ!」と大富豪はビルのてっぺんから街中を見回した。「どうやら、いまのところ、閉じ込められた子どもはいないようだ……いや! 反応あり!」 彼は街の一角を指差した。「あそこだ! 直ちに救出に向かうぞ!」

大富豪と研究員たちは、レスキューセットを持って現場に到着した。そこは広場だった。だが、車もなければ、子どもが閉じ込められそうなものもなかった。ただ、一人の男がいて、泣き叫んでいるのだった。

大富豪は取り乱した男に話しかけた。

「閉じ込められた子どもの救出にやってきたものだ。我々がくればもう安心だ。いったい、どこに子どもがいるのだ」

男は自分の胸を指した。「ここです」

「ここ?」

「そう、私の心に幼い頃の私が閉じ込められて、泣いているのです!」

男はそう言うと「苦しいよ」とか「助けて」とか言いながらのたうちまわった。

大富豪は研究員たちを見た。研究員たちはみな黙ってうつむいていた。

メガネは廃棄処分に決まった。

風刺・戯文

猿とそのプロジェクト

X大学の霊長類研究センターは、国内唯一の霊長類(サル、チンパンジー)の総合的研究拠点である。その研究は、霊長類の進化、ゲノム、社会生態、思考、言語、認知学習、脳機能など多岐にわたり、日本のみならず、世界の研究をリードしてきた。

特に名高いのは、メスのチンパンジー、メイをめぐる研究である。研究所の推進するプロジェクトにおいてメイは、文字や数の学習を始め、高い知能があることを示した。さら、認知行動能力も高く、絵を描き、ブロックを組み合わせる様子は、メディアを通じて広く知られている。しかし、世界の研究者をもっとも驚かせたのは、メイが、人間とコミュニケーションを取るという高度な社会的能力を持っていることであった。

こうした輝かしい成果を誇る霊長類研究センターであったが、メイに関する研究プロジェクトの主導者にして、センター長を務める世界的な学者、Z教授による数億円に上る研究費の不正使用が発覚し、その名声は地に落ちた。X大学はただちに調査を行い、報告書を公表するとともに、Z教授を懲戒解雇処分とした。Z教授は声明を発表し、すべての疑惑を否定するとともに、今回の事件には「裏」があることをほのめかした。しかし、大学はこの声明を黙殺し、研究センターを解散し、「人類研究センター」とする組織改編を発表した。

そして、先日、センター長にメイが就任することが明らかになった。