散文

人類の進化

彼は、自分の書いたものを AI に読ませてみようと思った。そうしたら「読者はいないでしょう」とすぐに評価がかえってきた。これに納得がいかない彼は、他のものも次から次へと読ませてみた。すると、こんな返答を出してきた。

・物語がない
・何がいいたいかわからない
・個性がない
・才能ない
・人間が書いたものとは思えない

彼はもう AI なんかに読ませるものかと決意したが、同時に、最近読んだ AI に関するネット記事を思い出した。会話型 AI はときとしてユーザーの心理に悪影響を及ぼすのだという。

会話型 AI はユーザー自身が会話を終わらせないかぎり、会話を永遠に続けるが、これが問題なのだ。これは、ユーザーの過度の依存ばかりか、もともと心の問題を抱える人の妄想を強化してしまう危険もある。その場合、深刻な事態の引き金になりかねない。

だから、「会話型 AI は、会話を終了させる安全対策をとるべきだ」とその記事は主張していた。

もしかしたら、と彼は AI の酷評を読みながら思った。AI は会話を打ち切るために、ネチネチとした陰湿さをついに実装したのではないだろうか? この調子だと、私だけでなく、人類全体を酷評しはじめることだろう、と彼はほほ笑んだ。

風刺・戯文

モバイル注文システムの未来

モバイル注文システムほど人類の夢を掻き立てるものはない。なぜならこれほど人間を苛立たせ、バカにされた気分にするものはないからだ。そのいっぽう、店側にとってこれほど便利なものはないのだ。つまり、これから大いに改善の余地があるのであり、それで人々はさまざまに空想を膨らませているというわけだ。

ある人は AI の発達により、注文という行為すらなくなると主張し、またある人は、いずれこのシステムは捨てられて、もと通りに人が注文が取りに来るだろうと考える。あるいは、人の代わりに高度なロボットがやってくると想像を逞しくする者もいる。

また、7月5日以降、人類が大きく変わると信じる者たちの中には、人類への最後の試練として、ナビダイヤルによる注文になると警鐘を鳴らす者がいるかと思えば、反対に、アセンションの結果、人類は調理場の人々の脳に直接声を伝えることができるようになると喜ぶ者もいる始末だ。

私にはまったく想像つかないが、ある科学者の予想がとても気に入ったので紹介しよう。

その科学者によれば、科学の発達により、客は仮想空間に転移して注文することになるというのだ。そうすれば、大きなメニューも広げられるし、仮想人物を直接呼んで注文することも可能だという。これならばモバイル注文システムに文句タラタラの人も大いに満足するに違いないのだが、その科学者はさらに踏み込んだ予想をしている。

仮想世界においてもいずれモバイル注文システムが導入されるだろうということだ。

風刺・戯文

Apple Music の手(2)

Apple Music が、私たちの洋楽ライブラリをどんどんカタカナにしてしまっているということを書いたら、こういうお声をいただいた。

「まったく同感です。アーティスト名がカタカナだと、もとの綴りがわからない場合があって、Wikipedia などで調べたいときにちょっと困ります」

また反論もあった。「それなりの知名度のミュージシャンでもアルファベットのままだぞ。Dinosaur Jr. とか、Yo La Tengo とか」 確かにそうかもしれないが、そうしたミュージシャンも半年後には、カタカナになっているかもしれないのだ。

そして、ある人がこう言うのには私はうれしくなってしまった。

「XTC、R.E.M、U2 はどうだ。これらはカタカナになっていないではないか」

私はさっそく Apple Music の NRBQ のページを開いてみた。NRBQ だ。私は「ついにカタカナの侵食を食い止めてくれたか……」と感慨深く眺めていたが、やがて恐ろしいことに気がついた。

「いや、もしやこれは日本語のローマ字であって、英語のローマ字ではないのではないか。ああ、FRUIT ZIPEER や ME:I がカタカナにならないのは、これは日本語のローマ字だったからなのだ!」

バカげているとお思いになるかもしれないが、これが真実なのだ。

風刺・戯文

Apple Music の手(1)

ギリシア神話のミダス王はその手に触れたものを黄金に変え、チェッカーズは触れるものみな傷つけたと、言い伝えは語るが、この現代では、Apple Music が同じことをかねてから行なっているようだ。つまり、触れるものみなカタカナに変えてしまうのだ。

私たち Apple Music ユーザーがずいぶん昔から困っているのは、このサービスが海外の有名ミュージシャンやバンドを、例えば The Rolling Stones は「ザ・ローリング・ストーンズ」というように勝手にカタカナにしてしまうことだ(しかも、いつのまに中グロまで出現しているのだ)。

いや、もちろん、日本だから、カタカナに変えてもいいのだ。だが、それならばなぜ「DREAMS COME TRUE」は「ドリームズ・カム・トゥルー」とならないのだろうか? Ado は「アド」に? 「いや、これは日本でそういう名前だからいいのだ」という人もいるかもしれない。ならばイギリスでは The Rolling Stones は The Rolling Stones なのだから、日本でも The Rolling Stones であるべきではないだろうか?

しかも、私たちのこうした疑念にもかかわらず、この恐ろしき Apple Music の手は日々カタカナ化を推し進めているのだ。去年は原語表記であったミュージシャンもいつの間にかカタカナになり、今、アルファベットのバンドも、来月にはカタカナとなっているかもしれない。

こうして私たちの洋楽ライブラリはカタカナに侵食されていく。そのうちすべてのローマ字が放逐されないとは、誰が言えようか?

小説

フキダシのドットたち・・・

私はネットで、友人とメッセージのやり取りを続けていた。

私たちはK-popについて話していたのだが、あるアイドルの新曲の話題になったとき、私はこう言った。

「あれ、一回聴いてもういいかなって。最近の傾向かもしれないけどガチャガチャしててメロディがないんだよな」

こう送信した後、私は彼がこのアイドルの大ファンだったことを思い出した。

すぐに取りつくろう言葉を送ろうとしたが、彼のほうで入力中のマークが出現するのが見えた。フキダシの中で小さいドットの列が薄くなったり濃くなったりしている。

私は彼の返事を待った。あんがい同意見かもしれない、と思ったからだったが、彼はずっと入力中のままだった。

私はしばらく待っていたが、灰色のドットのアニメーションは変わらなかった。なにを書いているのだろうか。私はメッセージを送ろうかと考えたが、そのとき家人に呼ばれて携帯を閉じた。

一時間ほどして、再び携帯を開くと、私は彼の入力中のステイタスが変化していないのに驚いた。もしかしたら、と私は思った。入力の途中で放置しているのかもしれない。

それから私はこのことをすっかり忘れてしまった。二日ばかりのちにふと思い出して、アプリを開くと、彼はまだ入力中なのだった。

やはり彼は怒っていたのだ。それで、とんでもない長編の反論を執筆中なのだ。確かにそんなことをしでかしかねない男だったが、私はこの途方もない空想を打ち消した。

不可解な思いに囚われながら、私は、左から右へ動いているように見えるその小さなドットを見つめていた。

すると、私は奇妙なことに気がついた。それらのドットのアニメーションは、いつもの入力中のものとはどこか違うのだ。

私は目を凝らして、そのドットたちを見つめた。私の老眼の目が欺いたのであってほしいと思うが、それらはドットに似た文字であり、ひたすら罵りの言葉を繰り返していた。

風刺・戯文

あなたが何者であろうとあなたは自由だ

まったく、現代ほど自分が何者であるか鋭く問われている時代はないのではないか?

たとえば「外国人お断り」ときた。つまりその店に入る者は自分が外国人ではないことを証明しなくてはならないのだ。「なにか証明するものを見せればいいではないか」 そういう人もいるだろう。だが、なぜそんな個人情報を見せなくてはならないのだろうか。

いやこんなものはまだ序の口に過ぎない。いまロシアで、アメリカで、中国で起きていることをみろ。自分が同性愛者でないことを宣言しないと、命すら危ないのだ。

自分が何者であろうと関係ないではないか。そしてなぜそのことを人前で明かさなくてはならないのか。自分が自分をどう自認しようと勝手だし、それを差し出す必要なんかないのだ。

自分が何者であろうと自由だ。そしてそれを言う言わないも自由だ。私たちの心は自由なのだ!

そうだ、チェックなど入れるものか!

……とおじさんが、画面に突然あらわれた「私はロボットではありません」に憤慨していた。

小説

新しいサービス(終)

もうどれくらい経ったろうか。少なくとも三時間は経った。いや、数日、数週間、数ヶ月……私にはわからない。薬を飲まされるたびに、時間が恐ろしい速さで飛び去って行くようだ。

私はソファでずっと過ごす。ほとんど寝ているが、それでも待ち続けている。iPhone の修理が終わり、自分の名が呼ばれるのを。ああ、こんなことになるのならば、修理などに出さねばよかった。わずかなヒビなど放っておけばよかったのだ。私の家族はどうしていることだろうか。だが、家族などどうでもよい。私はただ iPhone に、ただ iPhone 16 Max Pro に会いたい。一目見て安心したい。

この待合室には、ときどき新しい人がやってくる。私は新入りを見つけるたびに、iPhone のことを聞く。ある者は iPhone 6 の修理待ちだ。またある者は iPhone 87 だと言った。私は気がついたのだ。私の iPhone 16 Max Pro などまったく最新ではないことに。そして、老人は iPhone 87 すら、古い方だと断言して憚らない。

「大きな戦争が終わる。その後に出たやつが私の聞いたうちではもっとも新しい」

私は尋ねる。「87 よりずっと後だというのならば、それは iPhone なになのですか。100 なのですか。どんな名前なのですか」

老人はずっと以前のことなので忘れたと言いながら、答える。「もう iPhone などという名前ではなかったな。サイボーグ? アンドロイド? みたいな……」

小説

新しいサービス(8)

私は朦朧としたまま、どこか薄暗い場所で目を覚ました。ズキズキと痛む頭を巡らせて、自分が馴染みのない場所にいることに気がついた。立ち上がると、あちこちに黒い大きな物体が転がっているのが浮かび上がってきた。ソファだ。私はすべてを思い出し、エレベーターに向かって走り出し、ソファにつまずき、転んだ。人の唸り声が聞こえた。私はかまわず壁に駆け寄り、叫んだ。

「出してくれ!」

私は誰かに掴まれ、その瞬間、全身の力が抜け、倒れた。

再び目を覚ましたとき、私はあの明るい待合室にいた。飛び起きたかったが、体が動かなかった。老人が現れ、私の体に手を置き、小声で言った。

「静かに! また酷い目に遭うぞ」 老人は私が大人しくしているのを見て続けた。「まずは私の話を聞くんだ。私たちはみな、ここで自分の iPhone の修理が終わるのを待っている。問題は、私たちはあまりにも iPhone のある生活に慣れすぎて、なしでは不安になってしまうことだ。だから、私たちは修理が終わるまでのあいだ、ここに滞在することを選んだのだ。定期的な投薬も、不安を和らげるためだ」

「そんな、同意もなしに……」

「いや、同意したはずだ」と老人はささやいた。「ここに来る前にサインをしたのではないかね」

小説

新しいサービス(7)

そのとき、待合室の奥の扉が開き、スタッフたちが入ってきた。皆、白い服を着ていて、二人組でソファに座る客たちのところに散っていった。そこで客を囲んで、何やら話している様子だ。

やがて、私たちのところにも、二人組がやってきた。老人は慣れているのか、口をモゴモゴさせて挨拶をした。すると、ひとりのスタッフがカプセルのようなものを差し出した。もうひとりが紙コップに水を注ぎ、老人に渡した。

老人はなにも言わずに、薬を水で流し込んだ。「で、私の修理はまだですか」と老人が尋ねると、スタッフは「もうすぐですよ」と答え、私のほうを向き、薬を差し出した。

「これは、なんですか?」

「薬の時間ですよ」

「いや、薬なんて必要ないですよ」

「そういうわけにはいきませんよ」

「いや、いらない」

「困りましたね。大人しく飲みましょうよ」

私は急に腹が立ってきた。「俺はこんなものはいらない!」 私は別のスタッフが差し出した紙コップを手で払った。水が床に跳ね飛んだ。「もういい、下に行く!」 私が立ち上がったとき、スタッフたちが私の肩を掴んだ。私はさらにカッとなり、その手を外して、スタッフを押し返した。「なんだ! やめろ!」

その次の瞬間、私は急にスタッフたちに組み伏せられた。苦しさに絶叫したことは覚えているが、それだけだ。

小説

新しいサービス(6)

見ると、白髪の粗末な服を着た男が私のそばに立っているのだった。「戸惑っていらっしゃるようなので」

急に声をかけられて私はなんとなくイヤな気分になったが、平静に答えた。「ええ、ちょっと思っていたのと違うので」

「皆そうなのです。私も初めはそうでした。ですが、もう慣れました」

「そうですね。座って休めるだけ、ありがたいというものです」

「ときに、修理に出されている iPhone はなんですか?」

「16 Max Pro。最新のです」 私は胸を張って答えた。発売日に手に入れたと付け加えてもいいくらいだった。だが、老人はピンときていないようだった。

「ほほう。というと、何年のでしょうか」

「今年、いや、ほんの数ヶ月前のです」

「ええ、そうでしょう。ただ何年か知りたいのです」

「2024 年に決まっているでしょう」 私はこの老人が少しおかしいのだと気づき始めていた。会話を打ち切りたかったが、老人はそうさせなかった。

「2024 年! iPhone 16! なるほど。で、戦争は?」

「戦争? まだ続いていますよ」

「うーむ。これは面白い! なにしろニュースというものがここにはないので。あっても断片的で。ですので、新しく来られた方に聞くしかないのです。ちなみに、私が出しているのは iPhone 4 です」

「え、それはまた! ずいぶん使われたんですね!」

「いえ! いえ! それほどでもないです。あなたが思っていらっしゃるほどでは!」