風刺・戯文

漂白の達人

衆院選のさなか、世界的な言語学者のスティーブン・ガルシア博士が来日し、都内を巡って精力的な言語調査を実施しました。

ガルシア博士は、意味の漂白(semantic bleaching)の研究で知られる世界的な学者です。意味の漂白とは「語がもともともっていた具体的な意味が弱まる、つまり漂白され、より抽象的・文法的な意味をもつようになること」とされます。

具体的な例としては日本語の「いる」があります。「いる」は「居る、存在する」という意味ですが、これが「雨が降っている」「電車が走っている」のように動詞の後にくると、ある動作が「進行している」という抽象的な意味を表すようになります。このとき「いる」からは「存在する」という具体的な意味は漂白されてなくなってしまっているのです。

「激しい選挙戦が行われているこの今の日本こそ、私が研究している意味の漂白の例を集めるのに最適なフィールドなのです」と、流暢な日本語を操るガルシア博士の前に、選挙カーが止まりました。早速、候補者たちの演説が始まります。

「日本を強く!」
「本気で改革!」
「全力で取り組みます」
「ぶれない姿勢!」
「未来を守れ!」

博士の顔が歓喜に輝きます。「どうです。これらの候補者たちの言葉は! どの言葉をとりあげても、意味がすっかり消え失せてます! まったく日本の政治家は意味の漂白の達人ですよ!」

調査を終えた博士は、「有権者の脳も漂白されているかも」という思いつきを検証するため、雑踏の中に吸い込まれていきました。

苦い文学

ロックなテスト

僕たちの学校の先生は、先生だけどロックミュージシャンなんだ。だから、授業はいつもロックのライブみたいなんだ。あるとき先生がみんなの前でこう言ったんだ。

「明日はニューアルバムのリリースだ! みんなちゃんと復習してくるように!」

僕たちはもうこれでピーンときちゃったんだ。明日はテストだってことだ。

そして、次の日は本当にテストだったんだ。

「よし始めるぞ!」と、先生は何人かの子にテストを配り始めた。「これは通常盤のテストだ」 配られたのはみんな普通の成績の子ばかりだったんだ。

それから、また先生は別の子どもたちに配り始めた。少し勉強ができる子たちだ。「これはボーナストラック付きだ」 

今度はクラスで頭の良くない子どもたちに別のテストを配り出した。「お前たちは、ブートレグ盤だ」

そして、最後に成績優秀な子どもたちの前に立った。「お前たちには手応えが必要だ」

そういうと、先生は分厚い本を配り始めたんだ。びっくりしている僕たちに先生はこう言ったんだ。

「これはスーパーデラックス盤だ! 通常の問題に加えて、デモやアウトテイクがぎっしりだぞ。ちなみに、100ページにも及ぶ渾身のライナーにもちゃんと目を通すんだ! さあ、テストはじめ!」

だけど、先生ときたら、テストのあいだじゅう、爆音でロックを聴いてたもんだから、僕たちはテストどころじゃなかったんだ。

苦い文学

牛の足のスープ

メーソートのバス・ステーションに着いたのは朝の 4:40。バスを降りて、荷物を取り出していると、トゥクトゥクの運転手たちが「用はないか(きっとあるはず)」と声をかけてくる。

私と友人はそれに構わずベンチに座る。しばらくすると、カレン人の牧師(まただ)がやってきてくれた。

彼はこのメーソートでカレン人の子どもたちのための施設をやっている(今回の旅でそこも訪問したいと思っていたがそれは今日ではない)。

彼はちょっと挨拶に来たのだ。というのも彼の兄が日本に住んでいるからで、私もずいぶんお世話になっている。そして彼の別の弟(またまた牧師だ)にもエーヤーワディ・デルタを旅したときにいろいろ協力してもらった。

さて、3人で話していると、迎えの人が来た。私たち3人はその迎えの人と車で朝食を食べに行く。

朝の5時半だが、開いている店はある。インド系のムスリム・ビルマ人の経営するお店で、店内にはアラビア語で神を讃えるプレートが掲げられている。

働いているのもみなビルマ人で、ひとりの女の子は私の友人の出身地であるデルタのミャウンミャの人だった。

まずはビルマの朝の定番だ。練乳入りのミルクティにイーチャーグエという揚げパン。このパンをミルクティに浸して食べる。私はこれが好きで頼まないというときはない。

そしてこの店の名物のインド料理、ペープラーター。これは豆(ペー)を小麦粉の生地(プラーター)で包んで揚げたもの。

もうひとつインド由来の名物も出てきた。「スープ、スープ」と頼んでいたのでなにかと思っていたら、ローリング・ストーンズの「山羊の頭のスープ」ならぬ「牛の足のスープ」だ。蹄が丸ごと入っていて、とろとろに煮込まれた結果、脂身がフワフワするまでにいたった。とてもおいしい。ただ朝の6時前に食べる一品かどうかは分からない。

興味のあるかたは、ぜひメーソート市内の「Lucky Tea Garden」を訪問してほしい。

苦い文学

オエーッを追え

何日か前に、私は「オエーッとする人」について書いた。

これは、同性愛者だとかが楽しげにしていたり、見下されている女性がオシャレしたりすると、忽然と現れて「オエーッ」とやってみせる男たちのことだ。

こうした「オエーッびと」について、「最近とんと見なくなった」と私は記し、時代の趨勢に押され、もはや絶滅したのでは、とさえ考えていた。

だが、ここ数日で、状況は完全に変わった。「オエーッびと」がある特定の領域に逃げ込み、ひそかに棲息していることが確証されたのだ。これは、ツチノコ、ヒバゴン、クッシーの発見に比肩すべき大発見だ(たぶんナショナルジオグラフィックにも掲載されるだろう)。

なんと我が国の政権の中枢に「オエーッびと」がいることが明らかになったのだ。ニュースによれば、総理の側近が LGBT など性的少数者について「僕だって見るのも嫌だ。隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」と言ったという。これはオフレコの発言だが、もっとオフレコにすると「オエーッ」となる。つまりこの人物はまぎれもない「オエーッびと」なのであった。

岸田総理はすぐさまこの「オエーッびと」を表舞台から引っ込ませたが、おそらく政権の背後には無数の「オエーッびと」が隠れ暮らしているにちがいない。

これは単なる推測ではない。かつて保守系の団体の式典に参加したとき、参列者たちが実に奇妙な節回しで国歌を歌うのを耳にし、不審に思ったことを思い出す。参列者たちは声を揃えて「やーちーよオエーッにー」、「いーわーオエーッになありーて」というように歌ったのである。それはまったく我が国を侮辱しているかのように響いた。

思えばこれが「オエーッびと」存在の証拠であったのだ。私はこれを見抜けなかった自らの不明を恥じるとともに、以後「オエーッびと」の捕獲と駆除に全力を尽くしたい。

苦い文学

当惑

入管の手続きで、難民は身元保証人が必要になることがある。この身元保証人の要件には3つのタイプがある。ひとつは住所と名前だけで済む場合、もうひとつはさらに住民票や納税証明書や銀行の残高証明(通帳のコピー)が必要な場合、そして3つ目は在職証明書もまた必須の場合だ。

私は入管関係の書類で身元保証人を頼まれた場合、基本的には断らない。だが、現在は仕事がないので3つ目のタイプの保証は引き受けることができない。

この第3のタイプは、特定活動ビザの人が定住者ビザに変更したい場合や、定住者ビザの人が永住者ビザに変更したい場合に多いようだ。なお、第1のタイプは、在留期間延長届などの場合、第2のタイプは入管被収容者の仮放免許可申請の場合だ(ただし、入管のやることはいつも変わるので、これも変わりうる)。

ある知人のビルマ難民が、弁護士と相談してなにかの申請の準備を進めていた。それで身元保証人が必要になった。

その人は私を思い出し、連絡してきた。身元保証人のために準備すべき書類を教えてもらうと、在職証明書も含まれていた。

「できない」というと、その人は日本語が十分理解できなかったのか、弁護士に直接伝えてほしい、と頼んできた。

私のことなど知りもしない弁護士先生にいきなり電話して「申し訳ないですが、できません」と言えというのだ。

「ゴメンね、君の彼氏にはなれないよ……」と見知らぬ男から告白された女性ぐらい弁護士を当惑させるのは間違いないので、私は断った。