Satire

Discovery on the Station Stairs

In the evening, when people returning from work pour out of the train, the right side of the staircase is packed with passengers climbing to the ticket gates. That side is for going up. So many gather there that one has to wait in line just to ascend. The left side, divided by a silver handrail, is much narrower—reserved for those coming down. But because the crowd going up is overwhelming, a second line has begun to form on the left as well.

For some time, I had been thinking —quite objectively, I believed— about these people who climb the side meant for descent.

“Their behavior,” I concluded, “comes from a lack of respect for rules. Many who share this psychological trait are either criminals who enjoy breaking the law, or politicians who believe they are above it.”

One day I shared this opinion with a friend. He disagreed. “Come on,” he said. “Those villains wouldn’t take something as common as a commuter train. The people who climb the down side are not offenders but the weak— outsiders forced away from the main flow of society that moves upward.”

Which of us was right? We decided the simplest way was to ask the people themselves. So, during the evening rush hour, we went to the station, stood at the top of the stairs, and waited to interview anyone coming up the wrong side.

The investigation failed. When we tried to speak to one such climber, we were shoved aside as nuisances and tumbled all the way down the stairs.

Lying on the platform, we looked up. Through the roar of trains and the announcements echoing overhead, we saw countless people moving up and down in perfect, silent order. All we could whisper was:

“Neither evil nor weak…”
“Humanity…”

We are now considering the scientific name for the species we have discovered.

風刺・戯文

駅の階段での発見

夕方、仕事から帰ってきた人々が電車からどっと降りるとき、階段の右側は、改札階へ上がる人々でごった返す。なぜなら、そこは上り専用だからだ。あまりに人が集まるので、階段に上るために列ができるほどだ。銀の手すりで区切られた階段の左側は、降りる人専用でずっと狭い。だが、上り客が多すぎて、左側にも上りの列が生まれていた。

かねてから、降りる側を勝手に上ってしまう、これらの人々について私は公平な立場からこう考えていた。

「これらの人々の特徴は、遵法意識の欠如にある。こうした心理特徴を持つ人々の多くは、違法なことを好む犯罪者か、自分は特別だからなにをやってもいいと考える政治家だ」

あるとき、友人にこの私見を話すと、彼はこう反論した。「そんな悪人たちが、電車などという庶民の乗り物に乗るわけがないだろう。降りる人側を上っていってしまう人は、上り専用という主流から弾き出され、やむなくそうしている弱者にちがいない」

私と友人のどちらが正しいのだろうか。私たちは当人に聞くのがいちばんだと考え、夕方の混雑時に駅に向かった。階段の上で、降りる人側から上ってくる乗客を待ち受け、二人でインタビューしようとしたのである。

だが、この調査は成功しなかった。というのも、階段を上ってくる人に話しかけた私たちは、邪魔だと突き飛ばされて、階段の下に落下したからであった。

そして、ホームに倒れた私たちは見上げた。電車の轟音とアナウンスが響き渡るなか、無数の人々が無言で規律正しく上り降りする光景に息を呑んだ。私たちはこう呟くのがやっとだった。「悪人でも弱者でもない……」「人類だ……」

私たちは自分たちが発見した人類の学名を考えている。

苦い文学

私の節約法

この世界はなんと悲惨に満ちていることでしょうか。

どれだけ多くの人々が、なんの罪もないのに、命を奪われていることでしょうか。自分のものでない戦争のために戦場に駆り立てられ、政治家たちの無責任な虚言・流言飛語・陰謀論の責任を押しつけられて、惨めに殺されていることでしょうか。

そして、どれだけ多くの子どもたちが、自我すら芽生えぬ幼児たちが、それどころか、この世界の光を浴びたばかりの赤子たちが、大人も背負えないほどの苦しみを味わいながら、無惨にも殺されていることでしょうか。

私はいつもこれらの命のことを考えるようにしています。そして、これらの命がこの地上にもう一度、生まれるよう、そして平和な人生を送れるよう、心から願っています。

とくに私が「人生は一度きりだから、これ買っちゃえ」とか、「たった一度の人生だから、贅沢しちゃうぞ」とか考えがちのときに、そう願うようにしているので、余計な出費を抑えることができ、ずいぶん貯金ができました。

これからも悲惨な世界に期待しています。

苦い文学

このブログの画像

2021 年 11 月以降の投稿では、本文には画像を入れないことにしているが、それだとブログ全体が文字ばかりになってしまうことに気がついた。

そこで投稿のアイキャッチ画像を入れることにした。そうすると投稿ごとにいろいろな画像が表示されてにぎやかだ。

はじめは過去に自分が撮った写真を探し出して、編集してアイキャッチ画像としていた。だが、面倒臭いので、いまでは馴染みの AI に頼んで作ってもらったものを使っている。ただで、しかも何百枚も、こっちがもういらないというくらい、簡単に作ってくれる。

ブログの飾りになればいい程度なので、発注の仕方も適当だし、画像の質もあまり気にしていない。そもそも投稿の内容とアイキャッチ画像はほとんど関係がない。気分で選んでいるだけだ。

もっとも、私の書くものにはなにかしら電車が出てくることが多いので、そうしたことを見越して、電車の画像をたくさん作ってもらってある。

この交通手段の無軌道ぶりが私に与えるフラストレーションのほどを考えると、それでもとうてい足りないくらいだ。

苦い文学

ゲストハウスの怪

2019 年 6 月、私はビルマに一泊だけして帰ってきた。一緒に行ったのは、国際政治の研究をしている人で、私は彼と日本語学校などを見て回った。

旅行に行くときは、私は行き当たりばったりで宿なども取らずに行くことが多いが、そのときは同行者が予約してくれた。

一泊千円のゲストハウスだ。個室は個室だが、壁は天井にまで達していないので、音などは筒抜けだ。

私と同行者以外にも宿泊客はいたようだが、姿は見かけなかった。私たちは、それぞれの部屋に入り寝ることにした。

ベッドの上に横になり、いろいろと考えごとをしていると、隣からその物音が聞こえてきた。ベッドの軋む音、喘ぎ声、肌と肌がぶつかる音……。

隣にいる見知らぬ二人の性行為が始まったのだ。

その生々しい物音で私は寝るどころではなくなった。壁を叩いて停戦を呼びかけるという手もあったが、それがかえって戦火を激しく燃え立たせるおそれもあった。

そんなわけで私はなにもせず、ただ隣の「射ちてし止まん」の時至るのを待って、眠りについたのであった。

翌朝、私と同行者は顔を合わすや、笑わずにはいられなかった。私たちは互いの困惑について口にしあった。私は言った。

「なにしろ、隣でしたからね」

すると彼は言った。「えっ、隣? 隣は誰もいないのでは?」

では、私の聞いたあの物音はいったい……?!

隣の隣かも……。

苦い文学

聖なる泉

2度目のワクチン接種をした日の深夜から、2日間ほど発熱した。

最初に熱が38度を超えたとき、私は小躍りした。発熱したら、横になりながら一日中韓国のドラマを見ていようと思っていたのである。

しかし、すぐに悪寒と震えが追いかけてきて、のんきにドラマを見るどころではなくなった。それどころか、私は熱にうなされ、その間中、頭の中で誰かが韓国語で話しつづけていた。ただし、私は韓国語はわからない。

まるで夢で韓国のドラマを見つづけているかのようだった。苦しくて目が覚めるが、ウトウトするとまたドラマが始まった。

その内容はまるで覚えていないが、ひとつだけ記憶に残っているのがある。

私の熱を下げるためには、泉の水を頭にかけるべしという診断が下された。だが、その泉は離れた場所にあり、バケツリレーで運ぶことが推奨された。それができるのは、BTSやSEVENTEEN、DKBのような大人数の男性グループだけだ。熱に苦しみながら私は待ちつづけたが、来たのは分裂した後の東方神起であった。

熱が落ち着いた後は、布団の中で韓国のドラマを見て過ごした。