散文

圧し活

推し活が日常化し、推しがいなければ人に非ざるかのような世の中だが、私には推し活がわからない。たぶん私は心に欠陥があるのだろう。

しかし、人々が推しに金を使うことに喜びを覚え、その金を得るのに許されざることにすら手を出すのを見るにつけ、推し活とは、推しに夢中の人を押し潰して、血の一滴まで絞り取る圧搾装置としか思えない。たぶん私は心に欠陥があるのだろう。

近頃では、政治までも推し活化しているという。支援者の推し活によって首相になった政治家の仕事ぶりを見ていると、まさに国民を圧搾する法律の実現に邁進しているように思える。

推し活に懐疑的な私だが、圧し活には賛成だ。圧し活とは、相手に圧力をかける活動のことだ。アイドルに圧力をかけるのはバカげて見えるが、そのアイドルが健全に末長く活動できるようにするためには、労働環境や契約条件が適正であるように諸方に圧力をかけるのは重要だ。また、暴走しがちなファンを戒めるのも圧し活のひとつだ。

そして、政治家にこそ圧し活すべきなのはいうまでもない。政治資金の不正使用、人権を損なう法律の制定、虚言癖、ゼロ時間睡眠などを、厳しい圧し活によって、是正していくのが、国民の責務だ。

これは、圧し活の推し活が必要ということでは。ついにわかった。

旅・観察

外貨の禍い(1)

私はそれほどいろいろな国に行ったことがあるわけではないが、チュニジアはとても良い国だと思う。道の舗装は凸凹で、雨の後には汚い水が澱んでいるし、仕事がなくて若い人は苦労してるしで、さまざまな問題に直面してはいるが、それでも心優しい人々が多く、食べ物もとてもおいしい。そんなわけで今年の夏も私はチュニジアに行くのだが、そういう私にもひとつだけ、チュニジアでとてもイヤなことがある。

それは旅のいちばん最後のとき、チュニスの空港から帰途に着くために出国する時に起こる。

ここで、チュニジアの出国の手続きについてまずまとめておく必要がある。他の国とほとんど変わらないと思うが、おおよそこんな具合だ。

まずはカウンターでチェックインだ。搭乗券をもらいスーツケースなどを預ける。次は搭乗券とパスポートを提示して、セキュリティ・ゲートを通過。すると、出国審査の広間に出る。そこにはいくつかのカウンターが並んでいて、人々はその前で列を作っている。その列に並んでいると、自分の番が来る。審査カウンターにパスポートを出してスタンプが押される。そして、そのカウンターを通過し、その先にあるセキュリティチェックに並ぶ。そこで手荷物検査とボディチェックが終わると、無事、出国手続きは終了。あとは免税店で買い物をしたりして、搭乗時間まで自由に過ごすだけだ。

このプロセスの中で、私がいちばんイヤで、また非常に腹立たしいことが起こる。どこかというと、審査カウンターを出た直後、セキュリティ・チェックの直前だ。つまり出国したのかしてないのか定かでないキワキワの空間で起きるのだ。

苦い文学

真夏のサマーソング禁止令

202X年、日本は地球温暖化による猛暑に直面していた。日々、最高気温が更新され、恐ろしい熱中症が次々と人の命を奪っていった。

政府は熱中症を防ぐため、緊急事態宣言を発令した。外出制限、イベントなどの開催禁止、飲食店の営業時間の短縮など、まるで新型コロナウィルスの日々が復活したかのようだった。

とはいえ、コロナのときと違って、人々は宣言などどこ吹く風だった。いつもの夏のように、街を出歩き、海辺に押し寄せ、プールに詰めかけた。そして、猛暑に血液を沸騰させてバタバタと死んでいくのだった。

事態を重く見た政府は、熱中症対策専門家会議を設置し、もっとも効果的な対策を模索させた。

専門家会議は、現在のこの猛暑はすでに夏と呼べるようなものではないが、これを夏とみなしてしまう先入観が熱中症を増加させている、と分析した。そこで、この先入観をなくすための、ある提案を行った。

「夏を讃美し、人々をウキウキさせて酷暑の海に連れ出すサマーソングを全面的に禁止すべきだ」

これが政策として実現したのが「サマーソング禁止令」であった。

この禁止令が出されて以降、日本中からあらゆるサマーソングが姿を消した。配信も停止され、有線からも消えた。

だが、それでも人々は「シーズン・イン・ザ・サン」や「真夏の果実」をこっそり聴き続けた。カセットテープが闇で流通し、夏歌に飢えた人々が奪い合った。

そのいっぽう、多くの人々が逮捕された。表向きは「粉雪」だが裏では「夏の思い出」を楽しんでいた過激派が摘発され、アパートの一室で違法にサマーソングをダビングして荒稼ぎしていた集団が一網打尽となった。

熱中症予防の名のもとに、政府は人々から音楽も、自由も、そして結果的には夏も奪った。密告者が跋扈し、サマーソングを口笛で吹いただけで、灼熱の強制収容所送りとなった。

いまやだれもが冬を待ち望んでいた。サマーソングが解禁される冬を。もっとも、すでに民主主義の冬がはじまっていたことに気がつく者はひとりもいなかった……。

苦い文学

旅立ち

海外旅行で一番ハラハラさせられるときはいつだろうか。

飛行機がガクンと揺れるときだろうか。それとも異国の街の危険地帯に足を踏み入れたときだろうか。

だが、機内がどんなに悲鳴に満たされようと、剣呑な街角できらめいたナイフがどんなに鋭かろうと、空港の中での行列に並ぶのに比べれば、まったくハラハラさせられないのだ。

ああ、しかし空港の行列はどうして我々の神経をすり減らすのだろうか。

なぜか一向に列が進まないのだ。搭乗時間が迫っているというのに。びくとも動かない。

確かに前の方では列は進んでいる。その進みがたとえ5メートルだとしても、後ろに伝わっていく間に、少しずつむしり取られ、私の並ぶ後方に来るときはに、わずかに 1 センチにまで減ってしまうのだ。

みんな話に夢中で列を詰めるのを忘れてしまっているのだ。

いったい、いつ私は旅立てるのだろうか。たぶん、そのうち、パスポートの有効期限が切れてしまうだろう……。

苦い文学

光の王

私はジーン・ウルフ(Gene Wolfe)というアメリカのSF作家が好きで、未訳のものも含めてけっこう読んでいる。

Twitterでも、私はジーン・ウルフ関係の人をフォローしているので、関連する英語のツイートがよく流れてくる。

ジーン・ウルフを読み通すというのは、すべての人にできることではない。合う合わないがあるし、ある程度の小説を読む力も必要だ。そんなわけで、流れてくるツイートでも、文学の好みや評価が話題になっていることも多い。やや現実離れしているのだ。

しかし、ある時、私はジーン・ウルフ関係の英文ツイートを流し読みしていて、「Zelenskyy(ゼレンスキー)」という語に出くわした。

私は衝撃を受けた。ついに、現実世界の戦争が、ジーン・ウルフの平和なファンダムにまで侵入してきたか、と。

もしかしたら、世界はもはや、のんきにSFなど読んでいられる場所ではなくなってしまったのだろうか?

不安に思いながら、そのツイートをもう一度見る。

よかった! 「Zelazny(ゼラズニイ)」の見間違えだ。まだ平和だった……。

そういえば、去年、ロジャー・ゼラズニイの『光の王』を読んだ。あまり感心しなかったが……。