Satire

Tears Flow Downward

As we grow older, we find ourselves more easily moved to tears. When we see a child singing with innocent effort, or a young person struggling to become better, or even a dog chasing a toy with desperate devotion — we feel our eyes fill.

It is often said that this happens because experience deepens our empathy, or because aging weakens our emotional restraint. Yet a small footnote must be added: we do not sympathize with just anything. Not every act of earnestness can move us.

For example, when an older, powerful politician works hard, we do not cry. We are only touched when someone below us strives bravely. Even the elderly can move us, but only when they are dying, impoverished, or otherwise seen as beneath us. Tears, after all, always flow downward.

There is another condition as well: the object of our tears must lie beyond our reach. No matter how much we are moved, we never offer advice or lend a hand. To interfere would only spoil the beauty of our own tears. Perhaps this is why we love to weep at things on a screen.

From this, one can finally see why extraterrestrials have never come to Earth. Far more advanced than humanity, they must be gazing down at us, saying to one another, “Lately, we’ve become rather sentimental…,” while quietly watching our earnest little species — and feeling deep content.

風刺・戯文

涙は下に流れる

私たちは年齢を重ねると涙もろくなる。子どもが健気に歌っている姿や、若者が成長しようともがいている姿、それどころか、犬がしゃにむにおもちゃを追いかけている姿にさえ、私たちは涙を流すようになる。

その理由については、経験を積むことによって共感力が高まり、また、加齢によって感情の抑制が緩んだためだとされる。とはいえ、ここでひとつ注釈を加えるとすれば、私たちはなんでも共感するわけではない。どんな健気なものも心を動かすのではないのである。

例えば、自分よりも年上で地位が上の老人が頑張っていても、涙は流れない。つまり、自分よりも下の存在が健気に頑張っている姿にかぎり心打たれるのだ。だから、年上の老人でも、瀕死の病人やホームレスだったりして、自分よりも下だとみなせる場合は、私たちは涙を流さないものでもない。涙はいつも下向きに流れるのだ。

さらに、もうひとつ注釈を加えるとすれば、私たちが涙を流す健気な対象は、私たちが干渉できない位置にいなくてはならないということだ。私たちは健気な姿にどんなに涙を流したとしても、その対象にアドバイスをしたり、手助けをしたりはしない。なぜなら、そうすることは、私たちの美しい涙の邪魔になるから。これは、私たちが動画を見て涙を流すことを心から愛していることの理由でもある。

こうしたことを考えると、宇宙人が地球に来ないことの理由がはっきりする。人類よりもはるかに進んだ宇宙人は、地球を眺めて「最近涙もろくなって」などと言いながら、人類の健気な姿を見るだけで満足しているのだ。

苦い文学

新しい痴漢

昼下がり、都会へと向かう電車のその車両には、私とスーツを着た男のほか誰もいなかった。私は座席の端に座り、その男は向かい側の座席の反対側の座席に座っていた。銀の手すりにもたれかかって、目を閉じていた。眠っているようだった。

電車が赤頭駅で停車すると、警官たちがどかどかと乗車してきた。驚いて見ていると、警官たちは向かいの乗客を取り囲んだ。

「痴漢の現行犯だ! 逮捕する!」

叩き起こされた男は警官たちを見上げた。警官が男の腕を掴んで立ち上がらせようとすると、男は身を固くして抵抗した。私は思わず声をかけた。

「ちょっと、待ってください! 事情は分かりませんが、その人はこの車両にずっといました。私が証人です」

すると警官のひとりが私に言った。「お騒がせして申し訳ありません。この男は普通と違うのです。痴漢とは触るだけではないのです。見たり、匂いを嗅いだりする間接的な行為も痴漢です」

「この車両には女性はいませんでした。これもまた証言できます」

「ええ、ですが、この男は触りも、見も、匂いを嗅ぎもせずに、ただ強力な想念のみで痴漢行為を行うことができるのです。しかも別の車両にいる女性に対してです。もっとも新しい痴漢として、この容疑者を私たちはずっとマークしていたのです」

そのとき、別の警官が叫んだ。

「やっ、逃げたぞ!」 警官たちはいっせいに車両からホームに飛び出した。「線路に降りた! 逃げた!」「追いかけろ!」

そのとき静かにドアが閉まった。私と、なにごともなかったかのように再び目を閉じた男を乗せた電車はゆっくりと動き出し、男の幻影を追いかける警官たちを置き去りにして、都会に向かっていった。

苦い文学

このブログの形式

2021 年 11 月から毎日投稿を始めるにあたって私は 3 つの形式上のしばりを決めた。

ひとつ目のしばりは、1 回の投稿につき 400 字から 800 字のあいだに収めること。あまり長ければ読むほうに負担になる。読者フレンドリーなのだ。それに、毎日書くとしたらその程度が限度だ。

2 番目のしばりは、続きものは書かないということだ。つまりどの投稿も読み切りだ。読者に続きを読むように求めるのはおこがましい。また、続きものにするつもりで、力尽きて完結できないのもみっともない。

そして 3 つ目のしばり。それは本文にリンクや画像を貼ったりしないということだ。文字だけで完結させたかったのだ。

もっとも、結局のところ、私はそのすべての決まりを破ってしまった。1200 字以上の投稿もある。続きものもいくつもある。それも 2 〜 3 回で完結ならまだしも、全 8 回の長きにわたるものもある。

3 つ目に関していえば、画像を貼ったことが 1 回だけある。それは「星のおじさん構文」という投稿で、もし興味があればブログ内を検索してみてほしい。

自ら定めた決まりを破ってまで画像を貼ろうと思った、その切実な理由がお分かりいただけるかと思う。

苦い文学

バカなおじさんの伝言

安倍晋三元首相が殺されたとき、バカなおじさんは大いに悲しんだ。彼は熱烈な支持者だったのだ。

早すぎる死が悔しくてたまらなかった。安倍元首相こそはまた首相になって日本を取りもどしてくれる人だと、バカなおじさんは考えていた。

増上寺で葬儀が行われると聞いたバカなおじさんは、他の支持者たちとともに、葬儀会場近くに集まった。

葬儀が終わって、安倍元首相の棺を乗せた車が出てきた。これから斎場に向かうのだ。

多くの支持者と一緒に並んでいたバカなおじさんは、車が目の前を通過したとき、大声で何かを叫んだ。

すると、車が急停止し、棺が転がり落ちた。次の瞬間、中から安倍元首相が出てきた。

いつもの笑顔で支持者に手を振ると、生き返った安倍元首相は急ぎ足で立ち去った。支持者たちは歓声を上げて後を追った。

この驚くべき光景を見た支持者がバカなおじさんに尋ねた。

「よみがえったのは、まさにあなたが声をかけたからです。いったい、何と言ったのです」

バカなおじさんは満面の喜びを浮かべて答えた。

「マザームーンがお呼びですよ、と伝えたのです」

苦い文学

お昼ご飯

今日は、ある方の貴重な蔵書をいただいた。

その方はもう亡くなられたが、お宅には蔵書がそのまま残されている。管理されている方は、これらの書籍をただ単に処分してしまうのではなく、必要とする人に利用してほしいと希望されたのである。

お宅に伺って、その蔵書を拝見したのだが、その量と、丹念な収集ぶりに驚かされた。さっそく私は書棚を徘徊し、数々の興味深い書物を確保したのだった。

しかし、と膨大な書籍を前にして私は思った。本を集めすぎるのも考えものだ、と。どんなに貴重な書物も、残された家族にとっては重荷でしかないのである。

今年で五二歳になる私は、終活にはまだ少し早いかも知れないが、今から少しずつ本などを処分しておこうと決意した。ただ、私が今回入手した本の量を前にしては、その決意も水の泡なのが残念だ。

お昼もご馳走になった。管理されている方は私よりも年配で「若いのだからたくさん食べて」と勧めてくださった。私はその言葉に多少の疑問を感じつつ、たくさんいただいた。