旅・観察

シリーズ「盗難の証明」

「ベルベル語の調査とその後(5)」で、私は盗難に遭い、その盗難証明書を警察にもらいに行ったと書いた。

その盗難事件の顛末について、私は帰国してすぐにこのブログで書いた。2025 年 3 月 9 日から 19 日までの 11 回分の記事がそれだ。ベルベル語の調査そのものとは関係ないが、気になる人もいるかもしれないので、以下にそのリンクをまとめておく。

【盗難の証明】
(1)Grand Hotel de France
(2)新しいホテルで
(3)泥棒への感謝
(4)盗難証明書
(5)警察署までの道
(6)今日は行けません
(7)何があったか彼女に言うのだ
(8)署長室の対決
(9)三枚つづりの紙
(10)革命の記録
(11)そういうホテル

私が盗難に気づいたのは、チュニジア滞在中に所持金をしっかり把握しておかねばならないという状況に置かれていたためだ。その事情については「外貨の禍い」という 9 回のシリーズに書いた。その続編である「最後の外貨の禍い」(全 6 回)も合わせて読んでいただければさいわいである。

(写真:チュニスのメディーナ)

苦い文学

秘密の万博

ジャーナリストどもってのは心の歪んだ人々で、批判したり、けなしたりすることしかできない。私たちの万博だって、始まる前からさんざん文句を言うので、私たちはもうイヤになってしまった。

そこで私たちの為政者はついにこんなルールを定めた。万博に来場する人は絶対に万博のことを話してはいけない、と。写真も動画も配信も、ノーだ。これも卑しいジャーナリストどもから万博を守るための苦渋の決断だ。

そんなわけで万博が始まったが、私たちはそこで何が行われているのかまったく知らない。これはとても誇らしいことではないだろうか。規律正しい日本人だからこそできるのだ。それに知らなくてもまったく問題はない。私たちは素晴らしい万博がこの国のどこかで開催されているということだけでもう満足なのだ。

もっともジャーナリストというのは人間のクズだから、それでもあることないこと書き立てる。「万博の中は完璧な報道統制が敷かれているので、不倫好きな芸能人と野球選手がこぞって訪れている、なぜなら絶対に写真に撮られないからだ」だと。バカバカしいにもほどがある。

それどころか、マスコミがいないのをいいことに、悪人がやりたい放題だなんていってる。やりたい放題なのは、マスゴミさんではありませんか?

それに、こんな噂まで流してる。

「万博内に強制収容所とガス室が建設されて、毎日数十万人の外国人が殺害されている」

呆れるを通り越して腹立たしいばかり。私たちの素晴らしい万博を汚すこうした連中を、ガス室送りにする方法はないものだろうか?

苦い文学

オリジナル・バージョン

私は長いあいだ、ある曲を探している。いや、その曲のカバーはこの世界に溢れているのだ。まるでビートルズの「サムシング」やキンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」のように誰もが歌いたくなる曲なのだ。

だが、私はカバーでは満足できない。オリジナルの歌声、オリジナルの演奏に出会いたい、そんな思いに取り憑かれてしまったのだ。

オリジナルといっても、リミックスとかリマスターは勘弁してほしい。違うのだ。ついこないだなど、やけにすてきに活動的な人がいるので、「もしやオリジナルか?」と思って近づいてみるとただの「ディスコ・ミックス」だった。

まあ、そんなことはザラにある。「あの人かも」と期待したら、まさかのダブ・ミックス。どうりでメロディが聞き取れないはず。こないだなんて、ずいぶんキビキビと若々しい人がいるので、「これぞオリジナル」と駆け寄ったら、なんと最近流行りのスペッドアップだった。

それにフィーチャリング野郎ども。もういくど騙されたことか。その度に「お前がフィーチャリングされたやつじゃなくてオリジナルちょうだい!」と私は叫ぶのだ。

人探しが専門の探偵に頼んだことだってある。「これこれこういうオリジナルを探してくれないか」と伝えるのだが、どういうわけか、私のところに連れてくるのは、デモバージョン、アウトテイク、インスト・バージョン、およそオリジナルとは呼べないボンクラばかり(まったくこういう手合いは、倉庫ででも眠っていてほしいものだ!)。丁重にお引き取りを願ったものの、探偵の無能ぶりに内心でははらわたが煮えくりかえるようだった。

いったいどうしたら、オリジナル・バージョンに出会えるのだろうか。これだけ探していないとは、もはやこの世界にいないのだろうか? 私はだんだんと、自分の人生はオリジナルを探すだけで終わってしまうのでは、と思いはじめている。

苦い文学

主文のデッドヒート

極刑の判決がくだるとき、主文はいつだって後回しだ。

これは主文を先に言ってしまうと、被告人が動揺するからだそうだ。だが、後回しにされた時点で、被告人にとってはもうネタバレ、ということは裁判官の頭に思い浮かばなかったらしい。

むしろはじめはダミーの主文を読んで、それから判決理由、そして最後にもういちど主文で極刑の宣告のほうがよいのではないか。

裁判官(第一声)「被告は無罪!」 判決理由を述べたのち「かと思わせといてやっぱり死刑!」

主文で判決理由を挟むこの「主文サンドウィッチ」になにか問題があるのだろうか。もし問題があるのであれば、裁判官が不意打ちで主文を読むことにしたっていい。

だが、私がお勧めしたいのは、用意ドンで、主文と判決理由が一斉にスタートするレースだ。判決理由が勝てば、主文は後回しで極刑となる。

被告にとってはもう主文を応援するしかない。主文が勝てば少なくとも死刑にはならないのだ。

コースは山あり谷あり、急カーブあり。主文と判決理由が抜きつ抜かれつのデッドヒート。

主文勝て! 主文がんばれ! 手に汗握るレース展開に手錠をかけられた手もびっしょりだ。

苦い文学

SAY SUE ME

OST(オリジナル・サウンド・トラック)と呼ばれる韓国のドラマの挿入歌には、よいものも多く、ドラマの楽しみのひとつといっていい。

最近見た「ユミの細胞たち」(2021、スタジオドラゴン)の挿入歌のいくつかは、韓国のインディー系(といっていいような雰囲気)のミュージシャンたち担当していて、これで私は The Black Skirts、Band Nah、Say Sue Me といったいくつかのよいミュージシャンやバンドを知ることになった。

なかでも「My Haert」を提供した Say Sue Me はとくに気に入った。ギターの感じといい、曲調といい雰囲気がアメリカの3人組バンド、Yo La Tengo なのだ。女性がボーカルなので、そこも近い。

それで、このバンドの他の曲を聴いてみると、やはり Yo La Tengo 感が強い。それどころか、ギターの調子が、もっとさかのぼって The Velvet Underground すら思い起こさせる。

などと思っていたら、The Velvet Underground の “Beginning to See the Light” をカバーしたりしてて、喜ばせてくれる。なお、このバンドは英語で曲作りをしているようだ。

さて、最近、というか3日ほど前に、Yo La Tengo が1997年のアルバム “I Can Hear the Heart Beating as One” の25周年版を出した。早速ダウンロードして、外出時に聴いてみた。

最近、私はアルバムを気にせずに聞くので、どの曲がどのアルバムに入っているかあまりわからないが、外を歩きながらいつもの Yo La Tengo の感じを楽しんだ。曲名を知りたくなった私は、携帯を確認して愕然とした。

私が聴いていたのは Say Sue Me であった。

歩きながら携帯を操作したので押し間違えたのだ。

ちなみに、ネットを探すと、Say Sue Me の日本語のインタビューを読むことができる。そこでは、Yo La Tengo の音楽との関連がはっきりと語られている。

旅・観察

現代のフダーウィー:チュニジアの語り部(2)

 チュニジアを含む北アフリカは、かつてはベルベル語を話すベルベル人の暮らす地だった。現在のチュニジアでは、ベルベル語を話す人は、アルジェリアやモロッコに比べると非常に少数だが、「自分の先祖はベルベルだ」とか、「この村はベルベルの村だ」とか、そう言う声もしばしば聞かれるように、ベルベルの伝統や文化に対する意識は強い。

 このベルベル語にはいろいろな種類があり、これらはベルベル語派として、アフロアジア語族という大語族のもとにまとめられている。アラビア語は、このアフロアジア語族のセム語派の言語だ。

 紀元前のチュニジアの地に、やはりセム系の言語を話すフェニキア人の植民都市が建設された。これがかの有名なカルタゴだ。このカルタゴのハンニバルとローマ軍との戦争については日本でもよく知られている。というか、日本人がチュニジアについて知るのはだいたいこのカルタゴを通してだ。チュニス近辺には、このカルタゴの軍港の遺跡や、墓地跡なども残っていて、観光スポットとなっている。

 カルタゴ滅亡後は、ローマの属州となり、これまた大いに繁栄した。ローマ時代の遺跡や、モザイクは現在でもチュニジアの重要な文化遺産の一つだ。古代キリスト教の最大の神学者の1人であるアウグスティヌスもこの時期のチュニジア(カルタゴ)にゆかりのある人物だ。

 7世紀にイスラームが勃興し、北アフリカにアラブ人が侵攻してきた時、最初に建設した軍事拠点とモスクがチュニジアのカイラワーン(ケロワーン)だ。アラブ軍に立ち向かったベルベル人女王カーヒナの戦いとその最後は現在まで語り継がれている。(つづく)

フェニキア文字(カルタゴ時代の遺跡、トフェの墓地、2020年2月)