小説

宿命

ファクトチェックたちが現れて、あらゆるファクトをチェックした結果、私が生きているというファクトは否定されてしまった。

私はそれは事実と異なると言いたかったが、ファクトチェックたちはそれ以上のファクトチェックを認めようとしないのだった。

「すべてのファクトが記された台帳がある」とファクトチェックたちは通知書を送ってきた。

「その台帳をもう一度調べてください」と私ははるばる窓口にまで出かけていって懇願するが、相手は死人に口なしとばかりに聞く耳を持たない。

「私自身が調べてもいいです、お手数ならば」 私はこうへりくだってにこやかに提案するが、ファクトチェックたちは窓口をガチャンと閉ざしてしまった。これではもう手も足も出ない。まるで棺桶に閉じ込められたかのようだ。

「絶対にウソなのに!」 そう思うと悔しくて眠れない。恨めしい! 恨めしい! ああ! その台帳さえ手に入れば、私が生きているという事実を必ず探し出してみせるのに!

やがて私の目の前にその台帳が出現するようになった。「これだ!」と私は飛びついて開こうとする。すると、その台帳はまるで砂のように崩れ去ってしまう。こんなことがいくども繰り返されたのち、私はこう考えた。

「触るからダメなんだ。写真に撮ろう。少なくとも何かの証拠にはなるかもしれない」

すると、あの台帳が現れた。私は携帯のカメラを向ける。撮った! すぐに写真を見ると、砂が写っていた。

砂写真を眺めていると、私はなんだか海に行きたくなった。そうだ、これは砂浜なのだ。きっとそこに台帳があるに違いない。

電車に乗って海に行く。電車の中では、私と同じようにファクトではない人々がたくさんいて、唸ったり、囁いたり、喉を鳴らしたりしていた。これらの人々ははたして台帳の存在を知っているのかしらん。知っていたとしても、それが浜辺にあるなど思いもよらないだろう。私は少し得意な気持ちになった。

海に行くと、老若男女が海水浴をしていた。これらの人々はファクトの点からファクトだろうか? そんな雑念を追い払って、ビーチパラソルが立ち並び、子どもたちが飛び跳ねる砂浜を歩き回る。革靴はすぐに砂でいっぱいになった。日差しのせいで頭がくらくらした。私は、海の家で休むことにした。

粗末な海の家に入ると、半裸の男たちでいっぱいだ。みんな刺青をしていた。私はひとりの刺青男に近づいて尋ねた。

「あなたたちが台帳ですか」

無視をされたのでもう一度尋ねた。

「あ、そのまま。よく見せてください。私のことが記載されているはずなので」

私が男の肩をつぶさに調べはじめると、男は怒鳴りながら私を突き飛ばした。砂地に倒れた私を足でいくども蹴った。

痛く、苦しい……血が砂に流れ出て、消えていった。

苦い文学

カートの出会いと別れ

空港にはふたつのカートがある。ひとつは大きなスーツケースを載せるのに使う大型のカートだ。これは空港制限区域の中でも外でもどこにでもある。なんなら空港の建物を飛び出して、タクシー乗り場などに持って行ってもへいちゃらだ。

だが、もうひとつのカート、機内持ち込みの荷物を乗せる程度の大きさの小型カートは別だ。これは空港制限区域内、つまり出入国審査場を抜けて免税店などが並ぶ特殊空間にしか存在しえない希少なカートだ。もし、外国旅行に行ったことがない人がこれをみたら「いったいこれはなんですか?」と仰天すること疑いなしだ。「このオモチャはどこの免税店で買えますか?」とお土産にしたがる人もいるかもしれない。

また、この小型カートは別の意味でも希少だ。それに荷物を載せて歩いている人はいくらでも見かけるのに、空いているカートだけは決して見つからないのだ。

旅人たちが審査場を抜けるや否や、まっさきに探すのはこの小型カートだ。もう手荷物なんか持ってらんない。一刻も早くこのカートに荷物を載せたい。そして悠々と免税店めぐりをして、小さなカゴを素敵なお土産でいっぱいにしたいのだ。

だが、いくら探しても見つからない。小型カート専用置き場があるはずなのだが、それすら見つからない。いったい他の人々はどうやってあの素晴らしい乗り物を手に入れたのだろうか?

羨望に身を焦がす旅人はありとあらゆる場所を探し回って、ようやくひとつだけ、免税店の隅やトイレの脇に放置されているのを見つける。それはなんと美しく輝いていることだろうか。カゴにゴミが捨ててあったって、ハンドルが少々ベトベトしていてもお構いなしだ。旅人は引っ掴む。重たい荷物をようやく乗せることができる。もっとも、そのときには、搭乗時間が迫っていて、買い物などする余裕もないのだが。

そして、別れの時が来る。たいてい小型カートは搭乗ゲート内に持って行くことはできない。ゆえに、エスカレーターやエレベーター、階段の手前で、せっかく見つけた相棒を手放すことになる。

出国時のどんなつらい別れにも涙を流さなかった旅人も、この時だけは涙を流すといわれている。

音楽

デヴィッド・ボウイのファイブ・イヤーズ漫談

店立ち並ぶ広場を通ると
母親たちがみんな悩ましげにため息
ニュースがたった今やってきたんだ
泣いてられるのも5年だけだって
ニュース番組の人は泣きながら告げる
地球が死にかけてるって
泣きすぎて顔がぐしょぐしょだ
で、嘘じゃないってわかった

5年しかない。しっかり見とくんだ
5年だって。なんてこった!
ファイブ・イヤーズ!
ファイブ・イヤーズ!
ファイブ・イヤーズ……

というわけで、先日私、ビルマ出身のカレン人とタイに行ってきたのですが、バンコクのスワンナプーム空港はもう立派なもので、キレイなんです。

それから、電車でバンコク市内に向かったのですが、車窓から見る景色はといえば、ハイウェイに、高層ビルと非常に発展しています。

そこでカレン人の友人がこういうのです。

「すごいね、バンコクは。ミャンマーは軍事政権のせいでなんにもない。50年前はヤンゴンのほうがよかったけど、いまはもうバンコクだね。ミャンマー政府が全部ダメにしちゃった……」

私はうなずきながらも、こう思ったんですね。

《50年前はヤンゴンのほうがすごかったって、別のカレン人からも同じこと聞いたぞ、20年前に……!》

50年? なんてこった!
フィフティ・イヤーズ!
フィフティ・イヤーズ!
フィフティ・イヤーズ……

苦い文学

宇宙炎上

地球は未曾有の混乱にあった。

原因不明の磁気嵐がたびたび襲来し、停電が頻発した。電波障害があらゆる通信機器と電子媒体を動作不能にした。そして、謎の重力波異常により、大地は震え、津波が都市を飲み込んだ。

科学者たちは総力を上げてその原因を調査し、驚くべき事実にたどり着いた。これらの異変はすべて、宇宙からやってきていたのだ。

しかも、言語に似た波長まで含まれていた。世界中の言語学者たちが解読に取りかかった。

すると、さらに驚くべきことが明らかになった。その波長は、罵りや嘲笑、中傷以外に解釈できなかったのだ。

その間にも地球への悪意に満ちた攻撃は続いていた。海は干上がり、山は谷となった。ついに滅亡の時が来たか、と誰もが思ったその瞬間、巨大な宇宙船が世界の空に出現した。

その宇宙船は、人類の脳に直接、イメージを送りつけてきた。それは、アポロ11号の宇宙飛行士が月面に立つ、あの有名な写真であった。

宇宙船は続いてなにやらメッセージも大量に送信してきた。言語学者たちがさっそく解読すると、すべての真相が明らかになった。あの月面の写真が宇宙中に拡散され、全宇宙規模で炎上しているというのだ。

「他の天体に土足で上がって面白半分に写真を撮るなんて絶対許せん。とことんお前たちを追い詰めてやるぞ」 そんなメッセージを散々繰り返すと、宇宙船はどこか遠い宇宙に飛び去っていった。

苦い文学

Posthumous

彼は自分の書いたものを、とある出版助成に応募した。

やがてその結果が出て、助成の対象となることがわかった。それから出版のプロセスが具体的に始まることとなった。

彼は念入りに最終原稿を仕上げ、出版社に提出した。しばらくすると、出版社から初校のゲラが送られてきた。

そのころ彼は仕事を失い、ひとり家に逼塞するようになった。社会的には死んでいるも同然なのだった。

することといえば、ゲラの校正ぐらいだった。だが、これはかなり大変な作業だった。彼はなんとか初校の校正を終え、出版社に送った。

しばらくすると再校のゲラが送られてきた。彼はその校正も終えて、出版社に送り返した。すると、再々校が送られてきた。

これが最後の校正だ。彼はできる限り間違いを探し、赤字で修正して送り返した。

ゲラは印刷に付され、やがて本ができ上がった。出版社はその現物を彼のところに送ってきた。いずれいくつかの本屋に並ぶとのことだった。

刊行までの期間を振り返ると、彼はまるで棺桶の中で必死に校正していたかのようだった。これも一種の死後出版だといえよう。