ライブ

黙ってお三味を弾いてくれ(2)

エレキギターを弾くといっても、たいした腕前ではない。だが、その経験は三味線にも少しは役立つのではないかと思っていた。はじめはたしかにそうだった。しかし、毎週土曜日の 1 時間の練習を重ねるうちに、似ているようでずいぶん違うところがあるとわかってきた。

まず、義太夫の三味線は正座して弾く。これが大変だ。いっぽうエレキギターは、だいたいジャンプして弾く。

次に、三味線はバチで弾く。バチというのは太いヘラのようなもので、これを独特の持ち方で持つ。小指が角に当たって非常に痛い。はじめのころは、教室のほうで絆創膏まで用意してくれていた。エレキギターはといえば、いたって簡単。歯で弾くだけだ。

三味線は構え方も重要だ。正座して、三味線の胴を右膝に乗せ、左手で棹(ネック)を斜めに支え、天神と呼ばれるヘッドの部分が下がらないように保つ。構えた姿が、全体として円く見えるのがよいのだそうだ。エレキギターには決まった構え方はない。ストラップを最長にして床スレスレまで下げて弾いてもいいし、首の後ろに乗っけて弾いてもいい。

ほかにも違いはいろいろあるが、私にとっていちばん大きかったのは、三味線をとにかく大切に扱えと言われたことだった。三味線コースの先生と助手の方々は、いつもそのことを繰り返し言っていた。そもそもが貴重でデリケートな楽器なのだ。だが、そのせいで、私はちょっとおっかなびっくりで扱ってしまった。

いっぽう、エレキギターは違う。ステージに叩きつけられても、炎に包まれても、ギュインギュイン鳴り続ける。

苦い文学

そういうホテル【盗難の証明(11)】

私のスーツケースは今回の旅の直前に買ったもので、樹脂製のボディで、ファスナーで開閉するタイプのものだ。ホテルの部屋を留守にするたびに、ロックをかけていたが、盗難にあったときは、それを閉め忘れたいたのだと痛恨の思いでいた。

しかし、別のホテルに移り、帰国のパッキングをしているときに、ファスナーの布地の部分とボディの部分に隙間ができているのに気がついた。よく見ると、布とフレームを接合する糸が切れ、パックリ開いていた。この破損を私はホテルでの盗難に関連づけたい気持ちでいるが、もちろん私の不注意で破損したという可能性もある。

そもそも、ホテルで盗まれたという確証はないのだ。もろもろの状況からそう推理しているにすぎない。「モルグ街の殺人」よろしく、どこからか猿が忍び込んだということだってありえなくはない。

なので、私はこのホテルの名前は書かないし、無実かもしれない人々に罪を押しつけるつもりもない。そして、私自身はこの X ホテルにはもう泊まらないにしても、もし誰かがこのホテルについて尋ねてきたら、盗難の一件については口にしないだろう。ただし、そのかわり、私はこういうだろう。

浴室や壁をゴキブリが這い回っているのをよく見かけました。そういうホテルですよ。
(おわり)

苦い文学

入国審査の列(1)

その国の入国審査はとびきり厳しいことで知られている。だけど、それにもかかわらず誰もがその国に行きたがって、もう激混みだ。

とても大きな空港なので、秒刻みに飛行機がやってきて、次から次へと人々が到着する。さまざまな国からやってきたこれらの人々を、じっくり容赦なく審査して、入国の可否を判定しなくてはならない。

もちろん、審査のブースがひとつ、ふたつなんてことはありえない。地球上のどんな空港よりも立派な空港だ。それなりの設備はある。審査のブースがずらりと並んでいる。端から端を同時に見渡せるような地点などないほどだ。

審査官だってたくさんだ。それこそ24時間体制で、審査という崇高な業務に当たっているのだ。審査のミスを防ぐために、頻繁に交代しなくてはならないし、また、休暇だって必要だ。病欠もあれば、産休もある。育休だって広がり始めている。

だから、ざっと見積もったところ、審査官の数はブースの数の10倍ぐらいだろう。

それだけの体制にも関わらず、入国審査は滞りに滞って、長蛇の列ができあがっている。列はブース沿いに端から端まで伸びている。そしてその端で折り返してさらにもう片方の端まで続く。そんなふうにして列は続き、もう幾重にも折り重なっているのだ。

入国したての人々を待ち受けるのはこの恐るべき列だ。なかには、並ぶまえから絶望し、もといた国に引き返そうとする者もいるくらいだ。

もっとも、帰国のフライトがあればの話だけど。

苦い文学

この世のインバウンド

この世の通貨は生、あの世の通貨は死です。どういうことかと言いますと、この世でものを買うには生を使い、あの世では死を使うということです。

ですので、この世の鬼があの世を旅行するときには生を死に両替する必要が生じます。なぜなら、あの世の滞在費は死で支払わなければならないからです。あの世の鬼がこの世にやってくるときも同様です。

その際に問題となるのが、生と死の交換比率、つまり為替相場です。

この交換比率はいつも同じではありません。100生が100死ということはあまりなく、たとえば100生が130死の生高死安だったり、その逆の100生が70死といった生安死高だったりと絶えず変動しています。

生死の相場は、最近では生安死高に落ち着きつつあります。この世の鬼にとってはあの世旅行は高くつくものとなり、あの世への旅行者数も減ってきています。

ですが、逆に、この世を訪問するあの世の鬼が増加しているのです。そこで、この世の鬼はインバウンド需要を当てこんで、あの世の鬼のニーズに合わせたサービスを幅広く提供することとなりました。

私たち人間の住む世界が、だんだんと地獄のようになっているのはこんな理由からなのです。

苦い文学

盗難又は遺失届出証明書

保証金受領証書は仮放免のさいに払った保証金の返還手続きに必要なものだが、これを失くした場合、入管で紛失届を出さなくてはならない。そしてそれと同時に、警察署または最寄りの交番へ届け出て、そこで発行される「盗難又は遺失届出証明書」も添える必要がある。

これは失くしたというのが嘘ではないことの証明のようなもので、おそらく、保証金受領証書を持っていない人が勝手にお金を受け取るようなトラブルがあったに違いない。

私が考えるにはこんなトラブルではないか——————

ある人が仮放免許可を受け、保証金30万を自分で収めて仮放免の身となった。保証金受領証書を身元保証人が持っているとしよう。

いっぽう、この仮放免中の人は別の人から借金をしていた。その額は30万円。貸し主は返還を求めていたが、仮放免中の人にはこれはなかなか難しいことだ。

さて、ある期間が経ち、仮放免中の人は日本でのビザを諦めて帰国してしまった。保証金の返還手続きができるのは帰国後なので、彼は身元保証人にこう言う。

「保証金が戻ってきたら、これこれこういうやり方で全額、国に送ってください」

そこで、身元保証人は仕事を休んで品川の入管に手続きに行く。そこで、初めて知るのだ。保証金はすでに返還手続きが終わっていたことを。

貸し主が、身元保証人より先に行って、保証金受領証書とハンコの紛失届や身元保証人の委任状を勝手に提出していたのである(貸し主は公文書を偽造したのだ)。

こういうことが実際にありうるか、というと、私は可能だったと思う。それはともかく、よく考えれば、結局のところ、誰も損してはいないことがわかる。お金は元の場所に帰ったのである。

いや、損をした人は、一人いる。それは身元保証人だ。

帰国者は、いつまでたっても身元保証人が送金してこないので、身元保証人が30万円をネコババしたのではないかと考え、(自分のことを棚に上げて)海の向こうから激しい中傷を始めるのである。

旅・観察

コロナの壺

楠勝平「おせん」(1966、『彩雪に舞う…』2001、青林工藝舎)

 2月21日から3月2日にかけて、チュニジアに行ってきた。現地を出たのが3月1日だから、9日間ほど滞在したことになる。
 チュニジア行きは、12月に計画したもので、当然ながら、コロナウィルスのことなど頭になかった。
 コロナが広がるにつれ、行くべきかどうかずいぶん迷った。自分がすでに感染していて、チュニジアで発症してしまったり、友人たちに移してしまったりしたらどうしようとか、あるいは、フランスでのアジア人に対する様々ないやがらせが報道されていたから、フランス語圏でもあるチュニジアでそんな目に会ったらどうしようとか。
 そうした可能性のうちもっとも悲しいことだと思われたのは、親しい友人たちが、コロナを恐れるあまり、掌返しで私を拒絶するという事態だった。ふと楠勝平の漫画「おせん」が思い出された。
 貧しい町娘のおせんは、裕福な恋人と戯れている間に、高価な壺をうっかり割ってしまう。するとおせんはその瞬間、顔色を変えて恋人が割ったと責め出すのである。恋人はこれにショックを受け、そして二人の仲も壺のように壊れてしまうというわけだ。
 できればそんな物悲しい経験をしたくはない、と思いつつ訪れたチュニジアであったが、実際は滞在期間中に出会ったどの人も暖かく迎えてくれた。ホテルやレストラン、電車でも不愉快な思いをすることはなかった。コロナの壺は割られていなかったのだ。私と会ったり、そばにいたりするのを不安に感じた人もいただろうが、それをあからさまにする人はほとんどいなかった。
 これは、本当にありがたいことだった。
 それどころか、街を歩くとしばしば「コロナ! コロナ!」という温かい励ましの声すらいただいた。きっと、育ちの良い子どもたちや、前途有望な若者たちに違いない。ただし足早に通り過ぎたのでどうだかしれない。