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黙ってお三味を弾いてくれ(おまけ)

*タイトルはフランク・ザッパのギター・インスト・アルバム「黙ってギターを弾いてくれ(Shut Up ’n Play Yer Guitar)」のもじり。三味線ではなく「お三味」としたのは、語呂を合わせるため。この言い方はたまたま耳にしたものを使っただけで、義太夫教室で使われているわけではない。

*本文では触れなかったが、「太棹メドレー」の曲目と順番は「ソナエ」「オクリ」「三重」「木のぼり」「めりやす」「わし」「三番叟、鈴の合方」「行列」「野崎村」。先生が準備してくださった三味線独特の記法の「楽譜」を見ながら練習するので、(ある程度は)楽譜を読み解けるようになるのも、このコースの良いところであった。

*卒業発表会の前日は、一の糸(いちばん太い弦)、二の糸(その次に太い弦)を自分で張り替えてくるようにとの宿題。ギターの弦とは違うのでおっかなびっくりやってみる。いちばん細い三の糸は、少し特殊なので、当日、先生方が張り替えてくれた。

*今回の卒業発表会で着用した黒の着物はレンタル。肩衣(クラウス・ノミの上着風)と袴は義太夫協会が用意してくれたもの。襦袢や帯、足袋などは自分で購入したが、これは思わぬ出費であった。着付けは、若い先生方がしてくださった。あまり着崩れしていないので「着物が合っている」と言われた作者は元をとった気分になったとか。

*三味線は義太夫協会から月々 5,000 円でレンタルされたもので、卒業発表会後、返却した。三味線は扱いも難しく、練習も大変だったが、なくなってみると、少しさみしい。

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黙ってお三味を弾いてくれ(終わり)

前にも書いたが、掛け声は難しい。

みんなの音を揃えるためのものだが、鶴澤三寿々先生の掛け声を聞くと、それだけではない。体が三味線と一緒に歌っていて、音と音の間にその声が漏れ出たものが、掛け声になった、という感じだ。「音が鳴っていないときも休みではない」というのは先生の言葉だが、そのあいだも体は演奏を続けているのだ。

もちろん私はそんな境地には至るべくもない。そこで私が案じた作戦はといえば……

とにかく大きい声を出す。もう恥ずかしいだなんていってらんない。

毎日の練習でも、卒業発表会前日の最後の練習でも、私は声を張り上げることに集中した。鋭くもなければ、キレが良いわけでもなかった。ノリを生み出すかも怪しい。掛け声に気を取られて、手が止まる。だが、声のデカいは七難隠すだ。

そして、卒業発表会の日がやってきた。浅草公会堂第 2 集会室、定員 50 名。開場は 11 時半だ。幕が引かれた舞台に、肩衣に袴姿の私たちは並んで正座をする。先生方が私たちの前後を立ち回り、着物の襟や肩衣を直してくれる。「開演 1 分前!」と声が上がる。幕が上手から下手へと引かれていく。私たちは、三味線を棹の付け根に手を添えて、頭をほんの少し下げている。

舞台のいちばん右側にいる私の前を幕が通る。幕が開いたのだ。「とおおざいいい、とおおざいいい」と独特な声が呼ばわり、チョン、と柝が鳴る。

私たちは頭を上げ、姿勢を正し、三味線を構える。私は心を決める。

「ハッ!」

12 分ほどの演奏の後、幕が引かれた。私たちは舞台の裏から外の廊下に出る。「出入り口で三味線をぶつけないように!」と声が飛ぶ。三味線を大事に抱えながら、なかば夢見ごこちで廊下を歩いていく。別の三味線の先生から「掛け声よかったよ!」と褒められた。

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黙ってお三味を弾いてくれ(7)

卒業発表会まであと一ヶ月というころ、毎日の練習の甲斐あって、私はようやく合奏のジャマをしない程度に弾けるようになった。うまく弾けないところもたくさんあるが、「間違えても、間違えてないという顔で弾くのが大事」という三寿々先生の教えを胸に刻んでやるしかない。

だが、そんなとき、とんでもないことが持ち上がった。

義太夫教室の卒業発表会は、私たち第 77 期受講生だけでなく、過去の卒業生たちも演奏を披露する場だ。第 46 期の卒業生という大ベテランも参加する。プロとして活躍している太夫や三味線演奏家もサポートとして出演する。単なる素人の出し物ではない。義太夫節の伝統をつなぐ場だ。

プログラムを見ると、最初の演目は「太棹メドレー」とある。つまり、私たちの演奏だ。メドレーでは、短い曲を 9 曲、7 人の受講生が順番に掛け声を担当することになっていた。私は、2 番目の曲と、最後の曲の担当だ。

ところが、1 曲目の掛け声担当の方が、体調の問題で参加できなくなった。それで、代わりを務めることになったのが私だ。

これが何を意味するかというと……

伝統ある卒業発表会の、最初の演目の、最初の掛け声、つまり大事なイベントの開幕を告げる「ハッ」を、私が発するということになったのだ。

震え上がったのはいうまでもない。

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黙ってお三味を弾いてくれ(6)

2 月になって、さらに新たな試練が加わった。掛け声だ。卒業発表会では、7 人の受講生が合奏する。タイミングを合わせるためには、掛け声が必要だ。

掛け声は「ハッ」とか「ヨーイ」とかだが、これがなかなか難しい。掛け声に集中すると、演奏にまで気が回らなくなる。もっとも、三寿々先生は、掛け声で手が止まっても、他の人が弾いてくれるから大丈夫という。言いかえれば、それくらい掛け声は大事なのだ。

発表会では、短い曲を 9 曲演奏するが、はじめの 3 曲は、太夫の語りを引き出したり、場面を繋いだりする特別な曲だ。これらはそもそもひとりで弾く曲で、掛け声のある曲ではない。今回は特別に合奏するので、足並みを揃えるために掛け声を入れねばならない。

私は 2 番目の曲の掛け声担当となった。

先生がお手本で掛け声を入れながら演奏してくれる。聞くと自分にもできそうに思えるが、やってみるとまったくできない。私の掛け声はまるであくびのように気が抜けていて、みんなの音も壊滅的にばらける。

先生と私ではまるで身体が違うみたいだ。体の芯から湧き上がってくるリズムが、曲のすべての音をつらぬいている。迫力があって、聞いている方もグッと思わず力が入る。私はといえば、音と音の隙間に遠慮がちに異物を差し込んでいるに過ぎない。

この身体は、一朝一夕にでき上がるものではない。何度も演奏し、演奏を聴き、太夫と合わせるうちに、ズシリとした腹ができあがってくるのだろう。これが義太夫のヘヴィーなノリを生み出し、太夫の語りを引き出すのだ。

私にももちろんリズムはある。長年聴き続けてきたロックのリズムが。ローリング・ストーンズの後ノリが! だが、チャーリー・ワッツ直伝の私のリズム感覚も、義太夫のノリには歯が立たなかった。

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黙ってお三味を弾いてくれ(5)

今年の実践コースで三味線クラスを担当されたのは、鶴澤三寿々先生だ。とてもやさしい先生で、明らかに練習不足の私でも他の受講生と同じように扱ってくださったのもありがたかったし、1 時間の講座のあいだ、20 分おきぐらいに正座を解く時間を設けてくれたのも、これは本当にありがたかった。

私たち受講生が正座から解き放たれて足を伸ばしているあいだ、先生が三味線にまつわる話をしてくださるのも楽しい。お手本として課題の曲を演奏してくださることもある。あるときなど本気の演奏をされて、受講生ばかりでなく、助手の先生方もその気迫にのまれたようになった。

講座を通じて、三味線はただ弦を押さえて鳴らしてもいい音は出ない、ということを先生から学んだ。まず、音は粘ってチインと伸ばすこと、そして、ギリギリまで弦から指を離さないということ。さもなければ、音がぶつ切れになってしまう。また、弦は、ギターのように指の腹ではなく、爪で押さえる。これができると、三味線の音がぜんぜん変わってくる。もうひとつは、弦を押さえた指を揺することだ。ギターでいうビブラート奏法で、三味線もギターも共通しているのが面白い。

実際に先生の演奏を聞くと、音に張りと粘りがある。音符には記されない独特の共鳴音がある。簡単に出せる音ではないが、私もいつか出せるようになりたい。というか、その前に、曲を覚えねば。

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黙ってお三味を弾いてくれ(4)

このままではまずい、と私は焦り出したが、お正月休みが終わっても、1 月が終わろうとしても、私は練習を始めなかった。それは、2 月に入れば、スケジュール的にかなりの時間を練習に当てられることがわかっていたからだ。だから、動かざること山のごとしだ。

さて、義太夫の三味線は語りに合わせて演奏するものだ。だから、1 曲は非常に長い。もちろん初心者にそんな長いものは弾けない。実践コースでは、長い演奏の基本となるような小曲(めりやす)を練習した。いわば名リフ集だ。「木のぼり」「わし」「三番叟」などの名前がついている。

「木のぼり」にしても、「わし」にしても、それぞれどの浄瑠璃のどの場面で使われるか決まっている。これらのめりやすが組み合わさって、1 曲ができあがる。だから、プロの三味線弾きは、短いフレーズが頭の中にたくさん詰まっている。ちょうど、若いころのボブ・ディランがどんな曲でも覚えていて、曲名を出されれば、すぐに弾いてみせた、というのと同じだ。いや、違うかもしれない。「No, no, no it ain’t me babe」だ(ボブ・ディラン作「悲しきベイブ」より)。

ディランにうつつを抜かしているあいだにもう 2 月だ。私はようやく練習する時間を得た。講座の録音は許されていたから、それを聴きながら、毎晩、三味線を引っ張り出した。とはいっても、練習は 20 分だけだ。なぜなら、それ以上の正座は私にとって危険だから。間に合うのか。

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黙ってお三味を弾いてくれ(3)

義太夫教室では、毎年 3 月に過去の卒業生が集まって演奏を披露する会が開かれる。この会はまた、新たな卒業生が練習の成果を発表する場でもある。つまり、私を含めた受講生 7 名が初舞台を踏むのだ。

9 月に実践コースが始まったとき、私はこの「卒業発表会」のことは知っていたが、あまり気にはしなかった。なぜなら半年以上先のことだったから。それよりも、課題として与えられた短い曲を弾くのに夢中だった。このころの私は、エレキギターの経験からわりに楽しく三味線を弾けていた。

課題曲は少しずつ増えていった。曲も複雑になっていく。メロディそのものは難しくない。だが、弾き方が難しい。ギターでいうピッキングのダウンとアップは三味線にもあるが、三味線ではそれがギター以上に音色を左右する。私はギターを弾くときもピッキングがいい加減なので、三味線でも苦労するようになってきた。

それに、左手の指で弦をはじく弾き方もある。これは、エディ・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法みたいなものだが、タイミングが難しく、あんなふうに笑顔でできない。

難度が上がってきているのに、私は家でまったく練習しなかった。時間がなかったということもあるが、三味線を取り出してセットアップするのも、自分の耳を頼りに調弦するのも、わざわざ正座をするのも大変だった。

12 月を過ぎるころには、私はまったくついていけなくなっていた。土曜日の教室が終わるたびに、しっかり練習するぞと固く心に誓うのだが、気がつくと次の土曜の朝になっているのだ。

しまいには、教室に行くのも苦痛になった。三味線の先生はやさしい方だったし、教室の雰囲気もよかった。それでも、練習不足の引け目もあって、ぬけぬけと顔を出すような気がした。だが、私は家を出た。休む優秀な生徒よりも休まない不出来な生徒のほうがえらい、と心の中で繰り返しながら、教室のある赤坂見附に向かった。もっとも、いちばんえらいのは休まない優秀な生徒なのだが。

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黙ってお三味を弾いてくれ(2)

エレキギターを弾くといっても、たいした腕前ではない。だが、その経験は三味線にも少しは役立つのではないかと思っていた。はじめはたしかにそうだった。しかし、毎週土曜日の 1 時間の練習を重ねるうちに、似ているようでずいぶん違うところがあるとわかってきた。

まず、義太夫の三味線は正座して弾く。これが大変だ。いっぽうエレキギターは、だいたいジャンプして弾く。

次に、三味線はバチで弾く。バチというのは太いヘラのようなもので、これを独特の持ち方で持つ。小指が角に当たって非常に痛い。はじめのころは、教室のほうで絆創膏まで用意してくれていた。エレキギターはといえば、いたって簡単。歯で弾くだけだ。

三味線は構え方も重要だ。正座して、三味線の胴を右膝に乗せ、左手で棹(ネック)を斜めに支え、天神と呼ばれるヘッドの部分が下がらないように保つ。構えた姿が、全体として円く見えるのがよいのだそうだ。エレキギターには決まった構え方はない。ストラップを最長にして床スレスレまで下げて弾いてもいいし、首の後ろに乗っけて弾いてもいい。

ほかにも違いはいろいろあるが、私にとっていちばん大きかったのは、三味線をとにかく大切に扱えと言われたことだった。三味線コースの先生と助手の方々は、いつもそのことを繰り返し言っていた。そもそもが貴重でデリケートな楽器なのだ。だが、そのせいで、私はちょっとおっかなびっくりで扱ってしまった。

いっぽう、エレキギターは違う。ステージに叩きつけられても、炎に包まれても、ギュインギュイン鳴り続ける。

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黙ってお三味を弾いてくれ(1)

浄瑠璃を読むといっても、私は注釈付きで出版されたものしかわからないが、それでも読んでいるうちに、実際の舞台を見てみたく思うようになった。そこで、一度、去年の 1 月大阪まで文楽を見に行った。それはそれで面白かったが、観客席で見るだけでなく、もう少し近寄ってみたくなった。

調べてみると、東京の義太夫協会が「一日体験教室」をやっている。私は申し込み、その顛末についてこのブログでも書いた。だが、それからのことは書いていない。私はその後、去年の 4 月から 7 月にかけて 8 回開かれた「入門コース」に参加した。義太夫節の語り・三味線と座学(音楽、文化など)が学べる講座だ。8 回のうち、三味線の回は 1 回だけだったが、残念なことに、私は用事があって行けなかった。

「入門コース」の次に、9 月から「実践コース」がはじまった。ここで、語りコースと三味線コースの 2 つに分かれる。土曜日の 11 時から語り、12 時 10 分から 1 時間が三味線だ。どちらもやってみたかったが、2 つのコースとなると費用もかかる。もともと語りをやりたくてはじめたのだから、三味線はなくてもよかった。だが、体験教室ではじめて鳴らした三味線の感じがよみがえってきた。すると、私の心の中に暮らす数々のギター・ヒーローが、頼まれもしないのにジャガジャーンとギターをかき鳴らし、自慢のリフを繰り出した。

これはもう三味線もやるしかない、と結局両方申し込んだ。だが、三味線は本当に大変だった。ロックのギター・ヒーローなんてうかつに信じちゃいけない。